文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

同じことはマレーシアやインドネシアでも起こっており、軒並み反中政権が誕生している。

2018年11月06日 22時48分21秒 | 日記

以下は月刊誌HANADA今月号に「中国は間違いなく政権崩壊する」と題して掲載された、E・ルトワック戦略国際問題研究所上級顧問

取材・構成奥山真司、の続きである。

見出し以外の文中強調は私。

「熊」に対抗する「ネズミ」

アメリカの対中政策は、典型的な「アングロ・サクソン」式のものである。

それは最初にナポレオンに対して使われたものだ。

当時、イギリスの人口一千万人に対して、フランスは三千万人。

フランスにはヨーロッパ中のあらゆる若者たちが集まっており、人口は五千万人程度とも言われていた。

人口比でみれば、イギリスはフランスに対して五分の一の数的劣勢と言える。

現在の中国に対するアメリカの数よりも劣勢だ。

そこでイギリスは何をしたか。二つのやり方があった。

一つは「大陸式」。

若者を入隊させて鍛え上げ、強力な陸軍を作り上げて大戦争を行うというものだ。

しかしイギリスはこれをせず、もう一つの手法を用いた。

誰でもいいからフランスに対抗する勢力を集める、というものだ。

重要なのは、国の大小ではなく、「誰でも」という部分だ。

ワーテルローの戦いを見ればわかるように、双方の戦力を比べてみると、ナポレオン側の七万人超に対して、イギリス側は二万人弱。その他の小国が補完してようやく対抗できる状態であった。

ドイツやポルトガル、スペインなどの小規模な部隊があり、ナッサウ(十九世紀のドイツに存在し、ナッサウ家が統治していた領邦国家)などは兵を三千しか出していない。

この状態はNATO(北大西洋条約機構)の時と同じで、ソ連という「熊」に「ネコや犬」で対抗するやり方だ。

そこに、言葉は悪いが「ネズミ」や「ダニ」も加わる。

NATOの場合、ルクセンブルクなどは一大隊の五百人しか兵士がいない。

デンマークには最高の兵士がいたにもかかわらず、核兵器を禁正していたために、目の前のバルト海への入り囗に核兵器を搭載していた米海軍の艦船を通過させなかった。

イタリアには二五%の得票数を持つ左翼民主党があり、しかもイタリア人はそもそも戦う気がない。

軍事同盟としての信頼性がないのだ。

フランスはドゴール政権時代にNATOから脱退している。

イギリスも冷戦初期は植民地紛争から抜け出せなかったために、同盟への貢献は遅れていた。

さらにギリシヤとトルコという「犬」たちは、同じ同盟に属しながら互いに喘み合う酷い状態にあった。

これが冷戦時代のアメリカの戦略だ。

つまり、ソ連に対抗する勢力は国の大小に限らず、「誰でも」集める。この戦略は外交が90%で、軍事は10%にすぎない。

自閉症的な共産党政権

ナポレオンに対抗したイギリスに話を戻そう。

なぜあの時、イギリスの外交が成功したのかといえば、みんながナポレオンを恐れたからだ。

ここにカギがある。

NATOの戦略が成功したのも、みんながソ連を恐れたからだ。

現在はみんなが中国を恐れている。

中国は国境問題でインドと連日対立しており、日本は尖閣諸島で国境問題を強く感じている。

戦略のルールから考えれば、中国がこれらの問題を解決できる方法が見えてくる。

それは、あらゆる国に対して友好的に振る舞い、自国の規模の大きさに気づかせないことだ。

実際に北京政府はこれを実行した過去がある。

二〇〇〇年代初頭に提唱した「平和的台頭」がそれだ。

「俺たちは国際法や規範を変えないし、誰も脅すつもりはない、台湾だって侵攻しない」というものだ。

ところが、リーマン・ショックが起きると北京政府は勘違いした。「これでアメリカは終わった」と判断したのだ。

そこで北京政府は仮面を剥ぎ取った。

二〇〇九年頃からインドや日本、ベトナム、フィリピン、九段線からインドネシアまで巻き込んで、本格的に領土紛争を再開したのだ。 

これは当然ながら大失敗だった。

ここで覚えておかなければならないのは、当時、日本では民主党政権が誕生しており、米中の間でほぼ中立的な方向へ傾きつつあったという点だ。これはきわめて重要である。

なぜなら、日本を刺激さえしなければ、日本は中国にとって邪魔になることをしなかったはずだからだ。 

この時の北京政府の行動は、まさに私が「大国の自閉症」と呼ぶものだ。

親中派の小沢一郎が北京詣でをしていたタイミングで日本を攻撃するということは、北京には正しい情報が入っていなかったことを意味する。

当時のインドのシン首相も、「わたしは国境付近の岩など問題にしない」という経済発展を重視するだけの人物だったわけだが、北京政府はこのような人物を足蹴にして、アルナチャル・プラデシュ地区で国境紛争を起こしている。

