JFKへの道
3
自宅で朝を迎えた。髭を剃りながら、今日の予定を頭の中で復習してみる。いつもの日課だ。いまのぼくは、父の持っている幾つかの会社の中の一つで、恵まれた立場を有している。仕事は、好きでもないが、充分にこなしている。真面目ではない持論だが、仕事の好きな人は失敗も許されるが、そうではない人は、完璧さを要求される。熱意のなさの代償としての、完成品。
今日の午前は、電話の対応に追われる。きちんと利益に反映される行為ではなかったが、あとで大きくはねかえってくるので、頭の回転の早さと同時に、ゆとりを持った対応で望んだ。怒りを決して見せないこと。その兆候すら消し去ること。それから、昼の時間になったので、ランチを楽しんだ。ある若い経営者との会合もかねて。有能な人と会うことも多いが、今日の相手は、ベンチャーで勢いに乗った一人。その哲学を熱く語っていくことに魅力がある。自分は、そうした土台作りに時間をかけることがなかったので、彼のある面でのサクセスに刺激をされたりもした。そのまま午後は時間が空いたので、父が好んで着ているスーツを仕立てる店に行った。自分もこの前、気になった服を父が着ていたのを見たので、久し振りにこの店に寄った。彼と同じような型で作られたのが出来上がり、いくらか若目に直されているが、それを取りにいく。
「あら、こんにちは」懇意な女性の店員が、軽い微笑を浮かべ、自分を迎える。
「出来上がっていると聞いたんで、来ました」
「そうそう、ちょっと待っててください」そして、奥に行き服を持ってきた。
それを一旦試してから、また着替えなおして、そこで少し話した。彼女は40前後だろうか。15年ぐらい前から自分を知っている。そして、身体のサイズの変異も頭の中に入っているようだ。その少年時代から素敵な人だと思っていた。心持ち自分を子供扱いする印象が見えたりもする。でも、それも自分にとっては減点の対象にならなかった。
「また、ちょくちょく来てくださいね」と、足が遠退いていた自分を、また連れ戻すのには必要な完全な微笑を浮かべて。
また会社に戻り、いくつかの机の資料に目を通した。今日は、優秀すぎる部下が、すべての仕事を終えてくれていた。この人間は、自分が大学のときの後輩であり、無理をいって会社に入れた。彼がいることによって、やるべき仕事など残っていないのではないかと思うほど、きれいに目の前が掃除されていく。その日の夜は昨日の画家の慰安の意味もこめ、家に招待し、また父の友人たちにも会わなければならなかった。
そして家に帰り、テーブルに着いた。まだ完全には揃っていなかった。父の友人たちは、食前酒を飲んでいた。自分もその一行に加わり、話に耳を傾ける。ある人からは、自分の仕事ぶりを誉められたりもした。冗談交じりに、うちの会社に来ないか、と誘われたりもして、ちょっと気分がよくなったりもした。
そこへ、女性の画家が入ってきた。今日は娘も連れてきていた。まだ、大学を出たばかりで初々しさが残っている。席は自分の隣になった。年齢が近いということで。幾らか緊張しているようにも見えた。自分は、もう著名な人の真の姿に動揺することもなかったが。
「昨日は、疲れませんでしたか?」
「はい。わたし、人がいっぱいいるところ、駄目なんです。苦手なんです」
「今日は?」
「母が、あまり体調がよくないみたいなので、お付き合いで」
「そう、優しいんですね」
父の友人が持ってきたワインを飲んでいる。彼は、よく雑誌などでもその方面のエキスパートとして知られていた。自分は、その旨さに脱帽せざるを得ない。ちょっと酔いがまわった頭脳と、そのための舌の快活さで、彼女の緊張を和らげようと努力した。でも、自分が本気で誰かを好きになることなど、到底不可能だなと、酔っていながらもそこだけは、その問題の中心だけは揺らぐことなく冴えわたっていた。
