「菅義偉首相 1日 東京五輪・パラリンピック 緊急事態宣言が発動される場合 無観客があり得ると明言している」とかで検索すると様々なデータが出て来る通りで、菅義偉首相は1日、東京五輪・パラリンピックについて、緊急事態宣言が発動される場合などは「無観客があり得ると明言している」と述べたようです。
変異種の感染拡大が想定外であるのなら、まあこれも間違いではないのかも知れません。
当ブログでは今年6月21日の記事、サブタイトル「 東京五輪の観客上限を1万とした判断は正しいのか」で書いた通りで、
「競技場などの定員の1/100程度ならと言う旨を書いたのですが、その理由は仮にそれもダメだったら諸外国のソーシャルディスタンス等の感染対策はそれよりも遥かに劣悪なはず、と言う事になるはずなので、定員の1/100程度の観客はまあ容認しても良いかとは思っています。
ですがそれはあくまで現時点での変異種の定量的、定性的な状況によるものであって、例えば仮にかなり感染力が極端に強いとかなどの変異種が出て来るリスクが確認されたならば、それはやはり無観客かそれに近い状態が好ましいのかと思っています。
しかし仮に「競技場などの定員の1/100程度の観客」までがダメだとなったら、東京五輪に限らず、世界における通常の都市機能そのものが存在価値が無くなると(個人的にですが)考えているのですが、どうでしょう。」
と言う事でまあ念には念を入れての無観客と言うのも悪くはないのですが、仮にそうすると通勤電車バスや各集客施設オフィスビルなど都市機能そのものを日本だけでなく世界で否定する結果になるのかどうか、と言う感じもします。
まあ現状での落とし所は「競技場などの定員の1/100程度の観客」と言う所かな、と考えていますが、変異種の感染リスク次第なのでしょうか。
変異種の感染拡大が想定外であるのなら、まあこれも間違いではないのかも知れません。
当ブログでは今年6月21日の記事、サブタイトル「 東京五輪の観客上限を1万とした判断は正しいのか」で書いた通りで、
「競技場などの定員の1/100程度ならと言う旨を書いたのですが、その理由は仮にそれもダメだったら諸外国のソーシャルディスタンス等の感染対策はそれよりも遥かに劣悪なはず、と言う事になるはずなので、定員の1/100程度の観客はまあ容認しても良いかとは思っています。
ですがそれはあくまで現時点での変異種の定量的、定性的な状況によるものであって、例えば仮にかなり感染力が極端に強いとかなどの変異種が出て来るリスクが確認されたならば、それはやはり無観客かそれに近い状態が好ましいのかと思っています。
しかし仮に「競技場などの定員の1/100程度の観客」までがダメだとなったら、東京五輪に限らず、世界における通常の都市機能そのものが存在価値が無くなると(個人的にですが)考えているのですが、どうでしょう。」
と言う事でまあ念には念を入れての無観客と言うのも悪くはないのですが、仮にそうすると通勤電車バスや各集客施設オフィスビルなど都市機能そのものを日本だけでなく世界で否定する結果になるのかどうか、と言う感じもします。
まあ現状での落とし所は「競技場などの定員の1/100程度の観客」と言う所かな、と考えていますが、変異種の感染リスク次第なのでしょうか。