モデイ首相になってから、ジャンムー・カシミール州東部のラダックに八百名の中国兵が侵入した時も同じことが起こっている。

ここからわかることは、われわれは「自閉症的な敵」と対峙しているということだ。

そして、先述した対ナポレオン戦略は、自閉症的な敵に最適な戦略なのだ。

中国がどれほど自閉症的かは、数年のうちに「オザワ日本」を「アベ日本」にしてしまったことからもわかる。

同じことはマレーシアやインドネシアでも起こっており、軒並み反中政権が誕生している。

この稿続く。


そして、先述した対ナポレオン戦略は、自閉症的な敵に最適な戦略なのだ。

2018年11月06日 22時47分14秒 | 日記

以下は月刊誌HANADA今月号に「中国は間違いなく政権崩壊する」と題して掲載された、E・ルトワック戦略国際問題研究所上級顧問

取材・構成奥山真司、の続きである。

見出し以外の文中強調は私。

「熊」に対抗する「ネズミ」

アメリカの対中政策は、典型的な「アングロ・サクソン」式のものである。

それは最初にナポレオンに対して使われたものだ。

当時、イギリスの人口一千万人に対して、フランスは三千万人。

フランスにはヨーロッパ中のあらゆる若者たちが集まっており、人口は五千万人程度とも言われていた。

人口比でみれば、イギリスはフランスに対して五分の一の数的劣勢と言える。

現在の中国に対するアメリカの数よりも劣勢だ。

そこでイギリスは何をしたか。二つのやり方があった。

一つは「大陸式」。

若者を入隊させて鍛え上げ、強力な陸軍を作り上げて大戦争を行うというものだ。

しかしイギリスはこれをせず、もう一つの手法を用いた。

誰でもいいからフランスに対抗する勢力を集める、というものだ。

重要なのは、国の大小ではなく、「誰でも」という部分だ。

ワーテルローの戦いを見ればわかるように、双方の戦力を比べてみると、ナポレオン側の七万人超に対して、イギリス側は二万人弱。その他の小国が補完してようやく対抗できる状態であった。

