散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

ツタバウンラン

2008-04-30 07:57:22 | 植物、平行植物
季節柄植物の話題が続く。
最近色々ややこしいことが続いたりしていたので気が落ち着かず、そういう時には植物を眺めたり、調べたりするのが一番だ。





Cymbalaria muralis = ツタバウンラン、ツタガラクサ、ウンランカズラ
ヨーロッパ原産

石垣の隙間や岩間などにかわいらしい蔦葉がゆらゆら揺れているのをよく見かける。何しろ元気だ。
少なくとも我家のテラスでは時々引きむしり退治しなければならないほど元気だ。
石鹸の泡立ちが溢れるかの如く鉢から溢れてどんどん広がって行くのを見るとたくましさに惚れ惚れしてしまうが、その泡の下に菫などの小さな植物があわや溺れかけているような事態になっている事もあって、すると申し訳ないが蔦葉海蘭を退治することになる。しかし、この植物は根を深く張らないのでガバッとつかんで手を引くだけですんなり鉢からはがれる。はがれた塊を適当な場所に置いておくと又復活していたりするのだ。葉のかわいい形も好きだが花も愛らしい。薄紫色の花が終わると丸い種子カプセルが出来ていつの間にか種を放出しているらしいのは、あちこちの鉢からいつの間にか芽が出てくることで知れる。
ビタミンCが豊富なので、春の野草サラダに加えても良い。又消炎効果があるので傷口にこの草を貼って癒す利用法もある。春のサラダに薄紫の花を散らして見るのはどうだろう?





メモ--------
このところ空模様は
あまりすっきりしない。
雨風の多い毎日だ。
今日は展覧会の一つを
片付けに出かける。
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姫風露

2008-04-29 18:25:51 | 思考錯誤
geranium robertianum = ヒメフウロ(姫風露)= シオヤキソウ





歯痛、打ち身、熱、痛風、ヘルペス、鼻血、腎臓又肺の障害などに対して使われた薬草でもあるが、種は飛行してどこにでも根付きぐんぐん育ってアッと言う間に大株となる。邪魔扱いされ雑草として引きむしられる事は多いが、秋口は葉が見事に紅葉してとても美しい。

花の咲いている株を収穫して乾燥させ、お茶として服用。
軽い下痢、尿道炎に対しても使った。現在でもホメオパシー療剤として利用されているが、中世では活躍した薬草の一つであるそうだ。







姫風露という名前でもう一つ別種がある。Erodium ×variabile 一度入手したことがあったが2年ほどで消えてしまった。geranium robertianum の方は敷石の隙間など、少しでも土があれば生えるたくましい植物だから、消えることは無い。毎年あちこちの鉢に居候しているので、嫌でも再会する。
身近な雑草とは言えよく見れば美しい。
(よく思うのだが雑草という言い方はなんとなく変だ、雑雑と色々なものが生えている様を見て出てきた言葉なんだろうが、野草といったほうがちょっといいんじゃないか?と個人的には思っている。
でも雑草のようにたくましく。。。という時には野草には置き換えても雰囲気でないかな。。。)

風露草にも色々な種類があって集め始めると大変なことになるようだ。(430種類以上確認されている)


ヴェロニカ

2008-04-28 09:28:34 | 植物、平行植物


Gamander-Eherenpreis = Veronica chamaedrys = カラフトヒヨクソウ、オオイヌフグリの仲間

Veronica = Vera unica (Vera-本物の、unica-唯一の)"唯一本物”の薬という事でこの名をもらっているようだ。
Veronicaの仲間は450種もあるという。
湿疹、肌のかゆみに対して処方された。ペストにさえ効くとされた薬草でもあり、新陳代謝を促す。

此花の蕾を集めて食べると幻覚を見るという。
又言い伝えではこの花がよく咲く年には雷雨が多いとか、この花を摘むと雷雨が来るとも言われている。それは花を摘み集めて食べてしまった人の幻覚だったのかもしれない。
我家のテラスにも今沢山の美しい青いつぶらな花が咲いている。花を食べて幻覚を見るという話にはほんの少し心動かされるとはいえ、折角太陽が雲を破って現れたところだ、雷雨を呼ぶ気はさらさら無いので、この小振りの植物達を地面を這うようにしながら花を愛でるだけだ。




