散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

白日幻想:弐

2009-07-31 22:45:10 | 夢遊






小さな陽炎は立ち上がった鼬の形をしている様だったが
間も無く 鹿の角 のように 枝分かれのした形 にも見えた。
何しろそれはシルエットしか持たない。見定めようと目を
凝らすととたんに揺らぐので見定め難い。
「あの、あなた。。。あんまり握り締めておりますと
文字が消えてしまいましょう」手元を見ると本の頁の
数枚が握りしめられて皺になっていた。
皺を広げた頁を読むと、そこには
鼬や鹿の戯れている。
「そんなことを
すれば文字
が頁から
枝豆の
ように
するり
ぽろり
と抜け
出て
いって
しまう
のです」











白日幻想:壱

2009-07-31 00:32:13 | 夢遊







電車に
乗っている。
膝の上に本を
載せて読んでいると
「あの、そこのあなた
 あなた 聞こえますか? 
そこの あなた。。。」
小さな声が遠くのほうから
近づいてくるようだった。膝の上の
本の重みが一時毎変化している。重く
なったり、軽くなったりまるでそれは
呼吸のようで重みが行ったり来たりして
いるようだ。翅の様に軽くなってそれが飛んで
行きそうに思ったので思わず握り締めた。その少し後に
声が聞こえたのだ。「そこのあなた。きこえますか?あなた あなた。。。
一寸気をつけて。。。」私は電車の中のぬるい空気のなかでどうやら目を
瞑っていたらしく、薄くまぶたを開けると、私の右手は本の数ページを
がっしりと握りしめていた。そしてその脇にそれが立っていた。
小さな陽炎が立っていた。

。。。。





ラボ

2009-07-29 04:39:29 | 美術関係
● ラジオが突然沈黙した。
部屋の中が暗くなった。
木工作業中のドリルが息絶えた。
あわてて外にでて見ると電気屋らしき人が居るので電気を止めたのかと聞くと、工事の為にいじったのだが、そちらも切れてしまったのか?何処の部屋です?と聞くのでこちらです、と指差すと『ああ、ラボですね。OK5分まってね』と言い残して消えた。ラボ。確かにこのアトリエはかつてラボだった。
5分きっかりで又ラジオが歌い明るくなりボーラーの力も復活した。
今日から私はこのアトリエを”ラボ”と呼ぶことに決定した。

● 今日は時間の流れが妙に早い。ついて行けない。。。
私の感覚では10分のところが確実に15分は過ぎている。
おかげで行きも帰りも電車に乗り遅れた。充分時間をとっていたはずなのに。。だ。私はきっと少しだけ違う流れに沿って歩いていたのに違いない。
それはただおまえが鈍いだけだといわれそう。。。にも思う。


● 先週末
ボンの郊外にあるArp Museum Bahnhof Rolandseckに行ってみた。
急斜面に作られた建物はなかなか力作。(Richerd Meier作)
展示は今ひとつピンと来なかったが、一部屋だけModell Stueckというテーマの展示は面白かった。

Hans-Jörg Georgi, Stefan Häfner, Reinhard Mucha, Tobias Rehberger, Peter Sauerer, Ernst Stark


カフェで中途半端な時間にお腹もすいたのでケーキをたのんでみたが、普通の珈琲を頼む筈が魔が差し、急遽"アイス珈琲”を頼んでしまった。しまった、此処は日本ではないのだ。テーブルに届いたものは立派なアイスカフェで、アイスクリームもホイップされた生クリームもたっぷりのいわば珈琲パフェみたいなものだ。甘い甘い林檎入りケーキをつつきながらしばし途方に暮れた。甘ったるくなってしまった口の中から胃までのもたれを抑えながら退散す。(残せばよかったわけだけれど、そういうアイディアが私には浮かばない)



Wunderkammer

2009-07-25 05:11:24 | 美術関係
今朝一冊の本が届いた。
あれ?私は何処かに本を頼んだっけ?ちゃんと私宛てだった。首を傾げつつも包装を解くと立派な一冊の本があらわれた。
タイトルは"Wunderkammern-Weldmodelle von der Renaissance bis zur Kunst der Gegenwart”とある。そういえば本が出版されるので一冊送りますという手紙をしばらく前に貰っていた。

以前シュツットガルトに実験的ショールーム的画廊があった。残念ながら2007年に閉めてしまったのだがなかなか面白い部屋で、その部屋を作家達は色々にインスタレーションを凝らして変化させていたのだ。そのプロジェクトを指揮していたある美術評論家が書いたのがこの本だ。