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自宅で朝を迎えた。髭を剃りながら、今日の予定を頭の中で復習してみる。いつもの日課だ。いまのぼくは、父の持っている幾つかの会社の中の一つで、恵まれた立場を有している。仕事は、好きでもないが、充分にこなしている。真面目ではない持論だが、仕事の好きな人は失敗も許されるが、そうではない人は、完璧さを要求される。熱意のなさの代償としての、完成品。
今日の午前は、電話の対応に追われる。きちんと利益に反映される行為ではなかったが、あとで大きくはねかえってくるので、頭の回転の早さと同時に、ゆとりを持った対応で望んだ。怒りを決して見せないこと。その兆候すら消し去ること。それから、昼の時間になったので、ランチを楽しんだ。ある若い経営者との会合もかねて。有能な人と会うことも多いが、今日の相手は、ベンチャーで勢いに乗った一人。その哲学を熱く語っていくことに魅力がある。自分は、そうした土台作りに時間をかけることがなかったので、彼のある面でのサクセスに刺激をされたりもした。そのまま午後は時間が空いたので、父が好んで着ているスーツを仕立てる店に行った。自分もこの前、気になった服を父が着ていたのを見たので、久し振りにこの店に寄った。彼と同じような型で作られたのが出来上がり、いくらか若目に直されているが、それを取りにいく。
「あら、こんにちは」懇意な女性の店員が、軽い微笑を浮かべ、自分を迎える。
「出来上がっていると聞いたんで、来ました」
「そうそう、ちょっと待っててください」そして、奥に行き服を持ってきた。
それを一旦試してから、また着替えなおして、そこで少し話した。彼女は40前後だろうか。15年ぐらい前から自分を知っている。そして、身体のサイズの変異も頭の中に入っているようだ。その少年時代から素敵な人だと思っていた。心持ち自分を子供扱いする印象が見えたりもする。でも、それも自分にとっては減点の対象にならなかった。
「また、ちょくちょく来てくださいね」と、足が遠退いていた自分を、また連れ戻すのには必要な完全な微笑を浮かべて。
また会社に戻り、いくつかの机の資料に目を通した。今日は、優秀すぎる部下が、すべての仕事を終えてくれていた。この人間は、自分が大学のときの後輩であり、無理をいって会社に入れた。彼がいることによって、やるべき仕事など残っていないのではないかと思うほど、きれいに目の前が掃除されていく。その日の夜は昨日の画家の慰安の意味もこめ、家に招待し、また父の友人たちにも会わなければならなかった。
そして家に帰り、テーブルに着いた。まだ完全には揃っていなかった。父の友人たちは、食前酒を飲んでいた。自分もその一行に加わり、話に耳を傾ける。ある人からは、自分の仕事ぶりを誉められたりもした。冗談交じりに、うちの会社に来ないか、と誘われたりもして、ちょっと気分がよくなったりもした。
そこへ、女性の画家が入ってきた。今日は娘も連れてきていた。まだ、大学を出たばかりで初々しさが残っている。席は自分の隣になった。年齢が近いということで。幾らか緊張しているようにも見えた。自分は、もう著名な人の真の姿に動揺することもなかったが。
「昨日は、疲れませんでしたか?」
「はい。わたし、人がいっぱいいるところ、駄目なんです。苦手なんです」
「今日は?」
「母が、あまり体調がよくないみたいなので、お付き合いで」
「そう、優しいんですね」
父の友人が持ってきたワインを飲んでいる。彼は、よく雑誌などでもその方面のエキスパートとして知られていた。自分は、その旨さに脱帽せざるを得ない。ちょっと酔いがまわった頭脳と、そのための舌の快活さで、彼女の緊張を和らげようと努力した。でも、自分が本気で誰かを好きになることなど、到底不可能だなと、酔っていながらもそこだけは、その問題の中心だけは揺らぐことなく冴えわたっていた。
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