今日は雨が降りそうな気配がある、空が少しずつ鈍い黄灰色になってきた。私はヴェロニカの花蕾を千切ったりしていないのに。。。



鳴子百合

2008-04-27 12:37:21 | 植物、平行植物
鳴子百合 Polygonatum falcatum



春先ににょきにょきと芽が土を割る様は元気があってよい。以前古い住宅が壊されて野生化していた空き地に生えていたこの植物を一株友人と採集して持ち帰り植えておいたらいつの間にか増えている。気がつくと若芽が解けてしゅるしゅるという感じに背丈が伸び花蕾が風にふらふらゆれている。花は白緑で地味ではあるが、ふっくらとやさしい曲線を持ち、優雅な姿をしている。私の好きな植物の一つである。
ナルコユリかアマドコロかと毎年気になっては調べずにいるうちに忘れていたのだが、私の手元に咲いているのはどうやら鳴子百合だ。
草茎がすべらかであること、一つ所から花が2つ以上の房になることなどからすればナルコユリに間違いなさそうである。どちらも薬草であり、若芽、若茎は食べられるそうだが、まだ試していない。増えてきたので来年は一度試してみたいと思っている。
鳴子百合という名は鳥を追い払う鳴子笛の形に似ていることに由来しているそうだ。


鳴子百合の根茎は漢薬で”黄精(オウセイ)”と言われて、滋養、強壮薬であり、白髪を防ぎ、肌を若返らせ、老化を予防する成分(。。といっても一体何なのだかわからないが。。。中国にはこの薬草を持って256歳まで生きた仙人が居たという話もある)が含まれているらしく古くから利用される薬草なのだそうだ 美白効果もあるという。中国ではこの根を漢方生薬「何首烏 カシュウ」といい、上に上げた効能のほか多夢による不眠、四肢の痺れ、耳鳴り、高血圧症、慢性肝炎、神経衰弱、精子発育不良などの治療に用いられるが、なぜだか葱、大蒜と共に服用は避けたほうが良いらしい。
Polygonatum falcatum もPolygonatum odoratum(アマドコロ)もドイツではあまり区別して表示していないことが多い。どちらもSalomonssiegel (ソロモンシール)といわれる。ドイツでも昔から薬草として使われ、リューマチ、痛風にも外服薬として使われ、更年期障害に対しても使われるという。
魔力のある植物としてこれを持って「鍵の閉められたドアを開ける」ことが出来る、または岩から泉をわかせる力があるという話もある。魔法の杖だね。

去年は鳴子百合に薄紫色の小さな芋虫が沢山やってきて葉を食い荒らした。芋虫(虫嫌いの方はリンクしないほうがよろしいかと思われる)は薄い白っぽい肌をしてやや透明な肌の下には薄紫色の体液を持っていたようにみえた。(実際紫色の体液を出した)いったいこいつらが何者なのかずっと気になっていたがPhymatocera aterrima の幼虫だった。どうやらこの虫はナルコユリやアマドコロが大好物らしい。


いづれにせよ、鳴子百合のどんどん増えるに任せてそのうち根茎を収穫し薬酒でも造ってみようか。



 この花もさっと湯がいて三杯酢だの、汁の実にするというから、それは早速一口だけ試してみても良いかと心が動いているところ。。。

大地の日

2008-04-23 10:19:32 | 思考錯誤


トルコに旅行に行ってきた。。。。といいたいところだが、残念ながらそうではない。近所にある貸し庭同人会が”大地の日”ということで先週末に祭りを催した。
友人がそこで庭を借りているので天気も良いので出かけたのだ。
するとトルコ人の庭借人がそこに作られたオーブンでトルコのパンを作って売っていた。ピザのようなものだ。薄く作られてクレープのように具を巻いて手渡される。私はこのトルコ風ピザが好きだ。
それほどお腹は空いていなかったが早速友人と半分ずつ食べた。ほうれん草、たまねぎとチーズの入った物で美味しい。相棒が興味深深で作業を眺めていると、”食べる?”と焼きすぎて残った中身無しのパンを差し出されたので喜んでいただいていた。 中身なしだって美味しい。
写真のトルコ婦人の手の下で麺は魔法のようにぐんぐん延びて薄くなる。なかなかあのようにはいかない。





