JFKへの道
4
安美のもとに戻る。彼女といることの安心さ。そして絶対的な怠惰。金曜の仕事を終えてから会いに行った。こうすることが多い。
彼女は、子供の時から学生時代にかけて、熱心にチェロという楽器に親しんでいた。それを家で現在になっても、練習したり、たまに演奏もしたりする。その音楽をソファに横になって聴きながら、なにもしない安楽な時間が、もしかして一番有益な時間の過ごし方と考えたりもする。
土曜の午前中は、その気休めの時間になっていた。
「また演奏会、迫っていたんだっけ?」
「この前も言った気がするけどな。2ヶ月ぐらい経ってからあるよ」
普段、仕事をしている合間に熱心に練習したり、またさまざまな周りのものも秩序だって片付ける能力を、彼女は持っていた。構築することの美しさを信じているような。
「見に来てくれる?」
「いいよ。もちろん。多分時間もつくれると思うよ」
そもそものスタートは、学生時代に母校の演奏会を友人に誘われ、仕方なく付いていったのがきっかけになっていた。その後の打ち上げのときに、横になった彼女と話した。その天然の朗らかさを必要としていた自分に気付いてしまった。また、孤独というものが、しっかりと自分に根付き宿していた事実にも、遅かったが再提出を受けてしまった。いろいろな女性が、自分のまわりにいたとしても。
午後になり、彼女がみつけた、シーフードのパスタがおいしいお店に一緒に行った。店に入ると最高のウエイターはいないものかと、いつも考えてしまう。もちろん文句を目ざとく見つけて、注意するということではない。ただ、もし圧倒的にサービスについての洗練された考えをもつ人間がいるなら、会社で探している人材として雇わなければならないと思うからだ。いまの自分に与えられている仕事の多くは、その優秀な人々のピックアップにかかっている。だが、今日もいなかった。しかし、頭の片隅には、たくさんの人間のストックが用意されている。そのようなことは会話には上らなかったが、彼女の話を熱心に聴き、食事も楽しみ店を出た。そこは横浜の海にも近く、食後は車を置いて、潮風を感じながら、海の前のベンチで彼女と話した。
春と夏の中間のような日で、ここちよい風も感じることが出来たが、突然に雲行きが怪しくなってきた。風にも、いままでと変わって弱気な心がいくらか混じっていた。
「寒くなってきたね」ぼくは彼女の薄手の服装を心配し、横を向く。
「車に置いてきちゃったから、戻ろうか」
ゆっくり15分ほど、歩いたり店を覗いたりして、駐車場まで戻ってきた。車に乗り込み、彼女のセレクトした、ピアノとフルートの曲を聴いた。運転にも、またシンプルな音楽にも飽きてきたなと思い始めた頃、今日の泊まる伊豆のホテルに着いた。
少し、きれいな景色の中で新鮮な空気を心中に入れ、散歩を楽しんだ後で、彼女は服を着替え夕食のテーブルに着く。大学の4年からの6年間近くの彼女の貴重な時間を引き受けてしまったな、と、酔い始めた自分の頭は考える。いつか、核心に触れる話をしなければいけないよな。
「チェロって、練習すればするほど上手くなると思う?」
「うん。そういうものだと思っているけど」自分は、持続してなにかに打ち込んだ記憶を、直ぐに思い浮かべることができなかった。
「多分、違うと思う。同じところをグルグル回っているような気がする。」彼女は、伏し目がちになっていた。そして、ワインのグラスを口にして、そっとグラスについた跡を指でさすった。いつもは、あまり意識して見ない素振りだった。
「そろそろ、わたしのこと、もう少しだけ真剣に考えてくれてもいいと思うけどな」
少しだけ、空気が止まった気がした。彼女の指を見て、爪を見て、首を見て、瞳を通り越し、髪の色を見た。それと同時に最初に横に座ったときの、22歳の彼女もそこにいる気がした。
