自主映画制作工房Stud!o Yunfat 改め ALIQOUI film 映評のページ

映画作りの糧とすべく劇場鑑賞作品中心にネタバレ徹底分析
映画ブロガーら有志23名による「10年代映画ベストテン」発表!

映像作品とクラシック音楽 第30回『惑星ソラリス』

2021-08-20 01:43:36 | 映像作品とクラシック音楽
クラシック音楽が印象的な映像作品について語るシリーズも30回になりました。
10回くらいでネタ切れになるかと思ってましたが、まだこうして続けられますのも「いいね」してくれる皆さまのおかげです。意地でも50回までは頑張りたいと思います。

で、記念すべき30回目は、アンドレイ・タルコフスキー監督の1972年のソビエト映画『惑星ソラリス』です。
タルコフスキー監督で最も有名かつ、SF映画史に残る名作です。
タルコフスキー監督といえば、難解な映像作家のイメージがあり、実際、不幸にも最初に観る映画が『鏡』だったりするとわけわかんなさすぎて、難解作家と思ってしまうのも無理はないのですが、しかしそれ以外の作品は意外と、「本気で作ったコント」だと思えば楽しめます。
『ストーカー』などドリフのコントを大真面目に作った映画みたいなもんで、「ゾーン」に入る三人をちょーさん、かとちゃん、志村だと思えばあちこち楽しめること請け合いです

そして『惑星ソラリス』も『2001年』みたいな難解SF映画で、高尚な哲学的な映画のイメージありますが、内容的には宇宙大作戦ことTV版スタートレックっぽくて、これもソラリスの宇宙ステーションにいる三人、クリス、スナウト、サルトリウスの三人をカーク、スポック、マッコイに置き換えれば、普通にスタトレの1エピソードになるような気がします。(実際スタートレック映画版第一作は、感情はないが高度な知性を持つ巨大な探査機がエンタープライズ乗組員の女性のコピーを作る…という辺りにソラリスの影響を感じなくもないです)
しかしこれはあくまでストーリーとしては…の話であって、もちろんタルコフスキーの映画をストーリー性でだけで語っちゃいけません

とはいえストーリーをざっくり解説します

----------
時はすごい未来。宇宙のすごいかなたにある星全体が巨大な海に覆われた惑星ソラリス。そこの探検チームが、あの星で変なもの見たと言って頭おかしくなったんじゃないかと思われた。なんでも惑星表面に急に超巨大な赤ん坊型の島が現れたり、家や庭ができたりとかなんとか。ソラリスの衛星軌道上の研究施設はもう閉鎖しようかという話になるが、とりあえず心理学者のクリス・ケルビンが調査に向かう。
宇宙ステーションには3人の男が残されていたはずだが、行ってみると一人はすでに死亡(自殺らしい)、そしてそこにいるはずのない子供や女がいる。
こいつはどういうことだい?と思っていたクリスの前にも、昔自殺した妻ハリーが現れるのだ。
そんなバカな!このハリーは絶対ニセモノだ!と思ったクリスは、ハリーをだまして探査ロケットにのせて、発射させてステーションから追放するという、かなり大胆なことをやるのだが、次の日にはまたクリスの前に何食わぬ顔でハリーが現れるのだ。
どうも、惑星ソラリスは惑星自体に知性と超能力があり、人間の頭に思い浮かんだものを実体化させて、人間たちの反応を観察しているようなのだ。
気持ちが落ち着いてきたクリスは、ハリー(のコピー)とコミュニケーションをとるうちに、かつてのハリーとの愛の思い出がよみがえる。そして失われた様々な過去への想いがあふれ出す。
ハリーは自らがコピーであることを自覚するようになり、クリスの気持ちを気遣うようになる
そして研究チームはソラリスに対してある実験を行おうとするのだが…
---------


ともすれば俗っぽいラブロマンスにもなりそうな物語を、タルコフスキーは彼の生涯のテーマであるノスタルジーの作品に仕立てます。ちなみに原作はラブでもノスタルジーでもなく、人類と未知の知性とのコミュニケーションが主題です。といっても原作も映画もストーリーにさほど違いはないのですが、原作にないソラリス出発前の地球でのエピソードが効いてきて、ラストの余韻が深まります。
なぜか未来都市の扱いで東京の首都高でのロケシーンがあったりするのはご愛嬌と言うか、当時のソ連の人間にとって東京って不思議な街に見えたのかもしれませんね。

そして本作でテーマ曲扱いで、随所にかかるのが、J.S.バッハのオルガン小曲集より「コラール《主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる》BWM639」です。映画ではオルガンでなく電子音による演奏が使われています。
あまり音楽の知識ないので変なこと書くかもしれませんが、バッハの音楽は機能美というか無機的な美しさを感じます。
余談ですが、自分のバッハ音楽原体験はディズニーの『ファンタジア』での「トッカータとフーガ」で、ここでのナレーションによる紹介でもバッハの音楽を「純音楽」として紹介され、他のベートーベンやチャイコフスキーの曲に素敵な画がついていたのに比べ、生命や感情や物語を感じさせるものは何もつけられず、ただ音符だけが出たり消えたりしていたのですが、その前衛芸術みたいな表現がなぜだか強く惹かれました。