Wunderkammer(Cabinet of curiosities)とは後期ルネッサンスからバロックに流行した個人博物室というようなもので実際博物館の前進なのだ。珍しいもの、奇妙なもの、美術品を一同に集めた部屋である。
この本のテーマはルネッサンス期に始まって現代の美術におけるWunderkammerのあり方を分析しているらしい。(私はまだ本のページをめくっただけだが多分そんなところだ)

実は私もこの実験的ギャラリーで個展をする予定をしていたのだがその前に潰れてしまった。面白い試みだったので楽しみにしていたので実に残念なことだった。しかし画廊が閉められる前に企画されたグループ展には参加している。そんなわけで私も本の中で紹介されているので、出来立てのほやほやの本を送ってくれたという訳だ。
Wunderkammer
私もWunderkammerにはとても魅力を感じる。私は自分のWunderkammerを作ろうとしているのではないかと思う。その傾向がこの頃はっきりあり。。。(実際今日も相変わらずインスタレーション用にショーケースを作っていたしね。。)

面白いものを集める事は誰もが経験していることであり、心当たりがあるのでは無いだろうか?隣の者がどんな収集をしたのか見るのも楽しい。集めて揃えて並べて見せる。どうやら人間が深いところに持っている欲求にちがいないとおもうのだけれど、どうでしょう?



Wunderkammerがらみで面白いウェブサイトを見つけた。Kunst und Wunderkammer






雨音に負けず独り言

2009-07-23 18:33:14 | 思考錯誤
締め切り間近に迫ったデータを送るのと、ついでに出そうと思っていた手紙も沢山あって郵便局に出かけた。用事を済ませて帰宅し一息つく間もなく思い切りどかどかと雨が降って来た。最近のきちがいじみた雨の降り方は尋常じゃない。傘に穴が開きそうだ。仕事場に行って今週末に買い足さねばならない木材のチェックをしなければならないのでもう一度出かけようと思っていたところだったが気力が雨に流されて何処かに流れていった。きっと私の気力は近所のマンホールの中で渦巻いているに違いない。内心明日でも間に合うとすでに方向転換している。冷蔵庫が腹をすかせているので食材の買出しには行かねばならないだろうが階下がスーパーマーケットであるから雨に濡れる心配は無い。冷蔵庫には使いかけのレタスとか塊のパルメザンチーズとかクワルク(フレッシュチーズ)とか塩漬けの胡瓜や杏や梅とかスグリのゼリーとか西瓜四分の一とかハムが3枚とか昆布出汁一瓶とか赤ピーマン一個とか卵三個にバターとかマスタードとか自家製コチュジャンもどきがある位で冷凍庫も御茶やスープストックやカメラのフィルムやコチコチのラズベリーくらいだ。他には台所の片隅に色艶の悪くなったキャベツと白菜ジャガイモに玉葱も転がっている。しかしこれだけあれば充分のようでもある。ジャガイモと玉葱とゆで卵を昆布出汁で煮ておでん風に仕立てるのもいい。ちぎりキャベツを水に放してパリパリとさせたところにハムを細かく切って塩漬け杏を刻んで混ぜ合わせて醤油ごま油をたらしてもいい。クワルクと小麦粉混ぜ合わせて細く切った赤ピーマンとテラスに生えているハーブをいれて揚げ焼くなんていうのもワインのつまみに最高だし、西瓜の皮の甘酢漬けもできる。白菜は昆布出汁で煮て軟らかく煮えたところに生姜醤油を落として食べるのがいいかもしれないし、食後のデザートは西瓜でもクワルクのゼリー添えでもいい。素晴らしい。完璧。取り合わせは滅茶苦茶だが結構美味しそうなものはできそうじゃない?買い物に行く必要は無いということだなと冷蔵庫に頭を突っ込んでいると電話がなった。何だか電話に出るのが億劫で冷蔵庫に頭を突っ込んだまま呼び出し音を数えていた。七回鳴って静かになった。七回。七という数字に今日は何か用事があった気がしてならない。七、七、七何だっけ?思い出せないので直ぐに諦める。最近私は諦めが良い。電話が切れると誰からなのかが気になってくる。何の用事だったのか?もっとも間違い電話ということもある。そんな事をぼんやり考えていると豪雨がいきなり止んだ。うっすら陽さえ差している、全く予測不可能な空模様だ。 又電話が鳴る前に出かけよう。 そして近いうちに長靴を買いに行こう。




        




2009-07-22 11:02:38 | 読書感想
雨が降っている。

雨続きの空気の中で時間がふやけて伸びて水飴のように粘る。

雨の音が耳の外で内で続いている。

。。。。。

      


