◎富士と鳴門の仕組みの完成
(2021-01-11)
出口王仁三郎のことですらまともに理解されていない現代において、「大本裏神業」とは、大方の人にとっては、どちら方面のことやら想像もつかないマニアックな話なのだろうと思う。
明治中期、出口ナオという極貧のスーパー・チャネラーがいて、大神が降臨し、時代への大警告予言を金釘文字にて記録していた。彼女は京都の寺社大空襲などを含む日本の終末ビジョンを見ていた。何年か後に青年出口王仁三郎が高熊山の洞窟修行で、それと同様の日本の終末ビジョンを幻視。その幻視の内容が出口ナオと合致していたので、二人はパートナーとして教団を立ち上げた。
出口王仁三郎は、教団を拡大し、大正中期までには、チャネリング・帰神を主体とする大教団にまで発展させていたが、関東大震災予言の時期を一部幹部が「大峠」なる世の終わりと誤認宣伝する事件をきっかけに大正10年2月12日に第一次大本教事件として大弾圧を受けた。
これが、日本の第二次世界大戦敗戦の鋳型。
大正13年2月13日出口王仁三郎は、保釈(責付出獄)の身ながらモンゴルに高跳びし、盧占魁という馬賊の頭領に従ってモンゴル内を宣教した。ところが、東北軍閥トップの張作霖に盧占魁とその兵士諸共ほとんどが全滅させられ、出口王仁三郎一行も銃殺寸前まで行きながらかろうじて生還。これは、日本の人口が大幅に減るが、モンゴルにて存続はする鋳型。
大本教はさらに教勢を増し、皇族、軍部を含め政権内部に食い込み、公称信者数8百万人とも言われるまでになった。ここで近衛隊を模した昭和青年会という組織を作り、出口王仁三郎は、天皇のように白馬に乗って閲兵に見えるようなイベントまでした。これが明治中期から英国の指導協力の下、国家神道体制による戦争推進機構を完成させようとしていた官憲を刺激し、昭和10年12月8日第二次大本教事件が起き、出口王仁三郎は、以後7年牢獄で過ごすこととなる。これは日本の次の世界大戦敗戦の鋳型。
第二次大本教事件前夜、大本教のご神体は笹目秀和に託され崑崙山中に返還された。これも裏神業の一つ。ところが、今回の雑誌ムーの特集を見ると、ご神体はいくつも秘匿されていたらしい。そのいくつかが篤信の信者に流れ、また別途それについてのアドバイスも出口王仁三郎から出ており、それが裏神業を形成しているように思う。
そうした一人が泉田瑞顕。彼は、商工業文明の終わりと私有財産の奉還、租税制度の撤廃、貨幣制度の廃止などを説く。ところが、いずれも現代の技術文明の大規模な崩壊後のことであり、貨幣制度が金銀本位制をやめて御稜威本位制となるのは、大衆全員が神知る霊的社会になって後のこと。なぜなら御稜威が万人共通の価値観となるには、大神があって人は天皇を最高位に置く180位階であることが社会通念にならねばならないからである。終末予言を軸とするのはやむを得ないが、それから先は空想的なところがあるように思う。日月神示は彼の著作で知った。
出口王仁三郎は、辻天水を召命し、水茎文字を見せるなどして特別扱いし、大本教は世界の宗教が滅ぶ型であることを明かしたという(『知られざる大本裏神業「一厘の仕組」の謎』、雑誌ムー2021年2月号の特集P23)。宗教が滅ぶとは、映画『マッドマックス』のような世界になることでなく、万人が神仏を知っている世界。万人が最低でも見神見仏(十牛図の第三図)の体験を有している世界。
それにしても、全組織宗教が壊滅しないと、万人が最低でも見神見仏しないと出口王仁三郎は踏み込んで見ていたのか。
裏神業には淡路神業があり、武智時三郎に「淡路の神秘ヱル、ヱロヘ、イスラヱル」という著作がある。一度見たがあまりにも霊がかりであって感心しなかった。武智時三郎の義理の息子白山義高は、淡路島に出口王仁三郎の命で井戸を掘削。さらに昭和27年淡路の菰江海岸の旅館四州園の敷地内で古代ユダヤの遺跡とされるものが発見された時に対応している。淡路島に残るイスラエルの足跡 イスラエル遺跡について詳しく説明。 (http://mysteryspot.org/report/awaji-israel/awaji-israel.htm)
これについて、淡路-近江-北伊勢とご神体が移るが、これが『富士と鳴門の仕組みの完成』の条件と出口王仁三郎が説明した由。これは地球ロゴスの神秘生理学ですね。
イスラエルは、ディアスポラで世界に民族離散し、20世紀になってようやく再建国できた。 日本は単独国家でやってきたがこれからはどうか。霊界物語入蒙篇の意義を考えさせられる。