緻密に作られながらもそこに人間的な感情や生命の息吹を何も感じないのがバッハの音楽とすると、ソラリスという神の能力を持った赤子のような巨大な知性の表現にこれほど適している音楽もないように思えます。
1972年だからブレジネフ体制下のソ連は、以前ほどではないにせよ宗教に対して寛容とは言えない国でした。バッハの宗教曲を使うことに反発する政治家もいたことでしょうが、タルコフスキーは臆することなくバッハを前面に出してきます。後にソビエトから西側に亡命するタルコフスキーですが、芸術のために権力に屈しない、妥協しない姿勢がバッハの曲からなんとなく感じられます。
(ただしタルコフスキーに限らず、ソ連のSF映画全般の、大衆受けをまるきし狙っていないような作風は、利益追求を求めない社会主義の国だから育まれた一面もあるかもしれませんが。)


-----------
バッハの《主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる》の具体的な使用シーンを書いてみます
・オープニングタイトルバックでテーマ曲として
・クリスがハリーと父の撮ったフィルムを見る場面。少年時代のクリスや、彼の母が写っている
・宇宙ステーション内のレトロな雰囲気の応接室のようなところでクリスとハリーが空中浮遊するシーン(途中で父の撮った映像のインサートがある)
・ラスト、帰郷した?クリスのシーン。

全般的にバッハの調べは、ソラリスの海あるいは地球の水辺とともに、かつ主人公クリスの想い出とリンクするところで流れます。
俯瞰でとらえたスローモーションのように波打つソラリスの海面、ゆらゆらした水草、無重力の中ふわりと宙を漂うクリスとハリー…そうした緩慢な時間の流れを感じさせる場面で厳かにバッハの宗教曲がかかり、そうした映像がどこか宗教的儀式のような神秘さを伴ってきます。
水とノスタルジー、タルコフスキーを特徴づけるシーンに使われることで、彼がどれほどバッハの音楽を愛していたかをうかがえます。

タルコフスキーが亡命先のフランス・パリで亡くなった際、葬儀においてやはりソ連から亡命していたロストロポーヴィチがバッハの無伴奏チェロを捧げた(Wikipediaより)とのことです。
バッハの音楽がふさわしい生き方の人だったのだと思います。


バッハの《主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる》はヘルムート・ヴァルヒャのオルガンによる名曲集を持ってまして、ソラリスの電子音演奏はSF映画にはその方がいいですが、やはり音楽単品で聞くなら教会でのオルガン演奏で聞くのが良いですよね。

----------
さらに蛇足ですがタルコフスキーついでに、タルコフスキーがらみの現代音楽をご紹介

【武満徹「ノスタルジア-アンドレイ・タルコフスキーの追憶に-」】

 タルコフスキーがソ連出国後の1983年にイタリアで撮った『ノスタルジア』をイメージしているようなタイトルですが、ある特定の作品ではなく、タルコフスキーその人への想いを綴ったような曲でしょう。
 音楽的には、いつもの武満徹音楽で、篠田正浩とか小林正樹とか黒澤明の追憶にというタイトルでもかまわない気がしますが、もちろんだったら『怪談』や『乱』の音楽でいいわけです。これはかなわなかったタルコフスキーと武満のコラボがもし実現していたら、きっとこんな曲と思って聞くと感慨ぶかいものがあります。
またこのどこか不気味ながらも美しい、例によって幽玄な雰囲気の曲には、故国を思いながら異郷の地で映画を作り続けた巨匠のことや、『ノスタルジア』クライマックスの温泉?プール?の中をろうそく持って行ったり来たりするシーンを思って聞くのが正しいでしょう。
私が持っているのはパーヴォ・ヤルヴィ指揮、N響でバイオリンソロが諏訪内晶子さん(ラブ)で、諏訪内さんのバイオリンのおどろおどろしいずっしりした演奏が素晴らしく、けっこうヘビロテ版です

【坂本龍一 アルバム「async」】
架空のタルコフスキー映画のサントラという、なんだかよくわからないコンセプトのアルバムです
「Solari」なんてタイトルの曲もあったりします。全然バッハっぽくなくて、どれもいつもの坂本龍一っぽい曲ですが
感情のない感じが、ソラリスやストーカーの劇伴ぽくも聞こえ、きっとあわせてみたらハマるんだろうと思います。


そんなところで、また素晴らしい映画と、素晴らしいクラシック音楽でお会いしましょう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 映像作品とクラシック音楽 ... | トップ | 映像作品とクラシック音楽 ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

映像作品とクラシック音楽」カテゴリの最新記事