ドイツやポルトガル、スペインなどの小規模な部隊があり、ナッサウ(十九世紀のドイツに存在し、ナッサウ家が統治していた領邦国家)などは兵を三千しか出していない。

この状態はNATO(北大西洋条約機構)の時と同じで、ソ連という「熊」に「ネコや犬」で対抗するやり方だ。

そこに、言葉は悪いが「ネズミ」や「ダニ」も加わる。

NATOの場合、ルクセンブルクなどは一大隊の五百人しか兵士がいない。

デンマークには最高の兵士がいたにもかかわらず、核兵器を禁正していたために、目の前のバルト海への入り囗に核兵器を搭載していた米海軍の艦船を通過させなかった。

イタリアには二五%の得票数を持つ左翼民主党があり、しかもイタリア人はそもそも戦う気がない。

軍事同盟としての信頼性がないのだ。

フランスはドゴール政権時代にNATOから脱退している。

イギリスも冷戦初期は植民地紛争から抜け出せなかったために、同盟への貢献は遅れていた。

さらにギリシヤとトルコという「犬」たちは、同じ同盟に属しながら互いに喘み合う酷い状態にあった。

これが冷戦時代のアメリカの戦略だ。

つまり、ソ連に対抗する勢力は国の大小に限らず、「誰でも」集める。この戦略は外交が90%で、軍事は10%にすぎない。

自閉症的な共産党政権

ナポレオンに対抗したイギリスに話を戻そう。

なぜあの時、イギリスの外交が成功したのかといえば、みんながナポレオンを恐れたからだ。

ここにカギがある。

NATOの戦略が成功したのも、みんながソ連を恐れたからだ。

現在はみんなが中国を恐れている。

中国は国境問題でインドと連日対立しており、日本は尖閣諸島で国境問題を強く感じている。

戦略のルールから考えれば、中国がこれらの問題を解決できる方法が見えてくる。

それは、あらゆる国に対して友好的に振る舞い、自国の規模の大きさに気づかせないことだ。

実際に北京政府はこれを実行した過去がある。

二〇〇〇年代初頭に提唱した「平和的台頭」がそれだ。

「俺たちは国際法や規範を変えないし、誰も脅すつもりはない、台湾だって侵攻しない」というものだ。

ところが、リーマン・ショックが起きると北京政府は勘違いした。「これでアメリカは終わった」と判断したのだ。

そこで北京政府は仮面を剥ぎ取った。

二〇〇九年頃からインドや日本、ベトナム、フィリピン、九段線からインドネシアまで巻き込んで、本格的に領土紛争を再開したのだ。 

これは当然ながら大失敗だった。

ここで覚えておかなければならないのは、当時、日本では民主党政権が誕生しており、米中の間でほぼ中立的な方向へ傾きつつあったという点だ。これはきわめて重要である。

なぜなら、日本を刺激さえしなければ、日本は中国にとって邪魔になることをしなかったはずだからだ。 

この時の北京政府の行動は、まさに私が「大国の自閉症」と呼ぶものだ。

親中派の小沢一郎が北京詣でをしていたタイミングで日本を攻撃するということは、北京には正しい情報が入っていなかったことを意味する。

当時のインドのシン首相も、「わたしは国境付近の岩など問題にしない」という経済発展を重視するだけの人物だったわけだが、北京政府はこのような人物を足蹴にして、アルナチャル・プラデシュ地区で国境紛争を起こしている。

モデイ首相になってから、ジャンムー・カシミール州東部のラダックに八百名の中国兵が侵入した時も同じことが起こっている。

ここからわかることは、われわれは「自閉症的な敵」と対峙しているということだ。

そして、先述した対ナポレオン戦略は、自閉症的な敵に最適な戦略なのだ。

中国がどれほど自閉症的かは、数年のうちに「オザワ日本」を「アベ日本」にしてしまったことからもわかる。

同じことはマレーシアやインドネシアでも起こっており、軒並み反中政権が誕生している。

この稿続く。


ところが、リーマン・ショックが起きると北京政府は勘違いした。「これでアメリカは終わった」と判断したのだ。そこで北京政府は仮面を剥ぎ取った。

2018年11月06日 22時45分37秒 | 日記

以下は月刊誌HANADA今月号に「中国は間違いなく政権崩壊する」と題して掲載された、E・ルトワック戦略国際問題研究所上級顧問

取材・構成奥山真司、の続きである。

見出し以外の文中強調は私。

「熊」に対抗する「ネズミ」

アメリカの対中政策は、典型的な「アングロ・サクソン」式のものである。

それは最初にナポレオンに対して使われたものだ。

当時、イギリスの人口一千万人に対して、フランスは三千万人。

フランスにはヨーロッパ中のあらゆる若者たちが集まっており、人口は五千万人程度とも言われていた。

人口比でみれば、イギリスはフランスに対して五分の一の数的劣勢と言える。

現在の中国に対するアメリカの数よりも劣勢だ。

そこでイギリスは何をしたか。二つのやり方があった。

一つは「大陸式」。

若者を入隊させて鍛え上げ、強力な陸軍を作り上げて大戦争を行うというものだ。

しかしイギリスはこれをせず、もう一つの手法を用いた。

誰でもいいからフランスに対抗する勢力を集める、というものだ。

重要なのは、国の大小ではなく、「誰でも」という部分だ。

ワーテルローの戦いを見ればわかるように、双方の戦力を比べてみると、ナポレオン側の七万人超に対して、イギリス側は二万人弱。その他の小国が補完してようやく対抗できる状態であった。

