こんにちは。駿台シンガポール校です。
本日は「国立国会図書館デジタルコレクション」(国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp))を用い、100年以上前の英語の教科書をご紹介したいと思います。
今回取り上げる教科書は明治29年(1896)に刊行された『新編英語会話教科書』(イーストレーキ、熊本謙二郎編)です。
本書は最初に例文とその訳を挙げ、次にその例文の単語を変えて和訳の練習をした後、最後に英訳するという構成となっており、毎章新しい文型でそれを繰り返していくというものです。
各章には注意すべきポイントなどが書かれており、学習者はそれに従いながらひたすら反復練習を繰り返します。文型と新出単語を同時に覚えていくというある意味合理的な学習法ですが、私が本書を見て特に興味深かったのが英文の理解法です。
次の例を見てください。
(例)
What is this ?
何物 ナリヤ 之レハ
二 三 一
It is salt.
其レハ ナリ 塩
一 三 二
みなさん色々気付いたことがあると思いますが、大きな特徴としては、一語一語を対訳し、その下に数字を振っていることだと思います。日本語に置き換える順番に数字を振るなんて今ではあまり用いられない方法ですよね。しかし、これは日本人としてはごく一般的な方法だったと思います。なぜだかわかりますか?
そうです。これは漢文を訓読するのと同じ方法なのです。
かつて日本は固有の文字をもっていなかったことは皆さんも知っていることでしょうが、4世紀末頃、百済から王(わ)仁(に)博士(はかせ)が「千字文」「論語」を日本に伝えたことが記紀に記載されており、そこから日本人の文字との格闘が始まりました。漢字を日本語に充てていく中、奈良時代には漢字の音を日本語の音に充てる万葉仮名を作り出し、平安時代にはその漢字自体を崩していくことで平仮名・片仮名を生み出しました。一方で論語や仏教経典を原文のまま理解しようと試みる中で、訓点、いわゆるレ点、一二点などを開発していきました。つまり、漢文における訓点は日本人が外国語を理解するために開発した唯一無二の方法なのです。そういう意味で上記の例のように番号を振るのは、日本人としてはごく一般的な方法なのです。つまりそれは漢文訓読ならぬ「英文訓読」なのです。
日本語は未だそのルーツが分かっておらず、中国語のシナ・チベット語族や英語のインド・ヨーロッパ語族とも大きく異なります。同系統の語族がないということは、どの言語とも共通点が少ないということで、したがって、それだけ外国語習得は難しくなるということです。
多くの日本人にとって英語習得が難しいのは、学習法や環境も勿論ありますが、それに加えそもそも難しいという点もあるでしょう。今のように自由に国内外の行き来ができ、様々な外国語学習ツールが揃っている現代ですらこの状況です。かつての日本人は相当苦労したことは想像に難くありません。その悪戦苦闘のなかで生み出されたのが訓点であり、その方法を以降の外国語習得にも転用したわけです。
いかがでしょうか。
現在、英語は必修科目となっていますが、古人は外国から進んだ技術や様々な考えを取り入れるために外国語を学びました。そのとてつもない努力の一端がこういった英文訓読やテキストの中に見えてきませんか?そして、みなさんが今見ているテキストもその流れの先端にあるのです。
みなさんも英語学習をただの教科のひとつとして捉えるのではなく、つまり習得のみを目標とするのではなく、古人のようにそれを使って何をしたいのかを考えてみてはいかがでしょうか。
シンガポール校M.K