写真中央に立っている2本の棒。これはHeracleum mantegazzianumの立ち枯れの茎である。3mくらいあるものもあり、これが育っている姿は圧巻だ。しかし素手で触るととても痛い。場合によってはかなり酷くただれることもあるのでいつも遠巻きに鑑賞している野生の植物だ。切ってしばらくすれば触っても毒性が落ちるらしいので時に盛り花などにも使われる。大きさからしてもなかなか見栄えのするものだ。今度分厚い手袋を持って触りに行って来ようか。。。
兎に角その植物の立ち枯れの茎を切って途中交互に何箇所も竹ひごを刺し抜き、小豆のように小さな豆を適当に仕込んで、両端をふさぐとインデアンの雨乞いに使うシェカーのようなものが出来る。誰がそれを思いついたか知らないが沢山のHeracleum mantegazzianumの枯れ茎が積まれていて、『雨乞いシェーカーを工作しよう』という子供たち向け余興が祭りの一環であった。子供達向けだったので私が欲しいというわけにもゆかず、立ち枯れを野原で一本収穫し今テラスにそれは立っている。今週末にでもゆっくり作ろうかと思っているが、雨乞いは今のところは必要が無い。
どちらかというと雨が降っては困るから作らないでおいたほうが良いのかもしれない。



きょうのはないろいろ

2008-04-22 19:41:37 | 植物、平行植物


階下のスーパーマーケットがやっと新装開店した。それまでガンガンギュンギュンどんどんバンバンとうるさくて時にはびりびり床は揺れたが、やっとそれも終わった。
新装開店日に買い物に行くと、入り口で普段は店には出て来ない人らしいスーツ姿の男性がなれない手つきでお客に薔薇の花を一厘ずつ渡していた。
花をもらって悪い気はしないものです。





 





 今咲いているのは、匂いアラセイトウ。名のとおり香りが強い、良い香りで寒さにも強く放ってあるのに毎年よく咲いてくれる。紅がかった臙脂からオレンジがかった黄色に変色してゆく。この色は素敵だが、先日道端の植え込みに紫の花色のニオイアラセイトウも魅力的だった。種が熟す頃もう一度出かけてみようか?と友と企む。
ニオイアラセイトウはジキタリスのように強心配糖体を含むので、薬草としては簡単に使えないが、菫に似た香りを利用するために栽培されたり、中世からすでに庭の彩として取り入れられて吟遊詩人の歌にも登場するという。


                              










                               

今日、友人の庭から一束の勿忘草を頂いてきた。愛らしい花
勿忘草=Vergissmeinnicht(私を忘れないで)=Myosotis(ギリシャ語で鼠の耳)

ヴァリエテ

2008-04-21 20:55:49 | 思考錯誤


デュッセルドルフのライン川沿いにApolloというヴァリエテのホールがある。
ヴァリエテは手品あり、アクロバットありの賑やかな舞台。
Apolloは建物は数年前に場所を移動して新しく建て替えたがほぼ100年の歴史あるヴァリエテだ。知人がこのヴァリエテにかかわっている為にたびたび招待してくれるのだ。

今月の出し物はノスタルジックな移動遊園地に観られる演目。
司会者はメラッコリックな話を間に挟み、歌を歌い演者を紹介する。(これがちょっとやりすぎの感あり。。少々しらけ気味であった)、電気男はを身体に電気をためてソーセージの両端をフォーク2本で挿して握っているとそれは焼けはぜるのだったが、バーベキューの時に彼を呼んだら便利かな。刀を飲む女は華奢な体つきでこんな特技を披露するとは思わなかったのが、以外で面白い。他アクロバットに、蛇男はゴム人間といったほうがぴったりで信じられないほど小さなガラス箱に身体を丸めて入り込んでしまうという様な出し物、子供の頃こんな出しものを見て驚いた事を思い出した。そして腹話術。。。
今回は盛り上がりにかけるたが、最後に出てきた腹話術がとても巧くて面白かった。それだけでも出かけた甲斐ありという楽しさだったから満足。