ドイツやポルトガル、スペインなどの小規模な部隊があり、ナッサウ(十九世紀のドイツに存在し、ナッサウ家が統治していた領邦国家)などは兵を三千しか出していない。

この状態はNATO(北大西洋条約機構)の時と同じで、ソ連という「熊」に「ネコや犬」で対抗するやり方だ。

そこに、言葉は悪いが「ネズミ」や「ダニ」も加わる。

NATOの場合、ルクセンブルクなどは一大隊の五百人しか兵士がいない。

デンマークには最高の兵士がいたにもかかわらず、核兵器を禁正していたために、目の前のバルト海への入り囗に核兵器を搭載していた米海軍の艦船を通過させなかった。

イタリアには二五%の得票数を持つ左翼民主党があり、しかもイタリア人はそもそも戦う気がない。

軍事同盟としての信頼性がないのだ。

フランスはドゴール政権時代にNATOから脱退している。

イギリスも冷戦初期は植民地紛争から抜け出せなかったために、同盟への貢献は遅れていた。

さらにギリシヤとトルコという「犬」たちは、同じ同盟に属しながら互いに喘み合う酷い状態にあった。

これが冷戦時代のアメリカの戦略だ。

つまり、ソ連に対抗する勢力は国の大小に限らず、「誰でも」集める。この戦略は外交が90%で、軍事は10%にすぎない。

自閉症的な共産党政権

ナポレオンに対抗したイギリスに話を戻そう。

なぜあの時、イギリスの外交が成功したのかといえば、みんながナポレオンを恐れたからだ。

ここにカギがある。

NATOの戦略が成功したのも、みんながソ連を恐れたからだ。

現在はみんなが中国を恐れている。

中国は国境問題でインドと連日対立しており、日本は尖閣諸島で国境問題を強く感じている。

戦略のルールから考えれば、中国がこれらの問題を解決できる方法が見えてくる。

それは、あらゆる国に対して友好的に振る舞い、自国の規模の大きさに気づかせないことだ。

実際に北京政府はこれを実行した過去がある。

二〇〇〇年代初頭に提唱した「平和的台頭」がそれだ。

「俺たちは国際法や規範を変えないし、誰も脅すつもりはない、台湾だって侵攻しない」というものだ。

ところが、リーマン・ショックが起きると北京政府は勘違いした。「これでアメリカは終わった」と判断したのだ。

そこで北京政府は仮面を剥ぎ取った。

二〇〇九年頃からインドや日本、ベトナム、フィリピン、九段線からインドネシアまで巻き込んで、本格的に領土紛争を再開したのだ。 

これは当然ながら大失敗だった。

ここで覚えておかなければならないのは、当時、日本では民主党政権が誕生しており、米中の間でほぼ中立的な方向へ傾きつつあったという点だ。これはきわめて重要である。

なぜなら、日本を刺激さえしなければ、日本は中国にとって邪魔になることをしなかったはずだからだ。 

この時の北京政府の行動は、まさに私が「大国の自閉症」と呼ぶものだ。

親中派の小沢一郎が北京詣でをしていたタイミングで日本を攻撃するということは、北京には正しい情報が入っていなかったことを意味する。

当時のインドのシン首相も、「わたしは国境付近の岩など問題にしない」という経済発展を重視するだけの人物だったわけだが、北京政府はこのような人物を足蹴にして、アルナチャル・プラデシュ地区で国境紛争を起こしている。

モデイ首相になってから、ジャンムー・カシミール州東部のラダックに八百名の中国兵が侵入した時も同じことが起こっている。

ここからわかることは、われわれは「自閉症的な敵」と対峙しているということだ。

そして、先述した対ナポレオン戦略は、自閉症的な敵に最適な戦略なのだ。

中国がどれほど自閉症的かは、数年のうちに「オザワ日本」を「アベ日本」にしてしまったことからもわかる。

同じことはマレーシアやインドネシアでも起こっており、軒並み反中政権が誕生している。

この稿続く。


執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

2018年11月06日 22時39分16秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

2018年11月06日 22時37分53秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

2018年11月06日 22時36分42秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」

2018年11月06日 22時35分39秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

2018年11月06日 22時34分10秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

2018年11月06日 22時32分54秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」小室ファンになったのは学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。

