イタリアの風に吹かれて ~con te partiro~

前世(かこ)から未来(いま)へと紡がれし時の記憶
あなたと交わした約束の欠片を辿る遥かなる愛しき旅

満たされし者の役目とは

2014年10月23日 02時03分26秒 | ハート♡の作品


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  「鶴の恩返し」の鶴が 助けてくれた恩人の為に

    自分の羽を抜き、糸に絡め布を織るような、

    自分の身を削りながらの それではなくて

      余力(自分から溢れだしたもの)で

 自分以外の大切な存在の為に何かしたい・・・と

      湧き上がる想いが満ち満ちたとき 

  躊躇せず
行動に移してみると、あら不思議 

  一体どこまで広がるの?というくらい無限大に 

自分の心が満たされていることに気づくはずです。

   そして、とって
嬉しくなって 楽しくなって 

  とても優しい気持ちになっていることにも

        気づくような気がします。

      させて頂く、頂けることで 人は

 自分が必要とされていることを知り そしてまた

 自分の価値にも気づけるのかもしれませんね。

    ただ、その時に 「~してあげますよ」とか

 「~してあげる」というニュアンスはどうかしら?と

  私は思います。それは 相手が申し訳ないと

    負担に感じてしまう表現でもあるので

          「~してあげる」から、

     「~しますよ(しましょうか?)」の方が

すっきり軽やかで素敵な表現のような気がします。

     長年お付き合いをさせて頂いている
  
大好きな方々の中にはさりげなくて本当に素敵だな・・・

心が美しいな・・・と感じる方々がいらっしゃいますが

皆さん共通して「~してあげる」という
表現はなさらず、

     真心で そっと行動で示された善行を

周囲に知られたり 褒められ感謝される事は望まず

自分が何気なくしたことを結果、多くの人に知られて

「素晴らしいですね」と評価されることを恥ずかしナと

      思われるような控えめな方々です。

  あんなこともしました、こんなこともしました、と

    ご自身がされた善行を敢えて前面に出す、

     開示される方もいらっしゃいますが、

それは自然に溢れる思いから心のままに行動した

ピュアな思いから少しばかり反れてしまったように

           感じてしまいます。

  先週から心のままに自分以外の存在に対し

 あることを毎日続けています。それを続ける中で

  何より私自身が 穏やかで温かな気持ちになり、

    今まで気付けなかったことに気づいたり

     感謝の思いがあふれだしています。

 広義の意味において余力のある人、力のある人

 それが出来る人、心動かされることがある人は


 躊躇なさらず、あなたの大切なそれを護る為に

     言葉巧みに語るより 行動に起こし

 あなたが与えられた多くの物事を還元なさると
 
心の安寧を得られるのかもしれません。その中で

  ご自身の成すべき事であり ご自身の価値に 

    はたと気づかれるのかもしれません。

    いずれの世界でも 強きが弱きを助け、

  守るということは、決して特別なことではなく
 
自然の摂理そもののように思わされる日々なのです。