 でもこういう演目なら本当は寂れた移動遊園地で見たい。今の大きな移動遊園地は大掛かりで派手だが、昔の小さなそれの持つの哀愁のある空気は魅力的だ。私がドイツに来た当初はまだ哀愁漂う出しものがあって別世界に迷い込んだという感じがまだあったのだから驚きだった。そう、それだ。別世界に迷い込む幻想を立ち上げてくれる場所。ヴァリエテのホールの舞台上では不可能なのだ。私が今ひとつ不足を感じてしまうのはそれだった。

帰りにキッツブールというオーストリア料理のレストランで夕飯を食べることになった。給仕がなかなかウィットにとんだ人で、言葉のキャッチボールが上手だ。ヴァリエテに行かずとも大いに笑えたのだった。ちなみに私は久しぶりにウィーナーシュニッツェルを食べた。肉を叩いて薄く薄く広げて揚げたかの有名なウィーン名物料理だ。たまにはこういう食事も美味しい。





針穴写真箱

2008-04-19 12:14:30 | 写真


数年前にピンホールカメラのキッドを買って作ったことがある。
憂鬱な暗い空の続く冬のことだった。
天気がよくなったら外に行ってこれで写真を撮ってみようと言いながら、その冬はいつまでも暗くカメラ箱は部屋は棚の片隅に鎮座したまま出動する機会がなかなかやって来ないうちに忘れ去られた。セットの箱の中には現像に必要な最低限の素材も入っていて、楽しみにしていたのだけれど、忘れられた針孔写真機は現像の悪い写真のように色褪せながら降り積もる埃粒子に包まれている。
中にはフィルムもセットされたままだ。もういまさら使えないかも知れない。
しかし、ひょっとしたら、このまま現像したら何かが写っているのかもしれない。



ところで自作針穴カメラも作り始めると面白い物が出来る、今ひそかにコーラの空き缶とか、大き目のマッチ箱とか、使えそうなものを物色中だ。


corbis
このサイトではピンホールカメラの面白い箱を提案している。型紙をダウンロードして工作してみても楽しい。





今日の絵: 前庭

2008-04-18 00:54:27 | 夢遊



前庭を覗いて花を愛でたり、窓辺の飾り物を見ながら、その窓の向こう側に住む人々を想像したり、または犬の糞を踏みそうになったりと春の散歩はなかなか忙しい。






ずらっと並んだ家々や前庭にはそれぞれの住人の顔が現れている。それを観て住まう人々に想いを馳せて歩く。時にはそこだけが周りから落ち窪んだ様な、そこだけが色褪せたような、他と面をことにする家を見かけることがある。手入れが施されずに荒れているというわけでもないのにただ影が薄い。
家の放つ体臭が薄墨色の膜となって周辺を囲っている。

今日もそんな家を見かけた。
その家の前庭は芝生が律儀な感じに手入れを受け白い花が咲きみだれる。
花の咲く華やかな景色であるはずなのに、その家の前は香りも色も褪せてしまったような感じがある。たとえば、そこだけいきなり解像度の低い、粒子が見だち始めたモノクローム画像のようだ。その粒子間に人差し指を突き入れると粒子の群れがザワリと震えて四方に身を捩じらせやがて人差し指に好奇心を持った粒子がそろそろと指を取り巻き風景の中に同化させてしまうような感触は不快感とまた快感とがない交ぜになって途方にくれる。指をとられて私はそこから逃げることが難しくなった。カタツムリが葉を舐め取り食べる様に、人差し指が白黒の粒子のざわめきに巻かれ絡まれてやがて中指が薬指が融合してゆく。
時間も間延びし始めたか足を運ぶのが重い。普段の5倍も体が重く、やっとの事でその家の敷地の端にたどりつき、心なしか色味が鮮やかに見えてくるのに気がつくと、先ほどまでの重苦しさは突然消え失せ、前にのめって踏鞴を踏んで転んだ。私が重みから自力で脱出したのか、それとも異物として弾き飛ばされたのか?
振り返ると落ち窪んだ家と庭はその近所と同じありきたりの顔をしていたが、間違いなく次の獲物を待っている。