進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。

「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

2018年11月06日 22時31分35秒 | 日記

以下は日曜日の産経新聞読書欄からである。

「評伝 小室直樹」上・下 村上篤直さん

「命の恩人」を慕って

多くの後進を育てた自主ゼミで知られ、破天荒な言動で鮮烈な印象を残した知識人・小室直樹が死去して8年。

小室を「命の恩人」と慕う1972年生まれの著者が、愛にあふれた1500ページ超の大著を書き上げた。

「こんなに面白く、一生懸命に生きた学者がいたことを知ってほしい」 

小室ファンになったのは 学者を目指した気持ちが萎えたことがきっかけだった。

東大入学後、理論的な空手の流派に魅せられて鍛錬を重ねた。

政治学者を志し、空手の理論を手本に学問の体系化を目指す、流派の関連研究会にも参加。

だがある時、組織の雰囲気についていけなくなった。

進学した大学院も辞め、死ぬしかないと思い詰めた。

「信じるに足る学者を見つけてから死のう」。

社会科学系の本を読みあさり、小室の『田中角栄の呪い』に出会った。

漫画のように分かりやすいのに、論理性が極めて高い。

「他のどの本も理論的な背景があり、数学の公式を使って社会を読み解くような面白さがある」。

そこで、司法勉強の傍ら小室の文献を集め、ウェブで情報を公開。

ただ、「会うのは学びを深めてから」と思っているうち、小室が死去してしまった。

依頼を受けて取材を始めたが、実像が少しずつ明らかになる過程が面白くて仕方なかった。

弁護士業務の傍ら、聞き込みなども重ね、4年間で100人以上に取材。

意図せず情報が寄せられるような、不思議な偶然が何度もあった。

そうして学問や生活、恋など、魅力あふれる人間性を立体的に描き、著者をして「知らなかったことばかり」と言わしめる評伝ができあがった。

執筆を通じ、純真な人間性だけでなく、学問の全体像も何となく見えてきたという。「先生のように考えるための、私自身の小室直樹研究が再び始まった」

(ミネルヴァ書房、各2400円) 


予定調和や予めの均衡点が世界政治にあることを誰も信じなくなり、現実もそうなる。リベラリストの政治学はファンタジーと化すだろう。

2018年11月06日 22時25分17秒 | 日記

以下は前章の続きである。

「主体思想」は願望にすぎない

北朝鮮の「主体思想」というのがこれである。

韓国や北朝鮮では、普段から「男らしく」(ナムジヤタプケ)「女らしく」(ヨジヤタプケ)と、同じく〈タプケ〉を使って、「国の主人らしく」(ナラエチュインタプケ)と言ったりする。

なぜかというと願望であり、国の主人になかなかなれないからである。

モンゴルには39度線で国を分割されて操縦され、国民を拉致奴隷にする満洲族を「攻めてもいいですか」と明にお伺いを立て、蛮族と侮蔑していた満洲族がシナの主、清になると今度は屈従し、国庫が空になると日本に統治を丸投げした。

ソ連軍に解放され傀儡国家になったが、中国派やソ連派を粛清して、金日成が「人間は自己の運命の主人だ一と、高らかに歌い上げたのが「主体思想」である。

やっと国の主人になった。

だからこの「主人」を「主人公と訳すのは誤訳である。

ファンタジーだというのは、そう歌った人、朝鮮戦争のとき満洲の通化まで逃げている。主人の責任放棄であろう。

ちなみにコリアの王は外冦にはみんな逃げた。「行き止まりの廊下」の地形なので、絶対に守れないからである。 

李朝の仁祖など、逃亡用の王宮のある江華島を満洲軍に囲まれて「泥人形のように」固まったと記録に書かれた。 

主体思想は今もファンタジーである。

金正恩委員長は終戦協定と核放棄のトランプ米大統領の2丁拳銃と習近平中国国家主席の睨みで身動きが取れなくなり、なかなか「国の主人」になれない。

9月の南北首脳会談では、南の主体思想派の文在寅大統領と聖地、白頭山に登り、2人で「統一朝鮮の主人」気分を満喫した。ファンタジーなので、2人とも恍惚とした。

空疎なリベラリストの政治学

このようなときに、朝鮮民族の取る「因果ストーリー」は遷延策である。

相手が諦めるまで、あるいは事態が変わるまで、解決を延々と引き延ばすのである。

南の主体思想派政権は、統一を前倒ししようと、国内の専制色を強めている。

日本人は注意しよう。

彼らが勝利すれば、核持ちで平和協定が結ばれ、北と南が敵同士でなくなるから在韓米軍は去る。

そうなると、日米安保ラインは対馬まで南下するのである。

社会科学とはすばらしい学問ではないか。

こんなことまで分かってしまうのである。

そして結果は、いつも殺伐とした冷酷な現実を反映したものになる。

学者のみならず、社会科学の方法を体得したジャーナリストや官僚や政治家が今世界中で活躍している。

彼らの成果は「因果ストーリー」として民族に組み込まれ、民族は進歩し、どんどん賢くなる。

逆に気高いものや厳かなものを求める人文系は金がかかりすぎるので先細っていくことだろう。もう地球上から高貴なものや厳かなものは生まれなくなる。

予定調和や予めの均衡点が世界政治にあることを誰も信じなくなり、現実もそうなる。

リベラリストの政治学はファンタジーと化すだろう。       

(ふるた ひろし)


