
日本人向けのブルース、あるいは、「商材」というのが
あるのだろう。このDVDを見ると、そう思えてくる。この作
品は、アメリカのシカゴ・ブルースの聖地とされたマックス
ウェル・ストリートのもの。
ここに収められた映像では、華麗なエリック・クラプトンさ
んのたたずまいも敬愛してやまないライトニンさんやサン
ハウスさんの臭いとも違うブルースが展開される。
例えば、家事を済ませたばかりみたいなお母さんが、
汚いギターでへなへなのシャッフルを刻んでうめく。そして、
ギターのネックには、これみよがしに、チップをねだるかの
ような紙コップ。
かつて、マディは、この道で演奏して荒稼ぎするバンドの
メンバーに「オレの顔にドロをぬるような事をしてくれるな」
と言ったという。恋愛とか、差別とか、金とかに偏ったもの
ではなく、ブルースは、まぎれもなく彼らの生活という事な
のだろう。それは、洗練されたものでなく、どんくさい。
ブルースとくくられる音楽が好きで、関連の音源や文献
は機会がある度に手に入れてきた。しかし、一度、じっくり
彼らの生活に入り込まない限り、確かな事を言う事は難し
そうだ。だって、ブルースは、酒場ばかりでなく、床屋の待
ち合いでも、歌われたのでしょう。
この前、シカゴからきたというおじさんと新宿の道でセッ
ションをした時も衝撃を受けた。自分と同じ事を弾いている
のに、グルーブがまるで違う(どこの日本のブルースの教則
映像にも、こんなグルーブで弾く人はいない。やっている事
は同じなのだが、音符の歌わせ方がまるで違うのだ)。
そして、目の前をかわいい女の子が通過すると、すぐにブ
レイクを決めて、人差し指を立てて、「カモ、カモン」とウイン
クして見せた。これがリアルブルースかと、今までの価値感
がごそっと崩れた。何が、ホントのブルースなのだろう?悩
ましい問い掛けは続く。
路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信
http://pub.ne.jp/solo_solo/