バーで働き始めて10日ほど経ちました。
お客様には色々な方がいらっしゃいます。
先日は、なかなか変わった方が来られました。
ステンドグラスを施したドアが開き、一人の男性が入って来た。
「いらっしゃいませ」
彼は黙ってカウンター席に座る。
初めて来たらしく、店内のあちこちを眺め、なかなか注文しない。
「何にしましょうか?」
私が聞くと
「そうだなぁ・・・これから飲むボトルを開けたら今晩付き合ってくれる?」
当然、冗談だろうと思い
「え~~?そうですねぇ・・まぁ中身がたくさん残ってるボトルだったら良いですよ」
その日はヒマで時間的にも閉店間近。
売り上げが増えれば良いか、と思い軽く受け流す私。
「じゃあ・・君の後ろにある、そのボトル」
振り向くと、かなりクセのあるスコッチウィスキーがあった。
「ラフロイグですかー。ガバガバ飲む様なお酒じゃないですよ。
ボトル空きますかねぇ~~」
どうせ閉店まであと30分程だし・・と私は余裕を見せた。
「違う違う、下の段の」
「えっ、下の?」
私が立っている後ろの棚は上がスコッチ、下がカクテルに使うリキュールやシロップなどである。
「どれの事ですか?」
「その茶色のラベルの・・・」
彼が指さすボトルは「MOCA」というコーヒーリキュールであり
開封したばかりで中身はたっぷり入っている。
「こっ、これ!?ボトルを開けると仰るから
てっきりウィスキーかジンかテキーラあたりかと・・」
「フフ・・君はまだ大人の酒の楽しみ方を知らないね」
うーむ、これは安請け合いして失敗だったかもしれない。
非常に危険な雰囲気がしてきた・・・が、今更帰って下さいとも言えず仕方なく
「飲み方は・・・」
と、おそるおそる聞いてみる。
「ここには、この酒に合うグラスが無いな。
まぁ、どのバーに行っても置いてないんで持ち歩いているんだけどね」
そう言ってカバンを探り出した。
マイ箸ならぬマイグラス。
エコロジーな私は興味をそそられ、カバンを見つめた。
・・・そして取り出されたモノを見て驚愕する。
パピコの容器だ。
グリコのアイス、パピコである。
私が子供の頃からある、ロングセラーのパピコである。
ちゅーちゅーするあのパピコである。
そのパピコの空容器を取り出しながら
「知っての通り、パピコはチョココーヒー味のアイスだ。
俺はパピコが大好きなんだが大人の男としてパピコを楽しみたいんだ」
と言う。私は「はぁ・・」としか言えない。
「さっき、ボトルを開けたら今晩付き合って欲しいと言ったがあれは訂正する。
このボトルを開けるのを付き合ってくれないか?」
「ううっ」
戸惑う私に彼は
「心配するな!パピコは2本で1セットだ。
君の分のパピコの容器もちゃんと用意してるから」
「あのっ・・そうじゃなくて・・えーと・・」
「大丈夫!きれいに洗ってあるから!!」
もはや抵抗出来ない。
無理矢理両手に2本のパピコ容器を握らされ
「さぁ!!早くそれにモカリキュールを入れてくれ!!」と詰め寄る彼。
「どっどうやって入れるんですか?こんな細い口から」
「じょうごがあるだろう!じょうごが!!」
じれったそうに怒鳴り出す彼。
私は異常なパピコへの溺愛ぶりに混乱し、言われるままにパピコ容器にリキュールを注ぐ。
モカリキュールで満たされたパピコを「お待たせ致しました」と渡そうとすると
「君の分がないだろう!!一緒にチューチューしてこそ、パピコなんだぞ!!」
またもや怒鳴られた。
一緒にチューチューしてこそ、パピコ・・・・。
確かにその通りかもしれない・・・。
遠い昔の夏休み、近所のスーパーで買ったパピコをパキンと割って
姉と、あるいは友達とチューチューした記憶が蘇る・・・・。
アサガオの観察日記、盆踊り、夏祭り、花火、久しぶりに会う従兄弟
海水浴、ウルフこと千代の富士が優勝した大相撲・・・。
あの眩しい夏休みの日々にはもう帰れない。
あぁ、私は歳と共に純粋な子供の気持ちを失ってしまった。
だがしかし、それを憂いてばかりはいられないのだ。
大人として、社会人としてこの汚れた世知辛い世の中を
歯を食いしばって渡って行かなくてはならないのだ。
そんな大人の辛さ、苦しさに喜びを与えてくれる不思議な液体・・・
それがお酒である。
キラキラ光る日々の思い出(パピコ容器)の中に
子供には味わえない大人だけの甘美な喜びを注ぎ、それをたしなむ・・・・。
これはパピコゆえに一人では成立し得ないのだ。
この大人の密やかな楽しみは2人でチューチューして初めて成り立つのである。
「・・私、今あなたの気持ちがわかりました。
あの頃の純粋な心を思い出させてくれてありがとう。
今夜は是非、お付き合いさせていただきます」
かくして私と彼は明け方までかけて、モカリキュールのボトルを開けてしまった。
あの彼はきっと、毎年夏が来る前のこの時期に誰かとパピコをチューチューするのだろう・・・。
来年は、彼が素敵な彼女とチューチュー出来ますように・・・
そう祈らずにはいられなかった。
※このハナシはフィクションであり、実際ワタシの働いているお店に
このよーなお客様はいらっしゃいません。悪しからず。