逆に気高いものや厳かなものを求める人文系は金がかかりすぎるので先細っていくことだろう。もう地球上から高貴なものや厳かなものは生まれなくなる。

2018年11月06日 22時24分20秒 | 日記

以下は前章の続きである。

「主体思想」は願望にすぎない

北朝鮮の「主体思想」というのがこれである。

韓国や北朝鮮では、普段から「男らしく」(ナムジヤタプケ)「女らしく」(ヨジヤタプケ)と、同じく〈タプケ〉を使って、「国の主人らしく」(ナラエチュインタプケ)と言ったりする。

なぜかというと願望であり、国の主人になかなかなれないからである。

モンゴルには39度線で国を分割されて操縦され、国民を拉致奴隷にする満洲族を「攻めてもいいですか」と明にお伺いを立て、蛮族と侮蔑していた満洲族がシナの主、清になると今度は屈従し、国庫が空になると日本に統治を丸投げした。

ソ連軍に解放され傀儡国家になったが、中国派やソ連派を粛清して、金日成が「人間は自己の運命の主人だ一と、高らかに歌い上げたのが「主体思想」である。

やっと国の主人になった。

だからこの「主人」を「主人公と訳すのは誤訳である。

ファンタジーだというのは、そう歌った人、朝鮮戦争のとき満洲の通化まで逃げている。主人の責任放棄であろう。

ちなみにコリアの王は外冦にはみんな逃げた。「行き止まりの廊下」の地形なので、絶対に守れないからである。 

李朝の仁祖など、逃亡用の王宮のある江華島を満洲軍に囲まれて「泥人形のように」固まったと記録に書かれた。 

主体思想は今もファンタジーである。

金正恩委員長は終戦協定と核放棄のトランプ米大統領の2丁拳銃と習近平中国国家主席の睨みで身動きが取れなくなり、なかなか「国の主人」になれない。

9月の南北首脳会談では、南の主体思想派の文在寅大統領と聖地、白頭山に登り、2人で「統一朝鮮の主人」気分を満喫した。ファンタジーなので、2人とも恍惚とした。

空疎なリベラリストの政治学

このようなときに、朝鮮民族の取る「因果ストーリー」は遷延策である。

相手が諦めるまで、あるいは事態が変わるまで、解決を延々と引き延ばすのである。

南の主体思想派政権は、統一を前倒ししようと、国内の専制色を強めている。

日本人は注意しよう。

彼らが勝利すれば、核持ちで平和協定が結ばれ、北と南が敵同士でなくなるから在韓米軍は去る。

そうなると、日米安保ラインは対馬まで南下するのである。

社会科学とはすばらしい学問ではないか。

こんなことまで分かってしまうのである。

そして結果は、いつも殺伐とした冷酷な現実を反映したものになる。

学者のみならず、社会科学の方法を体得したジャーナリストや官僚や政治家が今世界中で活躍している。

彼らの成果は「因果ストーリー」として民族に組み込まれ、民族は進歩し、どんどん賢くなる。

逆に気高いものや厳かなものを求める人文系は金がかかりすぎるので先細っていくことだろう。もう地球上から高貴なものや厳かなものは生まれなくなる。

予定調和や予めの均衡点が世界政治にあることを誰も信じなくなり、現実もそうなる。

リベラリストの政治学はファンタジーと化すだろう。       

(ふるた ひろし)


学者のみならず、社会科学の方法を体得したジャーナリストや官僚や政治家が今世界中で活躍している。

2018年11月06日 22時23分13秒 | 日記

以下は前章の続きである。

「主体思想」は願望にすぎない

北朝鮮の「主体思想」というのがこれである。

韓国や北朝鮮では、普段から「男らしく」(ナムジヤタプケ)「女らしく」(ヨジヤタプケ)と、同じく〈タプケ〉を使って、「国の主人らしく」(ナラエチュインタプケ)と言ったりする。

なぜかというと願望であり、国の主人になかなかなれないからである。

モンゴルには39度線で国を分割されて操縦され、国民を拉致奴隷にする満洲族を「攻めてもいいですか」と明にお伺いを立て、蛮族と侮蔑していた満洲族がシナの主、清になると今度は屈従し、国庫が空になると日本に統治を丸投げした。

