私が子供を産んだのは、21歳を迎えてまもない頃…
男系家族と一緒の暮らしは、女系家族で育った私には、かなりやっかいでした
やっと寝かせつけたのに、子供を途中で起こしてしまう姑
タバコをふかす舅や義弟、はたまた親戚やらご近所の方たちとの交流
あー、思い出しただけで、ゾーッとします…
その頃は、私も部屋で隠れてタバコを吸っていました
そういうことも兼ねて、部屋に無断で入って来られると生きた心地がしなかったです
なので、今思えば、「私はタバコを吸っています!」 と宣言すればよかったのよね
自己主張もどんどんすればよかったし…そうできない理由もあるのです、
実は… あのセッチーとかサッチーとかのたぐいの(失礼)性格でして…
たまに意見を言うと、こっぴどく叱られてしまうんです
それも私とダンナ二人揃って、夜はグダグダと説教をされます
その頃、私は赤ちゃんを背中に背負い、洗濯、掃除、食事(山菜の下処理)
一日何時間あっても足りなかったです…
洗濯機も時々壊れて、オムツや家族の洗濯物を手で洗ってすすいで
それから携帯電話も普及してなかったので、長電話もご法度…
友人もヘタにおかしな人と付き合うと、これもまた嫌味たっぷり
ダンナはその頃から母親には頭が上がりませんでした
いつかTVで、「マザコンはお買い得!」 なーんて言ってたけど
ふざけた事を言ってはいけません
そんな生やさしいものではありませんよ 非常識きわまる発言だ!
と、TVの前で一人わなわなと手を震えさせていた私でございました
右も左もわからないヒヨッコでしたので、どうやっても太刀打ちできません
当時はマイカーも持ってなかったし、農村地帯のような山暮らし
バスなんて一時間に1本あるかないか…
実家にも、なかなか帰らせてもらえなかったし
それでストレスがたまって… たまに子供の頭をペチッ!
それであの子は今に至ってる?
今でこそ、〝虐待〟という言葉が当たり前になっていますが、
子供が3、4歳になった頃でしょうか…
いつの間にか、子供がかわいく思えない時期がありました
それがストレスによるものなのか、自分でもよくわからなかったのです
ちょっとしたことがきっかけで、時に叩かなくてもいいのに叩いてしまう
心の中で、「かわいそうだから、もう止めなさいよ」 と言う、もう一人の自分
それは、いつも家に居なかったダンナへの不満などもあったようです
ダイエットも虐待も姑との確執も、私の生まれた環境もひっくるめて
やはり親のケンカはなるべく見せてはいけないと思います
暴力もそうだし、声を荒げるのも、相手を非難し続けるのも、
やがてはそれは自分に返ってきます(私がそうでしたから…)
子供が憎くて叩いている訳ではない…
自分の苛立ちを子供にぶつけている、けっしてそれは躾ではないですよ
おかあさん… 立ち止まって、我が子を愛してやってください
いつかは愛した分、自分も愛される時が来ると思います
自分の過ちを認めて、素直に愛してやってください
私はいつの頃だったか忘れてしまいましたが、長男には素直に告白しました
そうしたら、小さい頃のことなので覚えていないそうです
それでも私は言葉に責任をもって、溢れ出る涙と嗚咽の言葉で
「ごめんなさいね…」 と謝りました
たぶん息子は私の言った言葉さえ、今ではもう忘れてしまっていると思っています
私でさえ、もう頭の中の記憶から消え去ってしまいそうな…
そんな雪の中、今日も私の車に乗っていきました…
悪天候なので買い物、なーし。。。 オソマツサマデシタ…
タコとさつまいもの天ぷら
夕方から揚げ物に挑戦してました
サツマイモは硬いので、半蒸し状態でちょっと粉を付けてから衣をつけました
タコには塩、胡椒、あるいはカレー粉が合いそう(付け忘れてしまいました)
息子は届いた荷物で頭がいっぱい…
そそくさとおにぎり3ヶと揚げ物少々食べて部屋へこもりました
たぶん、鏡の前で、ニーンマリと微笑んでいるのでしょうか…
ストレス解消にヘタなお絵かき。描くとなんだかスッキリするんです