膨らんでは落ちゆく軒先の雨だれを飽かず眺める。

今朝淹れた珈琲の香りが本棚の前の、『ファーブル植物記』から『レイモンド・カーヴァーのカテドラル』の間に滞っている。朱色の表紙。
一昨日の赤フサスグリのゼリーは充分なゼラチンを溶かし込んだのにもかかわらず固まらなかった。ゲルの融解温度25~35℃。。。昨日は気温28度。
昨日アトリエに忘れてきた落書きノートのページから文字が湧き出して、実はそれが虫の大群である夢を見た。
アトリエに死に積もり行くダンゴ虫のことを思う。
。。。
。。。
。。。
。。。


。。。
。。。







ところで、レイモンド カーヴァーの『カテドラル』。
とても素敵な短編集だ。
簡単な言葉で淡々と日常を描写しながら読み手を知らぬ間にその描写の中に引き込む吸引力にいつも驚かされる。
料理中にジャガイモが転がってころころと調理台の下に転がっていってしまったりするような、全く平凡な場面描写も曲者かもしれない。
ちょっとしたところで摑まってしまうのだ。

そして今日も、珈琲の香りに導かれて、茹でジャガの行方を気にしながら思いがけなくも再読してしまった。
そしてちょっと良い気分になった。

雨も止んだしね。



Notiz

2009-07-19 01:15:41 | 思考錯誤
ヨーロッパオオクワガタの(通称クワちゃん)は本日自然に帰る。
林檎が大好きで西瓜も盛んにやっていました。
元気で少しは楽しい時間を過ごせるかどうか?見知らぬところでこれから相方を探すのは無理だろうけれども、我が家で箱の中に暮らすより幸せに違いない。
短い間の付き合いだったけれども、いなくなると寂しい気がする。




今我が家のテラスで咲いているもの





白いスイートピーはつかみそこないそうに淡い香り。
ピンクのは甘い蜜の香りがする。



秋月菊



レンゲショウマ







午後、友人の庭に出かけて赤フサスグリとJosta (黒フサスグリとグズベリーの掛け合わせ Ribes × nidigrolaria)を収穫した。
これで何をつくろうかなあ。。。と考えながら実をつまんでいるので、このままなくなりそうにも思う。

2009-07-17 00:43:34 | 製作記録
メモ:


一つのショーケースの中に物語を内包したコクーンを、もう一つのショーケースの中には歴史と物語の凝縮である本を積み上げた。(そのために集めていた古本に最近購入した数冊を加えたが、本当はもう少し欲しい)
ショーケースの中に閉じ込めてよいのかまだ考えている。閉ざされた空間が息苦しくは無いか、または展開を"待つ”種子となるか、などとグズグズ考えている。考えているうちにうとうと眠くなってしまう。仕方ないのでちょっと気分転換に本を開く。読み始めると文字が動きはじめた。文字が段々崩れて重なって死んで干からびた蜘蛛のようになってしまう。一つ一つ絡まった足を解いて文字に戻そうとしていたら細い線がピューッと一本解けてそのうち縦横無尽に走り始めてしまい頭の中はあっという間に真っ暗闇になる。ブラックアウト。
闇が少しずつ掠れてくるとショーケース(75x50x40cm脚付きで高さ140cm)がホールの中心から始まって無数に並び始め増殖してゆく。そうそうこれがやりたかったんだよね。ケースの中には何かがあったという気配だけが残っている。そうそうこれを作りたい。
しかし場所と時間の資金の、加えて体力の不足で今のところ出来そうに無い。大体作ったとして、展示する場所を見つけたとして、何処に保管しておく?
そのうちに実現したい。できるだろうか?

Notiz

2009-07-16 12:36:35 | 写真
その頭振りほどけて闇に融けゆく



















昨日は70歳の誕生日を迎えた友人Yの誕生日パーティーに出かけた。
若若しく、強い芯を持ってしなやかであり、気持ちの良い人柄の大和撫子である。素敵な人物だ。集まる人々を見回しても彼女がしっかり伸ばした根っこがそれぞれに触れ合っていることがわかる。その根は強いが人を巻き込んで傷めることなく柔らかに包み編みこみながらさらに広がりを見せる。ふと私の足元の崩れそうな地面と千切れそうに貧しい根を見て困惑するが、これは一朝一日にどうかなるものでも無い。



レンゲショウマの花が一つ咲いた。


(写真はクリイム色の薔薇)





週末の訪問および謎の本の事。。など

2009-07-12 22:59:07 | 思考錯誤
土曜日にはアイフェル地方のへ絵描きのDを訪ねる。
農家をコツコツ改装したアトリエ付きの家に人間二人と犬猫一匹ずつがなかなかに良い生活をしている。



 

築200年の農家

 