ソ連軍に解放され傀儡国家になったが、中国派やソ連派を粛清して、金日成が「人間は自己の運命の主人だ一と、高らかに歌い上げたのが「主体思想」である。

やっと国の主人になった。

だからこの「主人」を「主人公と訳すのは誤訳である。

ファンタジーだというのは、そう歌った人、朝鮮戦争のとき満洲の通化まで逃げている。主人の責任放棄であろう。

ちなみにコリアの王は外冦にはみんな逃げた。「行き止まりの廊下」の地形なので、絶対に守れないからである。 

李朝の仁祖など、逃亡用の王宮のある江華島を満洲軍に囲まれて「泥人形のように」固まったと記録に書かれた。 

主体思想は今もファンタジーである。

金正恩委員長は終戦協定と核放棄のトランプ米大統領の2丁拳銃と習近平中国国家主席の睨みで身動きが取れなくなり、なかなか「国の主人」になれない。

9月の南北首脳会談では、南の主体思想派の文在寅大統領と聖地、白頭山に登り、2人で「統一朝鮮の主人」気分を満喫した。ファンタジーなので、2人とも恍惚とした。

空疎なリベラリストの政治学

このようなときに、朝鮮民族の取る「因果ストーリー」は遷延策である。

相手が諦めるまで、あるいは事態が変わるまで、解決を延々と引き延ばすのである。

南の主体思想派政権は、統一を前倒ししようと、国内の専制色を強めている。

日本人は注意しよう。

彼らが勝利すれば、核持ちで平和協定が結ばれ、北と南が敵同士でなくなるから在韓米軍は去る。

そうなると、日米安保ラインは対馬まで南下するのである。

社会科学とはすばらしい学問ではないか。

こんなことまで分かってしまうのである。

そして結果は、いつも殺伐とした冷酷な現実を反映したものになる。

学者のみならず、社会科学の方法を体得したジャーナリストや官僚や政治家が今世界中で活躍している。

彼らの成果は「因果ストーリー」として民族に組み込まれ、民族は進歩し、どんどん賢くなる。

逆に気高いものや厳かなものを求める人文系は金がかかりすぎるので先細っていくことだろう。

もう地球上から高貴なものや厳かなものは生まれなくなる。

予定調和や予めの均衡点が世界政治にあることを誰も信じなくなり、現実もそうなる。

リベラリストの政治学はファンタジーと化すだろう。       

(ふるた ひろし)


彼らが勝利すれば、核持ちで平和協定が結ばれ、北と南が敵同士でなくなるから在韓米軍は去る。そうなると、日米安保ラインは対馬まで南下するのである

2018年11月06日 22時22分07秒 | 日記

以下は前章の続きである。

「主体思想」は願望にすぎない

北朝鮮の「主体思想」というのがこれである。

韓国や北朝鮮では、普段から「男らしく」(ナムジヤタプケ)「女らしく」(ヨジヤタプケ)と、同じく〈タプケ〉を使って、「国の主人らしく」(ナラエチュインタプケ)と言ったりする。

なぜかというと願望であり、国の主人になかなかなれないからである。

モンゴルには39度線で国を分割されて操縦され、国民を拉致奴隷にする満洲族を「攻めてもいいですか」と明にお伺いを立て、蛮族と侮蔑していた満洲族がシナの主、清になると今度は屈従し、国庫が空になると日本に統治を丸投げした。

