拒絶の歴史(11)
冬には雪が積もった。
また学校に戻り、ラグビーの練習にも励んでいたが、そのような雪が消えない日には、近くの運動施設を借り身体を鍛えていく。重いダンベルを持ち上げ、脚力にも負荷をかけた。それでも充分な疲労だったが、その施設内のランニング・コースを仕上げのように何周も走った。
それから水着にきがえ、プールの中を何往復もした。トータル的に身体を鍛え、築き上げていくことを専門的に考えている先生がいて、その人の作り上げたプログラムを自分たちは行っていった。そのためか、それとも年齢的なものか疲労は深く蓄積されることもなかった。
しかし、科学的な練習を行っていきながらも、ぼくらの前にはライバルとするチームがいて、彼らを越えられないもどかしさも感じていた。彼らがどのような練習を行っているのかは分からなかったが、対戦したときのガッツの持ちようは実感として、手触りとしてぼくの記憶に残っていた。ぼくらには、甘いような部分がたぶんにあった。それを払拭することは可能なのだろうか? それを最近は考えることが多かった。
ノルマの距離を泳ぎ切り、プールサイドのベンチに座り乾いたタオルで身体を拭いていると、横から声をかけられた。
「あら、あなただったの?」
そこには、ぼくらの学校を卒業した河口さんという女性が立っていた。ぼくらは、流れ星を見るようなぐらいの可能性の低さがあふれる世界で、不思議と邂逅することが多かった。
「あ、こんにちわ。ここで泳ぐんですね」と、ぼくは彼女のスタイルの良さにいささか圧倒され、目を伏せながら話した。
「大学に近いし、練習もあるからね。それとスタイルも気になるし」と言ったが、彼女が自分の均衡のとれた身体を考えているようにも、逆にいたわっているようにも感じられなかった。ただ、そのままの彼女が美しかった。「あなたも、わたしの大学に来なさい」
そこは、ぼくが家から通える中では、いちばん優秀なところであった。都会にでることを余り考えない自分にとっては選択肢のひとつであるが、彼女の口からそう宣告されると、それがもう決まっていることのように思えてきた。
ぼくらは、その後いくつかのやりとりをし彼女はプールの中へ、ぼくはロッカーに向かった。頭を乾かし服を着ている間も彼女のことを考えている自分がいることに気付く。だが、寒い外に出ると、いつの間にかそのことを忘れている自分もまたいた。
ぼくは、その日は裕紀と会うことになっていた。いくらか自分の身体が消毒くさいことが気になった。待ち合わせの場所につくと、彼女はマフラーを首に巻き、いくらか寒さのためか頬を赤くして小走りに向かってきた。ぼくは、彼女の細めの首が好きだった。マフラーの下にそれが隠されていることを想像した。
「そのマフラー似合っているね」
と、ぼくは言った。いつも見慣れているのはいかつい首の持ち主である部活仲間だからなのだろうか、その細い首を憧れの気持ちをもって考えた。彼女はうれしそうにした。
ぼくらは手をつなぎ、いま考えれば小さな町の小さな商店が並んでいる通りを、それでも楽しい気持ちであるいた。河口という女性が手の届かないところにいるならば、裕紀は身近なところにいてくれた。そのことが、ぼくに安心感をもたせた。
彼女は、小物が並んでいる店に入った。いくつかのものに感嘆の声を発し、ぼくに同意をもとめたりした。そのひとつひとつがぼくの気持ちを暖かくしてくれた。
彼女はひとつのネックレスを見ていた。ぼくはそれを試しに着けてみるよう促した。彼女は、マフラーを取り除きそれを器用な様子でつけた。ぼくはそのシンプルな飾り物が、またシンプルな首のラインにきれいに映えているのを見て、バイト代が財布にあったのでそれを買ってあげた。そのことをしながらも、妹もねだっていたが何もしていない自分をいくらか恥ずかしくも感じていた。