(夢の中の絵)

21

2008-04-17 09:37:44 | 映画の話


久しぶりになんだか急に映画が観たくなって近所の映画館に出かけた。
特に私が見たいと思っていた映画はかかっていない映画館なのだが何しろ近いというのが特大の利点である。とにかく急に映画を観たくなった時には便利なのだ。
電車2分の隣の駅、自転車なら10分、歩いても20分弱。。。
昨日は丁度電車が来たので飛び乗った。
映画館内にあったレストランはつぶれてしまったらしく真っ暗でがらんとしている。映画館の向かいのレストランもつぶれている。要するに人がちっとも集まらない場所で、せいぜい映画館と裏手のスポーツセンターにポツリポツリと人が集まるほかは事務所が集まっているくらいのさびしい場所なのだ。よくこの映画館はつぶれないで持ちこたえているものだと通りがかるたびに思う。映画館の中に入ると誰もいない。切符を売る窓口がいくつも並んでいるが誰もいないので、奥を覗くと片付け物をしていた女性がやってきて、あらこんな時間にお客だなんて珍しいわ、という表情で切符を打ち出してくれた。
いつもなら切符切りが立っているあたりにも誰もいないので、入ってゆくと売店がある。一応ポップコーンやタコスがムンムンと匂っているし、飲み物やお菓子が並んでもいる。そこでおしゃべりしている係員に切符を見せると、お!お客だ!という表情で
『こんにちは、こんにちは!楽しみくださ~い!』といいながら大げさなジェスチャーで切符を切ってくれる。
『ひょっとして、私一人?』と聞くと『その通り!』と目をくりくりさせて答えるのだった。やっぱりね。街外れの午後一番(14時15分)の映画館は実にさびしい。
私一人で映画館のど真ん中に陣取っているのはなんだか酷く贅沢な感じもするけれどさびしいものだ。いいような悪いような妙なものだ。
しかし、始まる直前になって若者二人と中年のおじさんが一人やってきた。

ところで観た映画は『21

内容はあまり調べずに決めたのだった。
数学の天才が主人公か、面白そうかな。。。
ケヴィン・スペーシーが出ているのだったら観てもいいか。。
おまけにローレンス・フィッシュボーンが出ているしね。。
先ずこの3点で決定したのだった。結果から言って私にはあまり面白くはなかった。
兎に角映画館で映画を観たいという趣旨で出かけたのであるから甘い点をつけるとしても、忙しいときに時間を割いて観にいったりしたのだったらかなり不満だったかもしれない。アメリカでは駆け出しの興行収入は良かったらしい。 後でレヴューを観ても結構点数が良い。 原作の本„Bringing Down The House“を映画化したもので実話なのだそうだ。
MITの天才的な頭脳は持っているがお金が足りない苦学生が、ラスヴェガスで生徒を使って稼ぐ数学教授(ディケンズのオリバー・ツイストに出てくるフェイギンみたいな人物)に目をつけられ、引きずり込まれてブラックジャックをカード・カウンティングで荒稼ぎをするようになる。始めは純情な若者も次第にラスヴェガスの空気に染まっていくあたりテンポもあってそれなりに見せるが、話の展開は今ひとつ面白くない。最後はとって付けたようなハッピーエンドで気が抜けた。青春物語だと思ってみればいいかもしれない。
話は先き先きが読めてしまうし、映画としてはありがちな内容だけれども実話だったというところがポイントか?
日本題名は『ラスベガスをぶっつぶせ』だそうである。そんな題名だったらいくら暇であってもこの映画を観ようとは思わなかったろうね。
原題もドイツ版の題名も『21』。
この数字に何の意味が隠されているのか?きっと数学的難題がかかわってくるのに違いない、なんて勝手に想像してしまって釣られた。話は主人公が21歳の誕生日を迎えた頃から始まる。頭は抜群に良いけれども女の子には全くもてない、お金もない親友達2人が主人公の誕生祝い場面で"21=八番目のフィボナッチ数”だ、などと喜ぶシーンがあったけれど、それ以外に意味はなかったのだろう。。。ね?

