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ニッポンのゆる~い日常

小沢氏が曲解した『山猫』の逸話

2011-01-31 18:52:10 | 正論より
1月31日付    産経新聞【正論】より



小沢氏が曲解した『山猫』の逸話    中国現代史研究家・鳥居民氏


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110131/stt11013102490001-n1.htm



 ≪胡氏に変われと「剛腕小沢」≫


 旧年中のことで恐縮だが、民主党元代表の小沢一郎氏がインターネット動画の12月23日の番組で、「(中国国家主席の)胡錦濤氏がこの間、日本に来たとき、『会いたい』と言うから、『儀礼的な社交辞令で会うのは嫌だ』と言ったのだが、結局は会うことにした」と語った。会談は15分から20分間続き、小沢氏は、ビスコンティ監督による1963年の伊仏合作映画、『山猫』の一節を引いて、「変わらずに残るためには変わらなければいけない。これが私の人生と政治の哲学だ」と述べ、中国共産党の一党独裁からの転換を促したのだという。


 これを見た人々は、小沢氏が前月の11月に横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議への出席で来日した胡氏と会談したのだ、と思った。翌24日付の日本の各紙も小沢氏が「先月、胡主席と会談」と報じた。

 相も変わらぬ小沢好きの人であれば、「剛腕小沢」はやはり違うと思っただろう。そのAPECの際に、菅直人首相は胡氏との会談にやっとこぎつけはしたものの、手元のメモに目を落として、それを読み上げただけで終わった。


 しかるに、小沢はどうだ。向こうが会いたいと言ってくる。会ったら、首相と同じ20分ほどの会談であっても、日中関係が悪化しているさなかであっても、臆することなく、中国が今やらねばならないことを胡氏に説いた。それなのに、とっくに解決済みの「政治とカネ」の問題を蒸し返し「剛腕小沢」の足を引っ張ろうとするばかどもが、と嘆いたことだろう。


 それから4日、前原誠司外相が記者会見で事実を明らかにした。それによると、小沢氏が言う「この間」とは2年半前、平成20年5月のことだった。来日した胡氏が与野党の指導者と相次いで会談、民主党代表だった小沢氏とも会ったのだという。『山猫』の話をしたことも、前原氏は確認した。

 小沢氏は『山猫』の中の、その話が大好きのようである。それより2年前、平成18年4月の民主党の代表選でも、小沢氏は「変わらずに残るためには、変わらなければいけない」と説き、「私自身がまず変わる」と訴えて新代表に選ばれた。「ニュー小沢」。新聞はそうもてはやしたものだった。





 ≪映画中の発言者を取り違え≫


 だが、私は腑に落ちないことがあったので、小沢氏の著書を調べてみた。氏は、前述の代表選よりも10年前に刊行した「語る」という談話録の冒頭で、『山猫』を取り上げていた。ただし、残念ながら、事実関係を間違えていた。

 映画のクライマックス場面で、イタリア統一運動に参加した青年が、自分を支援してくれる伯父の公爵に、「なぜ私を応援するのか」と問うたのに対して、「変わらずに…」と公爵は答えた。そのように、小沢氏は語っていた。

 実際には、問題の場面は映画の初めに現れており、しかも、小沢氏を感服させたその台詞(せりふ)は、公爵の口から出たものではない。若い甥(おい)の方が発したものだ。そればかりか、公爵はその台詞にはうなずかずに、聞き流したのである。

 当たり前だろう。社会的地位と家系を誇る名門貴族にとって代わろうとする新興勢力が台頭していく中で、徐々に没落していく公爵家の当主の人生の最後の輝きを描いたのが『山猫』なのである。

 その映画の主人公、シシリーの貴族であるサリーナ公爵家の紋章も『山猫』である、といいたいところだが、実は映画の中で大きなスープ鉢の蓋にまで付いている紋章は、そうではない。長い尾を振り回して辺りを睥睨(へいげい)しているのは豹の一種であり、原題は邦題と違い、紛れもない『豹』である。





 ≪正しくは変革ではなく退場≫


 「われわれは豹か獅子だった。だが、やがてはハイエナ、羊にとって代わられることになる」と、主人公の公爵が独白したのもそのためであり、それこそが3時間にも及ぶ大作の主題なのである。

 ところが、小沢氏は『山猫』について勝手に思い込み、自らは変わるのだと喋(しゃべ)ってみせながら、政界にとどまるため「政局」をつくり出すのに専念した。日本の今日の停滞は、そんな「小沢政治」にも、大きな責任があると思う。

 小沢氏が公爵の発言を正しく理解していたら、「ハイエナ、羊にとって代わられることになる」と言い残して、政治の舞台から去っていたかどうか。ともあれ、その氏も今、やっとそう言える状況になりつつあるのかもしれない。

 さて、胡氏にも触れよう。

 胡氏は小沢氏と違い、まだ2年の任期を残しているばかりか、江沢民前国家主席の先例に従えば、軍の最高ポストに座り続けることになる。その彼が解決しなければならない問題は山積しており、ゲーツ米国防長官がこの1月に東京で講演して指摘した、「中国軍に対する文民統制の弱さ」は、中でもすべてに絡む問題だろう。

 前に本欄で書いたが、江時代に登用された軍首脳の総入れ替えが肝要であることは、変わらなければと小沢氏から言われずとも、胡氏自身が重々承知していよう。(とりい たみ)
















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自己正当化のためなら平気で嘘をつくタイプの小沢氏 「神話」は枯れ尾花