ソ連軍に解放され傀儡国家になったが、中国派やソ連派を粛清して、金日成が「人間は自己の運命の主人だ一と、高らかに歌い上げたのが「主体思想」である。

やっと国の主人になった。

だからこの「主人」を「主人公と訳すのは誤訳である。

ファンタジーだというのは、そう歌った人、朝鮮戦争のとき満洲の通化まで逃げている。主人の責任放棄であろう。

ちなみにコリアの王は外冦にはみんな逃げた。「行き止まりの廊下」の地形なので、絶対に守れないからである。 

李朝の仁祖など、逃亡用の王宮のある江華島を満洲軍に囲まれて「泥人形のように」固まったと記録に書かれた。 

主体思想は今もファンタジーである。

金正恩委員長は終戦協定と核放棄のトランプ米大統領の2丁拳銃と習近平中国国家主席の睨みで身動きが取れなくなり、なかなか「国の主人」になれない。

9月の南北首脳会談では、南の主体思想派の文在寅大統領と聖地、白頭山に登り、2人で「統一朝鮮の主人」気分を満喫した。ファンタジーなので、2人とも恍惚とした。

空疎なリベラリストの政治学

このようなときに、朝鮮民族の取る「因果ストーリー」は遷延策である。

相手が諦めるまで、あるいは事態が変わるまで、解決を延々と引き延ばすのである。

南の主体思想派政権は、統一を前倒ししようと、国内の専制色を強めている。

日本人は注意しよう。

彼らが勝利すれば、核持ちで平和協定が結ばれ、北と南が敵同士でなくなるから在韓米軍は去る。

そうなると、日米安保ラインは対馬まで南下するのである。

社会科学とはすばらしい学問ではないか。

こんなことまで分かってしまうのである。

そして結果は、いつも殺伐とした冷酷な現実を反映したものになる。

学者のみならず、社会科学の方法を体得したジャーナリストや官僚や政治家が今世界中で活躍している。

彼らの成果は「因果ストーリー」として民族に組み込まれ、民族は進歩し、どんどん賢くなる。

逆に気高いものや厳かなものを求める人文系は金がかかりすぎるので先細っていくことだろう。

もう地球上から高貴なものや厳かなものは生まれなくなる。

予定調和や予めの均衡点が世界政治にあることを誰も信じなくなり、現実もそうなる。

リベラリストの政治学はファンタジーと化すだろう。       

(ふるた ひろし)


相手が諦めるまで、あるいは事態が変わるまで、解決を延々と引き延ばすのである。

2018年11月06日 22時20分48秒 | 日記

以下は前章の続きである。

「主体思想」は願望にすぎない

北朝鮮の「主体思想」というのがこれである。

韓国や北朝鮮では、普段から「男らしく」(ナムジヤタプケ)「女らしく」(ヨジヤタプケ)と、同じく〈タプケ〉を使って、「国の主人らしく」(ナラエチュインタプケ)と言ったりする。

なぜかというと願望であり、国の主人になかなかなれないからである。

モンゴルには39度線で国を分割されて操縦され、国民を拉致奴隷にする満洲族を「攻めてもいいですか」と明にお伺いを立て、蛮族と侮蔑していた満洲族がシナの主、清になると今度は屈従し、国庫が空になると日本に統治を丸投げした。

ソ連軍に解放され傀儡国家になったが、中国派やソ連派を粛清して、金日成が「人間は自己の運命の主人だ一と、高らかに歌い上げたのが「主体思想」である。

やっと国の主人になった。

だからこの「主人」を「主人公と訳すのは誤訳である。

ファンタジーだというのは、そう歌った人、朝鮮戦争のとき満洲の通化まで逃げている。主人の責任放棄であろう。

ちなみにコリアの王は外冦にはみんな逃げた。「行き止まりの廊下」の地形なので、絶対に守れないからである。 

李朝の仁祖など、逃亡用の王宮のある江華島を満洲軍に囲まれて「泥人形のように」固まったと記録に書かれた。 

主体思想は今もファンタジーである。

金正恩委員長は終戦協定と核放棄のトランプ米大統領の2丁拳銃と習近平中国国家主席の睨みで身動きが取れなくなり、なかなか「国の主人」になれない。

9月の南北首脳会談では、南の主体思想派の文在寅大統領と聖地、白頭山に登り、2人で「統一朝鮮の主人」気分を満喫した。ファンタジーなので、2人とも恍惚とした。

空疎なリベラリストの政治学

このようなときに、朝鮮民族の取る「因果ストーリー」は遷延策である。

相手が諦めるまで、あるいは事態が変わるまで、解決を延々と引き延ばすのである。

南の主体思想派政権は、統一を前倒ししようと、国内の専制色を強めている。

日本人は注意しよう。

彼らが勝利すれば、核持ちで平和協定が結ばれ、北と南が敵同士でなくなるから在韓米軍は去る。

そうなると、日米安保ラインは対馬まで南下するのである。

社会科学とはすばらしい学問ではないか。

こんなことまで分かってしまうのである。

そして結果は、いつも殺伐とした冷酷な現実を反映したものになる。

学者のみならず、社会科学の方法を体得したジャーナリストや官僚や政治家が今世界中で活躍している。

彼らの成果は「因果ストーリー」として民族に組み込まれ、民族は進歩し、どんどん賢くなる。

逆に気高いものや厳かなものを求める人文系は金がかかりすぎるので先細っていくことだろう。

もう地球上から高貴なものや厳かなものは生まれなくなる。

予定調和や予めの均衡点が世界政治にあることを誰も信じなくなり、現実もそうなる。

リベラリストの政治学はファンタジーと化すだろう。       

(ふるた ひろし)