ドイツ映画Doris Dörrie 監督のKirschbluete-Hanamiは、なかなかよさそうな映画だ。
加えて日本が舞台に出てくる映画は幾つか観たことがあるけれども、日本人のものではない色々な視線で日本を観るのも面白い。






(ちなみに写真は映画館とは何の関係もない)

小花

2008-04-16 12:30:09 | 植物、平行植物


街の市場の花屋で地味に、しかし確実に私に手招きしている植物がいた。
誰か?と思って近づいてみると、単純な花柄のようなかわいらしい五花弁の白花が細い茎の先端にパチパチという感じに咲いていた。
背丈は鉢を入れても20cmほどの小さな物だがじっと見ていると存在感が滲み出すという奴だ。
花屋のお姉さんも『かわいいでしょ?これ』とニコニコしている。その向こうに立っているおばさんもニコニコしている。もちろん私の顔も同様だ。
そうか、君はそうやって黙ってしかし周りに幸せを振りまいているのだな?
たいした奴だよ、君は。
そういう存在に自分自身がなることは不可能だが、近づけるものか?

札に書かれた学名を記憶して帰宅した。。。いや暗記したつもりだったが、かえってきたときにはもうすでにすっかり"記憶”をどこかに落としていた。多分花屋から3mくらいのあたりですでに落としていたに違いない。
自宅本棚にある植物関係の本を出して片端から調べまくり、類似の見えるものはインターネットで検索して調べたが、早々見つかるものではなかった。市場に出かけてもう一度確かめたほうが早いのだろう。
(偶然にもこの植物の名前をご存知の方があれば一報お願いいたします)
最近記憶力の低下を日々実感しているのだから、写真を取るなり、メモをするなりしておけばよいものを、まだ自覚不足である。





  

 数年前になんとなく買った白い花のアザレアは去年はあまり花をつけなかった。力を蓄えていたものか、今年は沢山の花が開いた。
やはり素晴らしい成果を得るためには休養、栄養、時間が必要ということを思う。
人間だって同じだ。



追記
Totiさんのコメントからヒントを得て調べたところ上の白小花はAndrosace septentrionalisであった。

tulpen

2008-04-15 17:35:38 | 写真


チューリップ



コンスタンチノープルからオスマン人が携えてきた花はもうすでに野生原種ではなく品種改良を施されていたそうだ。園芸種開発の歴史は長い。
そしてチューリップの球根のように金や宝石よりも高値で取引された植物が他にあるだろうか? チューリップ専用の花器も多く出回っていたようだ。(花器
当時チューリップの品種改良にオスマン人は時と情熱を注いだのだろう。

以前私は特にチューリップに興味はなかったものだが、最近は球根の出回る時期になるとつい球根の棚の前で立ち止まってあれこれ真剣に悩んでしまう。
子供の頃見かけたチューリップは赤・白・黄色のオーソドックスなスタイルばかりで"つまらない”と思っていた。特に黄色のチューリップなど花ではない!などと暴言を吐いた事もあるのだ!わけのわからないことを言って粋がっていた頃だ。(今、この瞬間には我家のテラスで黄色いチューリップが並んで咲いている)

先日の事、緑の淵がアクセントになった暗臙脂色の花を見かけた。茎の長く育ったチューリップを一度抱えるほどたくさん買って大きな壺に活けて見たいが、そのタイプは一本売りの高価な品で抱えるほど買う勇気はまだない。

