以下は今日の産経新聞に「安倍首相訪中 中韓共闘にくさび」と題して掲載された、有数の中国通である矢板明夫氏の論文からである。
文中強調は私。
韓国の元徴用工をめぐる訴訟で、韓国の最高裁判所が日本企業に賠償を命じる確定判決を下した翌日の10月31日。
中国官製メディアはこのニュースをどう伝えたかを確認しようと同日付の共産党機関紙、人民日報の記事を丁寧に探したが、関連報道は一行も載っていなかった。
代わりに見つけたのは、3面に大きく掲載された福田康夫元首相が「日中協力の大切さ」を強調する長文の寄稿だった。
中国当局のやることはいつも分かりやすい。
安倍晋三首相の10月下旬の訪中を受けて、「中日関係新時代が始まった」とアピールする中国メディアが、得意の歴史問題での日本批判を封印し、日中友好ムードに切り替えたことがうかがえる。
韓国の徴用工問題とほぼ同じ構図で、中国国内にも第二次世界大戦中の「強制連行問題」がある。
元労働者や遺族で構成する複数の原告グループによる日本企業を相手取った損害賠償訴訟が、各地の裁判所で係争中だ。
2014年冬、河北省石家荘市で行われた原告グループの会合を取材した。
地元の裁判所近くにある火鍋料理店を借り切って、食事をしながら行われた集会は、元労働者と遺族ら計数十人に加えて、政府幹部、法曹関係者、官製メディアの新聞記者も大勢参加した。
民事訴訟にもかかわらず、中国当局が深く関与していることをうかがわせた。
さらに驚いたのは、集会が始まると、韓国からきたゲストが次々と登壇し、同国で行われていた徴用工裁判の経験を紹介し、日本政府・企業との戦い方などを指導し始めたことだ。
当時、日本と対決する姿勢を強めていた習近平政権は、韓国と連携して歴史問題で対日「共闘」を展開していた。
集会は、両国の「反日勢力」が一体化したことを強く印象付けた。
昨年5月に発足した韓国の文在寅政権は、さらに反日色を強め、日本たたきをするために国際法を無視する暴走を始めた。
しかし、一方の中国は米中貿易戦争の影響で、日本への接近を図るようになり、日本を刺激しないために歴史問題にあまり言及しなくなった。
今回の安倍晉三首相の訪中で、その傾向はさらに強くなった。
北京の人権活動家によれば、中国国内での強制連行に関する訴訟は既に“凍結”された。
韓国の徴用工裁判の判決後、中国の警察は抗議デモを警戒して、各地の原告団関係者の行動を制限し、監視し始めたという。
中国警察のやり方には人権侵害の疑いはあるものの、中国当局に歴史問題で韓国と連携をする気は今のところないようだ。
日本政府が韓国の不当性を周知させるために、国際司法裁判所(ICJ)へ提訴する方針を固めたことについても、中国は静観する姿勢を貫いた。
安倍首相が今回の訪中で、米中貿易戦争により経済が厳しい場面を迎えた中国を実質的に支援したことを「対中協力をしすぎた」「日米関係にマイナスだ」と批判する声は、保守陣営を中心に少なくない。
しかし、中国側との首脳会談で「邦人拘束」や「中国の人権問題」などに言及し、日本の主張をはっきりと伝えたことはこれまでの日中関係史上でも珍しく、高く評価すべきだと考える。
また、この時期の訪中で中韓共闘にくさびを打ち込み、歴史問題で暴走する文在寅政権を孤立させたことは日本にとって大きな外交の成果であり、国益につながったことは確かだ。
(外信部次長)