兵器は購入すれば直ぐに使えるものではない。同様に部隊は配備すれば直ぐに運用できるものでもない。特に強大な兵器になればなるほど、その運用に訓練が必要となる。海流や気流、気候、地形等々の把握が特に防衛戦では重要となる。軍事を蔑む連中はこのような基本が理解できていない。中国の孫子に、「平和主義が過ぎればどんな堅固な要塞も用をなさない」とする訳せる一説がある。
沖縄県の翁長雄志知事は21日、首相官邸で開かれた「政府・沖縄県協議会」で、今年6月9日に中国海軍のフリゲート艦が尖閣諸島(同県石垣市)周辺の接続水域に侵入したことなどを受け、地域住民の安全確保に向けて万全の態勢で取り組むよう菅義偉官房長官らに要請した。
「(中略)」
続き 産経ニュース
http://www.sankei.com/politics/news/160721/plt1607210043-n1.html
多くの日本国民が「今更何を」と感じている。今まで「国防の邪魔ばかりしていた売国奴」と多くの日本国民は思っている。内乱罪避けの戯言か?本当に中国と戦争が始まれば、内乱罪若しくは外患誘致罪で逮捕される。この二つの刑罰は「死刑」である。その対策のためのアリバイつくりと思われる。
何回も中国詣でしているんだから、中国政府高官に領海侵入を止めるよう言ってみろよ。との最もな書込みがあった。
そしてこれでも米軍基地反対か?その辺りを明確にすべきではないのか。一端戦闘が始まれば、自衛隊や米軍は命をかけて戦うことになる。卑怯者の席は日本にはない、敵前逃亡の得意な中国や韓国に移られることをお勧めする、同族相憐れめばよい。
中国に話し合いなど通用しないことが、今回のハーグの国際仲裁裁判所の判決を無視することでも理解できないのか?
孫子で現状を表したが、中国の諸子百家の思想にない概念が「平等」と言う概念だ。キリスト教もイスラム教も神の前では皆「平等」という概念がある、仏教にも。
そのような中国相手に話し合いを行なうためには、「こちらとケンカをすると逆に酷い目に遭うぞ」と思わせることが重要。孫子も「・・・・・・・・百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして敵の兵を屈するは、善の善なる者なり」と言っている。
中華人共和国人は2700年前とその民度は変わらないようだ。それでも朝鮮半島の民より遥かにマシであるのだが。