Karlsruher Tulpenbuch

食用のチューリップ球根というものもあるらしく、オランダでは製菓材料として使われるという話だがまだお目にかかったことはない。今度オランダ人の知人に尋ねて見ることにしよう。
この人は食べる話にすぐ熱が入ると呆れている人もいるだろうが、しかし食用で出荷されているもの意外の球根に手は出さぬほうが良いだろうと思ってはいる。
全草に含まれるが特に球根に多いTulipalin A が皮膚を炎症させることもある。
とはいえ最近流行のエディブル・フラワーとしてチューリップの花も出荷されているようだ。
食べるなら、写真の緑がかった白ではなく、赤や臙脂色が良いような気がする。

花を食べる贅沢は魅力的で、どこか官能的でもある。







ちょっと違った感じにも撮ってみた。



報告2

2008-04-14 15:03:22 | 美術関係


私の頭の中がこの写真ほどに混乱しぼやけているように思えて選んだ今日の一枚。
今朝はやけに草臥れて頭の回転も低速、頭はアドバルーンのように膨れている気分だ。ひょっとしたら風邪気味なのか? 今日は一日ミツユビナマケモノになってあまり欲張らないことにしよう。
ところでミツユビナマケモノの行動速度を見ると彼らがひょっとして私たちとは異なる時間を持っているのではないかと思う。木の一部を擬態し、じっとしていることで身を守る。そのうちに身体に苔が生えてしまうこともある。手の届くところにある食物をひたすら食べる。何もかも出来ることなら木上で生活する。筋肉も少ないナマケモノは動かないから案外あくせくしなくとも食料は足りるのだろう。彼らは地面に降りたら無防備だ。ズリズリと這うことしか出来ない。
ソファーの脇に食べ物飲み物をたっぷり用意して読みたかった本を数冊、ノートと鉛筆を持って長々となって一日ナマケモノになるのは魅力的だ。。。とはいえ私が床の上を腹ばいになって這い回っているわけではないからご心配なく。(誰も心配なぞしてないか。。。)

先週末はオープニング3つ。土曜日は少々人里はなれた場所にある画廊でのオープニングだった。天気も良いこともあって道の混雑が酷く到着が遅れてしまう。客入りはまあまあで、田舎であることもあって予定通りに始まってほぼ2時間でさっと客は引き上げる。
会場ではケルトのハープをひく婦人がたまにポロポロと心よい調べを奏でてていた。
なかなか美しい楽器だ。こんな楽器が弾けたら楽しいだろうなあと思う。適当に爪弾くだけでもいい音がこぼれる。ちょっと欲しくなってしまった。



今日は一日雨空が続きそうで肌寒い。




報告

2008-04-12 20:46:32 | 美術関係
友人が昨日仕入れたこの夏の天気予想。

5月雨曇りたまに晴れ間の繰り返し。
6月雨曇りたまに晴れ間の繰り返し。
7月雨曇りたまに晴れ間の繰り返し。
8月雨曇りたまに晴れ間の繰り返しで、後半多少夏らしい天候の可能性あり。

脱出したい。

とはいえ今年の夏は例年より暑いという話も読んだ。
気温は高くて雨が多いということか?






昨晩オープニング日
状況20時満員御礼



今日は雲の多い晴天
雲が太陽を隠したり、どいたりする。
それに催眠効果があるのか
なんだかやけに眠くなる日。
テラスに少し種を蒔く。

2008-04-09 13:40:26 | 写真


雫の中の世界
どこを映しているのだろうか?
雨が連れて来た景色





雨、にわか雨、曇り、軽い雨模様、シャワーの間にたまに顔を出す太陽。
まだ寒い。
来週あたり15~6度に上がりそうだが、天気予報のマークは灰色だらけだ。
明日は又Duisburgへ出かけるもちろん傘を持って。。。
朝11時に3社プレスがインタヴューに来るという。デジタルテレビのライヴインタヴューってのもあったけれど、相方のアーティストにお役目を押し付けてしまった。アンドレは喜んで任務に向かってくれるようだ。今のところの案内の反響では結構人が集まりそうだ。
さて、蓋を開けたら。。。。。?




André Schweers
Setsuko Fukushima