以前厩舎だった小屋の一部



やけに広い庭



ハーブの一角。自前のハーブをたっぷり使ってピザを焼いてくれたD。



自然の造形美。かなわないね。


二階にはなかなか素敵なアトリエ兼展示室がある。(残念ながらアトリエ兼展示室の写真は撮ってこなかった)
この秋10月にはこの付近一帯アトリエオープンドアーで、今回誘われた私は彼のアトリエで参加することになった。祭りだ。
趣のある部屋なので、面白いインスタレーションができそうだ。
良い感じに崩れそうな壁や、使い込んで黒光りしているゆがんだ床の小部屋に、品良く本のオブジェなどが数多くなく点在しなかなか瞑想的空間だった。楽しみだ。


本といえば先週木曜日の話になるのだけれど、妙な事があった。
友人Bの展覧会が近所であったので見に行った帰り、私達はアトリエでしばし休憩することになった。
のんびり雑談しているとドアをノックする音が聞こえたので見れば家主のRである。
『君のね、本があるんだけれど。。。こっちに』という。
話が全く読めない。つかめない。本?って一体何のことなのか?
彼の背中について事務所に行くと玄関のテーブルに数冊の本が積んであるのが見えた。
全て日本語だ。誰が持ってきたのかわからないし誰のものかもわからない。
『僕は日本語読めないから、これは君のでしょ。。。。この近所で日本語読めるのは君一人だし』といって渡された。

伝える言葉プラス/大江健三郎
日本語と私/大野 晋
人称詞と敬語/三輪 正
意識の形而上学/井筒 俊彦
日本語の成立証明/パク ビョング シク
ヨーロッパを見る視覚/阿部 謹也

なかなか面白そうな本だが私の本ではないし注文したわけでもない。本の間に一枚の名刺が挟まっているのだがその名前に覚えは全く無い。その名刺が差出人のものなら未知のドイツ人の仕業だ。

日本語の本を偶然入手したドイツ人がいたのかもしれない。売り払うにも誰も買ってくれそうも無い。そういえばあの辺鄙なところでアトリエにこもっている日本人が居るらしいから進呈して喜んでもらおう。。。と、思いついたということなのだろうか? 
たまたま留守中に立ち寄って黙って本を置いていったということか?
何か一言メモをつけてくれたらいいものを、挟まった名刺が本を持ってきてくれた当事者かどうかわからない。中古の本には色々な物が挟まっている事があるものだ。(手紙なども挟まっているのを見かけたこともある)

名刺を眺めながら首をかしげている。
とりあえず名刺の主に短い便りをしたためた。ただいま返事を待っている。


来週は又少し気温が上がるらしい。
この数日ジャケット無しには外に出られなかった。15度からの気温差が短期間に上下するのはなかなか疲れる。



コーヒーを飲む

2009-07-07 07:16:37 | 自然観察
もう大分前からいわれていることだが、カフェインをアルツハイマーの鼠に定量投与し続けると記憶の喪失を防ぐばかりか、回復さえも見られたという。コーヒーを飲もう。人間の摂取必要量としては一日5杯だそうだ。
最近又そんな記事を読んだが、去年読んだ記事内容とどう違うのか私の記憶からでははっきりわからない。しかし新しい発見があったのだろう。研究者は相変わらず日がな一日何年間も(または一生かけて)同じ事を観察していたりするわけだ。
アミロイドβタンパク質という奴が蓄積すると神経細胞が死んでしまうのだそうだが、それをカフェインは抑制するということらしい。何でも薬にもなれば毒にもなる。
だからというわけではないが先日美味しいコーヒー豆を買った。ニカラグア産のMaragogypeという豆でマイルドで酸が少ないので胃にやさしい。大体私は酸味の多いコーヒーは好きでは無い。
豆を買いに行った日はかんかん照りの暑い日で、誰もが少しばかり茹ったような顔をしていた。店主に何を進めるかと問うと、『マイルドがいいの?今日のような暑い日にはこのコーヒーをお勧めするよ、とっても繊細な味で毎日大量に飲む豆って感じじゃないんだけれどね。。。でも今日みたいな日にはやっぱりこれだな。。。』というので”やっぱりこれだ”という豆を挽いてもらった。(我が家には電動コーヒーミルがあるのだけど、香辛料挽きとして使っているのでコーヒー豆は挽けない。シナモンやカルダモンやグローブの香りも一緒くたになってしまう)話しているうちに何故毎日飲むコーヒーでは無いのかという理由を聞きそびれて帰ってきてしまい、疑問符が頭の天辺に突き刺さったままになっている。

今朝はMaragogypeを淹れた。確かにとても繊細な香りと味だ。今のところ気に入っている。だけどなぜかミルク入りで飲むほうが美味しいように思う。




昨日の晩の空。雲が湧き上がってゆくのを見るのは楽しい。
その上、上空遠方に雷もとどろいて稲妻が走るのが見ものだった。