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安美のもとに戻る。彼女といることの安心さ。そして絶対的な怠惰。金曜の仕事を終えてから会いに行った。こうすることが多い。
彼女は、子供の時から学生時代にかけて、熱心にチェロという楽器に親しんでいた。それを家で現在になっても、練習したり、たまに演奏もしたりする。その音楽をソファに横になって聴きながら、なにもしない安楽な時間が、もしかして一番有益な時間の過ごし方と考えたりもする。
土曜の午前中は、その気休めの時間になっていた。
「また演奏会、迫っていたんだっけ?」
「この前も言った気がするけどな。2ヶ月ぐらい経ってからあるよ」
普段、仕事をしている合間に熱心に練習したり、またさまざまな周りのものも秩序だって片付ける能力を、彼女は持っていた。構築することの美しさを信じているような。
「見に来てくれる?」
「いいよ。もちろん。多分時間もつくれると思うよ」
そもそものスタートは、学生時代に母校の演奏会を友人に誘われ、仕方なく付いていったのがきっかけになっていた。その後の打ち上げのときに、横になった彼女と話した。その天然の朗らかさを必要としていた自分に気付いてしまった。また、孤独というものが、しっかりと自分に根付き宿していた事実にも、遅かったが再提出を受けてしまった。いろいろな女性が、自分のまわりにいたとしても。
午後になり、彼女がみつけた、シーフードのパスタがおいしいお店に一緒に行った。店に入ると最高のウエイターはいないものかと、いつも考えてしまう。もちろん文句を目ざとく見つけて、注意するということではない。ただ、もし圧倒的にサービスについての洗練された考えをもつ人間がいるなら、会社で探している人材として雇わなければならないと思うからだ。いまの自分に与えられている仕事の多くは、その優秀な人々のピックアップにかかっている。だが、今日もいなかった。しかし、頭の片隅には、たくさんの人間のストックが用意されている。そのようなことは会話には上らなかったが、彼女の話を熱心に聴き、食事も楽しみ店を出た。そこは横浜の海にも近く、食後は車を置いて、潮風を感じながら、海の前のベンチで彼女と話した。
春と夏の中間のような日で、ここちよい風も感じることが出来たが、突然に雲行きが怪しくなってきた。風にも、いままでと変わって弱気な心がいくらか混じっていた。
「寒くなってきたね」ぼくは彼女の薄手の服装を心配し、横を向く。
「車に置いてきちゃったから、戻ろうか」
ゆっくり15分ほど、歩いたり店を覗いたりして、駐車場まで戻ってきた。車に乗り込み、彼女のセレクトした、ピアノとフルートの曲を聴いた。運転にも、またシンプルな音楽にも飽きてきたなと思い始めた頃、今日の泊まる伊豆のホテルに着いた。
少し、きれいな景色の中で新鮮な空気を心中に入れ、散歩を楽しんだ後で、彼女は服を着替え夕食のテーブルに着く。大学の4年からの6年間近くの彼女の貴重な時間を引き受けてしまったな、と、酔い始めた自分の頭は考える。いつか、核心に触れる話をしなければいけないよな。
「チェロって、練習すればするほど上手くなると思う?」
「うん。そういうものだと思っているけど」自分は、持続してなにかに打ち込んだ記憶を、直ぐに思い浮かべることができなかった。
「多分、違うと思う。同じところをグルグル回っているような気がする。」彼女は、伏し目がちになっていた。そして、ワインのグラスを口にして、そっとグラスについた跡を指でさすった。いつもは、あまり意識して見ない素振りだった。
「そろそろ、わたしのこと、もう少しだけ真剣に考えてくれてもいいと思うけどな」
少しだけ、空気が止まった気がした。彼女の指を見て、爪を見て、首を見て、瞳を通り越し、髪の色を見た。それと同時に最初に横に座ったときの、22歳の彼女もそこにいる気がした。
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