その日私は、午前中に日本を発った。杏子たちは、一足先に着いて、いろいろと打ち合わせをする、とのことだった。
私はその日、教会で、杏子がウェディングドレスを着て彼の隣に立つまで、彼女に会うことができなかった。早く彼女の姿を捜し出して、危険から守ってやらなければ、と思う反面、ひそかに私は、彼女に会うことを恐れていた。・・・いや、もしかしたらこれも、マリアが自分を操っているせいかもしれない。そんなことを思い巡らしながら、私は、教会の重い扉を押した。
中を歩いて行くと、牧師が1人、例のマリア像の前に立っていた。彼は、
「もう用意はできています。これから新郎新婦が入って来ますので、どうぞこちらの席にお座りください。」
と、私を、たくさんの空席の中から1つ、自分に一番近い席に座らせた。私は、硬い長いすに深く腰を下ろして、マリア像を見上げた。マリアは、決してお世辞にも優しいとは言えない微笑を浮かべていた。微笑というよりは、含み笑いと言った方が近いだろうか。・・・この女は、杏子に対して何を仕掛ける気なのだろうと、私は、思った。
背後から扉が開く重苦しい音がして、私はとっさに振り向いた。そこには、純白のウェディングドレスを着た杏子が、彼の腕に手を回して立っていた。何段にもなったマントのような薄い生地がヒダを寄せて、彼女のお腹の膨らみを隠すようにしていた。彼の腕に巻かれている彼女の手も、細い足首も、その、ドレスの生地にすっぽりと隠されていた。
顔を白いベールに包み、彼女は、ゆっくりと近づいて来た。彼女はうつむいたまま牧師の前で立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。まるで、何かに対して覚悟を決めたような顔だった。生か死か・・・、私は、そう感じた。それほどの覚悟だったのだ。彼女がマリアに打ち勝って、彼女と彼女の子は、初めてその生を受けられるのだ。ということは、負ければ即ち「死」、・・・そう、それのどちらかしか無いのだ。私は、今さらながらに、自分の考えが大げさであってくれるように、と祈った。
(つづく)
私はその日、教会で、杏子がウェディングドレスを着て彼の隣に立つまで、彼女に会うことができなかった。早く彼女の姿を捜し出して、危険から守ってやらなければ、と思う反面、ひそかに私は、彼女に会うことを恐れていた。・・・いや、もしかしたらこれも、マリアが自分を操っているせいかもしれない。そんなことを思い巡らしながら、私は、教会の重い扉を押した。
中を歩いて行くと、牧師が1人、例のマリア像の前に立っていた。彼は、
「もう用意はできています。これから新郎新婦が入って来ますので、どうぞこちらの席にお座りください。」
と、私を、たくさんの空席の中から1つ、自分に一番近い席に座らせた。私は、硬い長いすに深く腰を下ろして、マリア像を見上げた。マリアは、決してお世辞にも優しいとは言えない微笑を浮かべていた。微笑というよりは、含み笑いと言った方が近いだろうか。・・・この女は、杏子に対して何を仕掛ける気なのだろうと、私は、思った。
背後から扉が開く重苦しい音がして、私はとっさに振り向いた。そこには、純白のウェディングドレスを着た杏子が、彼の腕に手を回して立っていた。何段にもなったマントのような薄い生地がヒダを寄せて、彼女のお腹の膨らみを隠すようにしていた。彼の腕に巻かれている彼女の手も、細い足首も、その、ドレスの生地にすっぽりと隠されていた。
顔を白いベールに包み、彼女は、ゆっくりと近づいて来た。彼女はうつむいたまま牧師の前で立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。まるで、何かに対して覚悟を決めたような顔だった。生か死か・・・、私は、そう感じた。それほどの覚悟だったのだ。彼女がマリアに打ち勝って、彼女と彼女の子は、初めてその生を受けられるのだ。ということは、負ければ即ち「死」、・・・そう、それのどちらかしか無いのだ。私は、今さらながらに、自分の考えが大げさであってくれるように、と祈った。
(つづく)