冬には雪が積もった。
また学校に戻り、ラグビーの練習にも励んでいたが、そのような雪が消えない日には、近くの運動施設を借り身体を鍛えていく。重いダンベルを持ち上げ、脚力にも負荷をかけた。それでも充分な疲労だったが、その施設内のランニング・コースを仕上げのように何周も走った。
それから水着にきがえ、プールの中を何往復もした。トータル的に身体を鍛え、築き上げていくことを専門的に考えている先生がいて、その人の作り上げたプログラムを自分たちは行っていった。そのためか、それとも年齢的なものか疲労は深く蓄積されることもなかった。
しかし、科学的な練習を行っていきながらも、ぼくらの前にはライバルとするチームがいて、彼らを越えられないもどかしさも感じていた。彼らがどのような練習を行っているのかは分からなかったが、対戦したときのガッツの持ちようは実感として、手触りとしてぼくの記憶に残っていた。ぼくらには、甘いような部分がたぶんにあった。それを払拭することは可能なのだろうか? それを最近は考えることが多かった。
ノルマの距離を泳ぎ切り、プールサイドのベンチに座り乾いたタオルで身体を拭いていると、横から声をかけられた。
「あら、あなただったの?」
そこには、ぼくらの学校を卒業した河口さんという女性が立っていた。ぼくらは、流れ星を見るようなぐらいの可能性の低さがあふれる世界で、不思議と邂逅することが多かった。
「あ、こんにちわ。ここで泳ぐんですね」と、ぼくは彼女のスタイルの良さにいささか圧倒され、目を伏せながら話した。
「大学に近いし、練習もあるからね。それとスタイルも気になるし」と言ったが、彼女が自分の均衡のとれた身体を考えているようにも、逆にいたわっているようにも感じられなかった。ただ、そのままの彼女が美しかった。「あなたも、わたしの大学に来なさい」
そこは、ぼくが家から通える中では、いちばん優秀なところであった。都会にでることを余り考えない自分にとっては選択肢のひとつであるが、彼女の口からそう宣告されると、それがもう決まっていることのように思えてきた。
ぼくらは、その後いくつかのやりとりをし彼女はプールの中へ、ぼくはロッカーに向かった。頭を乾かし服を着ている間も彼女のことを考えている自分がいることに気付く。だが、寒い外に出ると、いつの間にかそのことを忘れている自分もまたいた。
ぼくは、その日は裕紀と会うことになっていた。いくらか自分の身体が消毒くさいことが気になった。待ち合わせの場所につくと、彼女はマフラーを首に巻き、いくらか寒さのためか頬を赤くして小走りに向かってきた。ぼくは、彼女の細めの首が好きだった。マフラーの下にそれが隠されていることを想像した。
「そのマフラー似合っているね」
と、ぼくは言った。いつも見慣れているのはいかつい首の持ち主である部活仲間だからなのだろうか、その細い首を憧れの気持ちをもって考えた。彼女はうれしそうにした。
ぼくらは手をつなぎ、いま考えれば小さな町の小さな商店が並んでいる通りを、それでも楽しい気持ちであるいた。河口という女性が手の届かないところにいるならば、裕紀は身近なところにいてくれた。そのことが、ぼくに安心感をもたせた。
彼女は、小物が並んでいる店に入った。いくつかのものに感嘆の声を発し、ぼくに同意をもとめたりした。そのひとつひとつがぼくの気持ちを暖かくしてくれた。
彼女はひとつのネックレスを見ていた。ぼくはそれを試しに着けてみるよう促した。彼女は、マフラーを取り除きそれを器用な様子でつけた。ぼくはそのシンプルな飾り物が、またシンプルな首のラインにきれいに映えているのを見て、バイト代が財布にあったのでそれを買ってあげた。そのことをしながらも、妹もねだっていたが何もしていない自分をいくらか恥ずかしくも感じていた。