お客様には色々な方がいらっしゃいます。
先日は、なかなか変わった方が来られました。
ステンドグラスを施したドアが開き、一人の男性が入って来た。
「いらっしゃいませ」
彼は黙ってカウンター席に座る。
初めて来たらしく、店内のあちこちを眺め、なかなか注文しない。
「何にしましょうか?」
私が聞くと
「そうだなぁ・・・これから飲むボトルを開けたら今晩付き合ってくれる?」
当然、冗談だろうと思い
「え~~?そうですねぇ・・まぁ中身がたくさん残ってるボトルだったら良いですよ」
その日はヒマで時間的にも閉店間近。
売り上げが増えれば良いか、と思い軽く受け流す私。
「じゃあ・・君の後ろにある、そのボトル」
振り向くと、かなりクセのあるスコッチウィスキーがあった。
「ラフロイグですかー。ガバガバ飲む様なお酒じゃないですよ。
ボトル空きますかねぇ~~」
どうせ閉店まであと30分程だし・・と私は余裕を見せた。
「違う違う、下の段の」
「えっ、下の?」
私が立っている後ろの棚は上がスコッチ、下がカクテルに使うリキュールやシロップなどである。
「どれの事ですか?」
「その茶色のラベルの・・・」
彼が指さすボトルは「MOCA」というコーヒーリキュールであり
開封したばかりで中身はたっぷり入っている。
「こっ、これ!?ボトルを開けると仰るから
てっきりウィスキーかジンかテキーラあたりかと・・」
「フフ・・君はまだ大人の酒の楽しみ方を知らないね」
うーむ、これは安請け合いして失敗だったかもしれない。
非常に危険な雰囲気がしてきた・・・が、今更帰って下さいとも言えず仕方なく
「飲み方は・・・」
と、おそるおそる聞いてみる。
「ここには、この酒に合うグラスが無いな。
まぁ、どのバーに行っても置いてないんで持ち歩いているんだけどね」
そう言ってカバンを探り出した。
マイ箸ならぬマイグラス。
エコロジーな私は興味をそそられ、カバンを見つめた。
・・・そして取り出されたモノを見て驚愕する。
パピコの容器だ。
グリコのアイス、パピコである。
私が子供の頃からある、ロングセラーのパピコである。
ちゅーちゅーするあのパピコである。
そのパピコの空容器を取り出しながら
「知っての通り、パピコはチョココーヒー味のアイスだ。
俺はパピコが大好きなんだが大人の男としてパピコを楽しみたいんだ」
と言う。私は「はぁ・・」としか言えない。
「さっき、ボトルを開けたら今晩付き合って欲しいと言ったがあれは訂正する。
このボトルを開けるのを付き合ってくれないか?」
「ううっ」
戸惑う私に彼は
「心配するな!パピコは2本で1セットだ。
君の分のパピコの容器もちゃんと用意してるから」
「あのっ・・そうじゃなくて・・えーと・・」
「大丈夫!きれいに洗ってあるから!!」
もはや抵抗出来ない。
無理矢理両手に2本のパピコ容器を握らされ
「さぁ!!早くそれにモカリキュールを入れてくれ!!」と詰め寄る彼。
「どっどうやって入れるんですか?こんな細い口から」
「じょうごがあるだろう!じょうごが!!」
じれったそうに怒鳴り出す彼。
私は異常なパピコへの溺愛ぶりに混乱し、言われるままにパピコ容器にリキュールを注ぐ。
モカリキュールで満たされたパピコを「お待たせ致しました」と渡そうとすると
「君の分がないだろう!!一緒にチューチューしてこそ、パピコなんだぞ!!」
またもや怒鳴られた。
一緒にチューチューしてこそ、パピコ・・・・。
確かにその通りかもしれない・・・。
遠い昔の夏休み、近所のスーパーで買ったパピコをパキンと割って
姉と、あるいは友達とチューチューした記憶が蘇る・・・・。
アサガオの観察日記、盆踊り、夏祭り、花火、久しぶりに会う従兄弟
海水浴、ウルフこと千代の富士が優勝した大相撲・・・。
あの眩しい夏休みの日々にはもう帰れない。
あぁ、私は歳と共に純粋な子供の気持ちを失ってしまった。
だがしかし、それを憂いてばかりはいられないのだ。
大人として、社会人としてこの汚れた世知辛い世の中を
歯を食いしばって渡って行かなくてはならないのだ。
そんな大人の辛さ、苦しさに喜びを与えてくれる不思議な液体・・・
それがお酒である。
キラキラ光る日々の思い出(パピコ容器)の中に
子供には味わえない大人だけの甘美な喜びを注ぎ、それをたしなむ・・・・。
これはパピコゆえに一人では成立し得ないのだ。
この大人の密やかな楽しみは2人でチューチューして初めて成り立つのである。
「・・私、今あなたの気持ちがわかりました。
あの頃の純粋な心を思い出させてくれてありがとう。
今夜は是非、お付き合いさせていただきます」
かくして私と彼は明け方までかけて、モカリキュールのボトルを開けてしまった。
あの彼はきっと、毎年夏が来る前のこの時期に誰かとパピコをチューチューするのだろう・・・。
来年は、彼が素敵な彼女とチューチュー出来ますように・・・
そう祈らずにはいられなかった。
※このハナシはフィクションであり、実際ワタシの働いているお店に
このよーなお客様はいらっしゃいません。悪しからず。