以下は月刊誌HANADA今月号に「中国は間違いなく政権崩壊する」と題して掲載された、E・ルトワック戦略国際問題研究所上級顧問
取材・構成奥山真司、の続きである。
見出し以外の文中強調は私。
「熊」に対抗する「ネズミ」
アメリカの対中政策は、典型的な「アングロ・サクソン」式のものである。
それは最初にナポレオンに対して使われたものだ。
当時、イギリスの人口一千万人に対して、フランスは三千万人。
フランスにはヨーロッパ中のあらゆる若者たちが集まっており、人口は五千万人程度とも言われていた。
人口比でみれば、イギリスはフランスに対して五分の一の数的劣勢と言える。
現在の中国に対するアメリカの数よりも劣勢だ。
そこでイギリスは何をしたか。二つのやり方があった。
一つは「大陸式」。
若者を入隊させて鍛え上げ、強力な陸軍を作り上げて大戦争を行うというものだ。
しかしイギリスはこれをせず、もう一つの手法を用いた。
誰でもいいからフランスに対抗する勢力を集める、というものだ。
重要なのは、国の大小ではなく、「誰でも」という部分だ。
ワーテルローの戦いを見ればわかるように、双方の戦力を比べてみると、ナポレオン側の七万人超に対して、イギリス側は二万人弱。その他の小国が補完してようやく対抗できる状態であった。
ドイツやポルトガル、スペインなどの小規模な部隊があり、ナッサウ(十九世紀のドイツに存在し、ナッサウ家が統治していた領邦国家)などは兵を三千しか出していない。
この状態はNATO(北大西洋条約機構)の時と同じで、ソ連という「熊」に「ネコや犬」で対抗するやり方だ。
そこに、言葉は悪いが「ネズミ」や「ダニ」も加わる。
NATOの場合、ルクセンブルクなどは一大隊の五百人しか兵士がいない。
デンマークには最高の兵士がいたにもかかわらず、核兵器を禁正していたために、目の前のバルト海への入り囗に核兵器を搭載していた米海軍の艦船を通過させなかった。
イタリアには二五%の得票数を持つ左翼民主党があり、しかもイタリア人はそもそも戦う気がない。
軍事同盟としての信頼性がないのだ。
フランスはドゴール政権時代にNATOから脱退している。
イギリスも冷戦初期は植民地紛争から抜け出せなかったために、同盟への貢献は遅れていた。
さらにギリシヤとトルコという「犬」たちは、同じ同盟に属しながら互いに喘み合う酷い状態にあった。
これが冷戦時代のアメリカの戦略だ。
つまり、ソ連に対抗する勢力は国の大小に限らず、「誰でも」集める。この戦略は外交が90%で、軍事は10%にすぎない。
自閉症的な共産党政権
ナポレオンに対抗したイギリスに話を戻そう。
なぜあの時、イギリスの外交が成功したのかといえば、みんながナポレオンを恐れたからだ。
ここにカギがある。
NATOの戦略が成功したのも、みんながソ連を恐れたからだ。
現在はみんなが中国を恐れている。
中国は国境問題でインドと連日対立しており、日本は尖閣諸島で国境問題を強く感じている。
戦略のルールから考えれば、中国がこれらの問題を解決できる方法が見えてくる。
それは、あらゆる国に対して友好的に振る舞い、自国の規模の大きさに気づかせないことだ。
実際に北京政府はこれを実行した過去がある。
二〇〇〇年代初頭に提唱した「平和的台頭」がそれだ。
「俺たちは国際法や規範を変えないし、誰も脅すつもりはない、台湾だって侵攻しない」というものだ。
ところが、リーマン・ショックが起きると北京政府は勘違いした。「これでアメリカは終わった」と判断したのだ。
そこで北京政府は仮面を剥ぎ取った。
二〇〇九年頃からインドや日本、ベトナム、フィリピン、九段線からインドネシアまで巻き込んで、本格的に領土紛争を再開したのだ。
これは当然ながら大失敗だった。
ここで覚えておかなければならないのは、当時、日本では民主党政権が誕生しており、米中の間でほぼ中立的な方向へ傾きつつあったという点だ。これはきわめて重要である。
なぜなら、日本を刺激さえしなければ、日本は中国にとって邪魔になることをしなかったはずだからだ。
この時の北京政府の行動は、まさに私が「大国の自閉症」と呼ぶものだ。
親中派の小沢一郎が北京詣でをしていたタイミングで日本を攻撃するということは、北京には正しい情報が入っていなかったことを意味する。
当時のインドのシン首相も、「わたしは国境付近の岩など問題にしない」という経済発展を重視するだけの人物だったわけだが、北京政府はこのような人物を足蹴にして、アルナチャル・プラデシュ地区で国境紛争を起こしている。
モデイ首相になってから、ジャンムー・カシミール州東部のラダックに八百名の中国兵が侵入した時も同じことが起こっている。
ここからわかることは、われわれは「自閉症的な敵」と対峙しているということだ。
そして、先述した対ナポレオン戦略は、自閉症的な敵に最適な戦略なのだ。
中国がどれほど自閉症的かは、数年のうちに「オザワ日本」を「アベ日本」にしてしまったことからもわかる。
同じことはマレーシアやインドネシアでも起こっており、軒並み反中政権が誕生している。
この稿続く。