2011-01-31 18:47:11 | 陸山会(小沢一郎)
【一筆多論】


自己正当化のためなら平気で嘘をつくタイプの小沢氏 「神話」は枯れ尾花



http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110131/stt11013109050002-n1.htm



時計の針が午前0時を過ぎ、中東の地で死闘を繰り広げていたサッカー日韓戦が延長戦に入ったころ。

 サッカーとは何の関係もなく居酒屋で酔っぱらい、終電に乗り遅れてタクシーを拾うと、「いやあ、本当にありがとうございます」と運転手さんから大仰に礼を言われた。

 他人(ひと)様から滅多に褒められたことがないので戸惑っていると、「家でサッカーを見るためみなさん早くお帰りになった。こんなときに乗ってくれるお客さまは神様です。それにしても政権交代してから余計にお客さんが減ってます。菅直人の野郎をぶん殴りたいですよ」と急に物騒なことをおっしゃる。

 じゃあ、自民党政権に戻った方がいいの?と聞くと、「まだ早い」と断じ、「やっぱり、小沢一郎しかいないじゃないですか」と同意を求められた。


 神様扱いされたので黙って聞いていると、小沢待望論の理由を次々と挙げてくれた。

 (1)菅は財界と米国の言いなりだが、小沢なら「国民の生活が第一。」を貫き、米国や中国とも対等にわたりあえる

 (2)「改革派」の小沢は、官僚や財界、マスコミの「旧体制」に袋叩(だた)きにされ、いわれなき罪を着せられている

 (3)小沢ほど決断力と洞察力に富んだ政治家はいない

 「小沢神話」いまだ健在なり。でも運転手さん、それは違いますよ、と言いかけたところで拙宅に着いてしまった。


 小沢氏ほど、虚飾に彩られている現役政治家は、ほかに見当たらない。その最も大きな理由は、彼が首相になったことがないために「もし小沢さんが首相だったら…」「彼ならこうやったはずだ」という妄説が成り立つ余地が残っていることだ。

 歴史にイフは許されないが、もし小沢氏が自民党時代に首相になっていたら、あるいは昨年の代表選に勝利していれば、「神話」はきれいさっぱり消えていたはずだ。

 なぜ、そう断言できるかといえば、彼は自己正当化のためなら平気で嘘をつくタイプの人間だからだ。

 最近も週刊文春に「(新聞に)公開討論会で大いに議論しようじゃないか、と呼びかけているんですが、出てきたためしがない」(2月3日号)と語っているが、まったくの嘘である。私は4年近く政治部長を務めているが、そんな呼びかけをしてもらったことは一度もない。逆にインタビューを何度も申し込んでいるが、受けてもらったためしもない。

 あげくの果てには「旧体制を変えようとしている者は、既得権を奪うけしからん敵だとなって、何をやっても叩かれてしまうんです」(同)と、「政治とカネ」の問題をメディア批判にすりかえている。真実を嘘でごまかし、国会の場で自らの疑惑を晴らそうとしない政治家が、大事をなせるはずがない。

 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ではないが、「小沢神話」は、枯れ尾花(ススキ)にすぎないのである。運転手さん、これで納得されましたか?(政治部長兼論説委員)

2011.1.31 09:01






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【小沢氏強制起訴】起訴内容の要旨

2011-01-31 18:42:53 | 陸山会(小沢一郎)
【小沢氏強制起訴】   起訴内容の要旨



http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110131/trl11013117390010-n1.htm



【第1】

 小沢一郎被告は、自己の資金管理団体である陸山会の会計責任者であった大久保隆規被告と、その職務を補佐する者であった石川知裕被告と共謀の上、平成17年3月31日ごろ、東京都新宿区の東京都選挙管理委員会において、

 (1)陸山会が16年10月12日ごろ、小沢被告から4億円の借り入れをしたにもかかわらず、これを16年の収入として計上しないことにより、同年分の政治資金収支報告書の「本年の収入額」欄に、これが5億8002万4645円であったとの虚偽の記入をし、

 (2)陸山会が16年10月5日と同月29日、土地取得費等として計3億5261万6788円を支払ったにもかかわらず、これを同年の支出として計上しないことにより、真実の「支出総額」が4億7381万9519円であったのに、収支報告書の「支出総額」欄に、3億5261万6788円過小の1億2120万2731円であったとの虚偽の記入をし、

 (3)陸山会が16年10月29日、東京都世田谷区深沢8丁目の土地2筆を取得したのに、これを収支報告書に資産として記載せず、収支報告書を都選管を経て総務大臣に提出し、もって収支報告書に虚偽の記入をし、記載すべき事項を記載しなかった。




【第2】

 小沢被告は、大久保被告と、その職務を補佐する者であった池田光智被告と共謀の上、18年3月28日ごろ、都選管において、

 (1)陸山会が17年中に土地取得費等として計3億5261万6788円を支払っていないにもかかわらず、これを同年の支出として計上することにより、真実の「支出総額」が3億2734万7401円であったのに、同年分の収支報告書の「支出総額」欄に、3億5261万6788円過大の6億7996万4189円であったとの虚偽の記入をし、

 (2)陸山会が前記土地2筆を取得したのは16年10月29日であるのに、収支報告書の「資産等の項目別内訳」の「年月日」欄に取得年月日が17年1月7日であるとの虚偽の記入をし、収支報告書を都選管を経て総務大臣に提出し、もって収支報告書に虚偽の記入をしたものである。



2011.1.31 17:38









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