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映像作品とクラシック音楽 第60回 『英国王のスピーチ』のベートーベン7番

2022-04-15 07:14:00 | 映像作品とクラシック音楽
久しぶりの本来の趣旨にもどっての映画におけるクラシック音楽についての記事です。
2010年のイギリス映画(といっても制作は数年前ある意味大ブームをもたらしたハーヴェイ・ワインスタインなのでアメリカ映画といった方がいいのかもですが)トム・フーパー監督のアカデミー賞作品賞受賞作『英国王のスピーチ』です。
(写真のカラヤンとフルトヴェングラーは関係ありません)

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現英国王と言えばエリザベス2世ですが、そのお父上で前英国王のジョージ6世、本名アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ(即位前の愛称バーティ)の物語です。
1930年代、国王ジョージ5世の次男バーティは吃音(どもり)に悩まされていて公務にも支障を生じるほどで、見かねたバーティの妻エリザベス(現女王と同じ名前ですがその母上です)が、民間人の言語聴覚士ライオネル・ローグに治療を依頼します。最初はどうせ無駄と乗り気でなかったバーティですが、やがてはライオネルとの治療で普通に喋れるようになっていきます。
一方で父が亡くなり、長男のエドワードが国王に即位しますが、エドワードは遊び癖がある上に、離婚歴2回の女性と付き合っていたりしました。王室の人間にも横柄な口のききかた(平民のくせに)をするライオネルはバーティと兄との関係等を巡ってつい言い過ぎたこともあって口論となり、2人は仲違いします。
やがてエドワードはかなり個人的な理由で退位し、望まずしてバーティが国王に即位しジョージ6世となります。
そのころヨーロッパ大陸ではヒトラーのドイツがポーランドに侵攻し、イギリスはドイツとの戦争に突入しますが、ジョージ6世は国王として国民に向けて開戦を告げるスピーチをしなければならなくなります。

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最初に断っておきますが、私は個人的にはこの映画をあまり高く評価していません。

どうにも、脚本と演技だけで引っ張っているようで演出が見えてきません。
その脚本も詰めが甘いといいますか、さまざまなエピソードの因果が薄い、権力に対する批評性が薄い、ジョージ6世とライオネルの関係性に絞りすぎてドラマとしても薄い、特にスピーチを終えてやり切った感を見せて終わるあの幕切れに違和感を感じて仕方がないです。あの後、彼が宣言した戦争で多くの英国民が犠牲になるというのに。…などなどそこまでの名作だろうかと今でも少々疑問です。

とは言え久しぶりに見返すと、色々と楽しいところも見えてきました。

脚本的にはジョージ6世より、王位をうっちゃらかしたエドワードの描き方が面白くて、相当嫌な野郎のような描き方でしたが、国王の座より1人の女性を選ぶ、という生き方はちょっと「かっこいい」気もしますし、王室というもののあり方に一石を投じていたとも言えますし、今となってはその後のヘンリー王子の王室離脱をつい思い出してしまいます。
(ちなみにNetflixの連ドラ『ザ・クラウン』も見ているのですが、エドワードはその後も王室にお金を無心したり、やっぱ色々と問題のある人物だったようですね。ある意味ぶれない男ですが)

あとニュース映像での、「大熱狂するドイツ国民の前でスピーチするヒトラー」をジョージ6世がじっと見ていて、娘エリザベスになんて言ってるの?と聞かれて、「わからないが演説はうまいな」と言う場面は好きです。
後のシーンでジョージ6世も国民に向けてスピーチをするのですが、その時はヒトラーと違って喋る自分の目の前にはライオネル1人しかいません。ライオネルだけに語るように話すジョージ6世の姿は、あるいは国のことも国民のことも見えていない、ヒトラーの演説を褒めるのもあわせて戦争に現実感をかんじられない王族を批判的に描いているのかもしれません。深読みですが。

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もう一つの魅力は音楽です。
劇伴音楽はここ10年で急速に巨匠になったアレクサンドル・デスプラが手がけています。王室ものっぽさを感じさせない軽めなメロディをピアノとストリングス主体の小編成のオケで奏でるのは好感が持てます。
劇伴の軽さに対して、クラシック音楽が重厚感を醸すことでよいコントラストになっています。

前半、ライオネルの自宅兼診療室でバーティがヘッドホンで音楽をガンガン鳴らされながらシェイクスピアを朗読する場面では、モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が使われます。サウンド演出としてはバーティの聴覚を表現して豪華なあの曲だけがサウンドを支配して、バーティ自身の声は聴かせません。
後のシーンでその時に録音されたレコードを聴くことで初めてあの時の声が、それも流暢に喋る声が聞こえてきて、観客はバーティと同じ気持ちで驚くことができるのです。

そしてクライマックスの開戦宣言のスピーチのバックには、ベートーベンの交響曲第7番の第二楽章の前半のあの重厚な部分が流れます。ベト7が人気曲である所以がこの超絶かっこいい第二楽章だと思います。国民に対して戦争突入を告げる重い内容のスピーチと、そのスピーチをさまざまな立場で聞く主要人物たちのカットバックに、ベト7第二楽章がばっちりマッチして、狭い部屋で喋るだけのシーンが緊張感溢れる名シーンになりました。
ラストに納得いかないのは書いた通りですが、それでもなお、なんとなくいい映画見た気にさせるのは、ベト7のおかげだと思ってます。

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ところで、エンドクレジットを見ると、この作品ではフィガロとベト7の他にもクラシックがさらに三曲使われていて、モーツァルトとベートーベンがもう一曲ずつ、さらにブラームスも使われています。
しかしちょっと思うのです。英国王の話なんだから、エルガーとかホルストでも使えばいいのに…と。
まあ、最後のスピーチでジュピターとか威風堂々とかはあわないと思いますけど。にしても、なんでこれからヒトラーと戦争だって時期の映画にこれでもかとドイツ・オーストリア系の音楽を使ったのでしょう?
で、これもまた深読みですが、ジョージ6世のウィンザー家というのは、もともとはドイツ系の家系なんですよね。その辺の家柄を意識しての選曲だったのかもしれません。知らんけど。

…と、関西風に逃げておいて、この辺で終わりにしたいと思います。
最後に繰り返しますが、私はやっぱりあまりこの映画を高く評価しません。同じ年にアカデミー賞を競った『ソーシャルネットワーク』の方が、はるかに映画的面白さにあふれていたと思います。

というわけで次回は、一瞬ですがグリーグのペールギュントがギンギンにノリノリで流れる『ソーシャルネットワーク』について書きたいと思います!!

それでは今回はこんなところで!
また素晴らしい映画と音楽でお会いしましょう!

#英国王のスピーチ #ベートーベン #ベートーベン7番

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