爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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作品(4)-1

2006年06月26日 | 作品4
JFKへの道


 誰かに自分の気持ちを打ち明けることが出来なかった。黙り込むか、または、ユーモアという防御をはるか。行き着く道は、同じこと。他の人を笑わせれば、自分のこころに付け入る隙を与えない。上手くカーテンを作れる。

 子供のころから、すべてのものを手に入れることが出来ていた。広い家。田舎にある夏休みや長い休暇を楽しむ二番目の家。きれいに刈られた芝生。その為に雇われている人々。
 たくさんの車も乗り回したよ。多くの時計を腕にはめたよ。でも心からの大笑いをしたことがあるだろうか。車の中で、一人になることしか考えていなかったのか。

 ぼくの父親は仕事上の成功者だった。経済誌にも時々のる。それは読者の尊敬を受けるに値する男性として。しかし彼が、本当の成功者だろうか。人生で一番良いものたちを手に入れているのか。また、周りの人間の長所を引き出せているのだろうか。
 僕の人生を語る上で、どうしても避けることが出来ない問題。プロット。もちろん恩恵も多いに受けている。
 ニュースで知る無残さ。明日はどんな悲劇が待っているのだろう。多くの人々が蒙る痛手も、われわれの家族は、その父親と彼が生み出す金銭で、きちんと塞がれていた。決壊することがないダムや河川のように。

学生の時も先生たちに怒られることが少なかった。特別、周りの生徒と比べて出来がよかったわけでもないから、優遇されていたのだろう。それが嬉しいかというとそうでもないというのが実感だった。敵にするとメリットがないからだろう。しかし、友人たちが、その幾らか恐れられている先生たちの胸の中に、するりと入っていけるのが羨ましかったのも事実だ。ぼくは、そんなことを習っていない。父の作り出す雰囲気や、その多忙な生活のため、対等に渡り合える男性、親身にぶつかってくれる男性がいなかった。

母も自分で作り出している計画に、またその遂行に忙しかった。それに変わる役割の人間は大勢いた。でも、いびつで普通とは違っていることを、ある程度、年を経てから知った。最優先にする順番が、ほかの家族にはあるらしかった。しかし、自分の家には、父親の名声と、その人生に対する姿勢と見栄と、そうしたことで、具体的な目の前にいるものの同情などでは成り立っていなかった。いろいろなものを選んでいる振りをしてきたが、実際には、選択してきたものなど、たかが知れていた。

スポーツにも打ち込んだときがあった。これこそが、生活の実感として、また生きがいとして捉え、かなりの時間を費やした。だが、本当の努力をしてきただろうか。最初から、そこそこ出来、あるレベルに達すると興味を失ってしまうのが、いつものパターンなのではないか。もちろん、日本全体が、恵まれない地域などではない。ボール一つで夢を叶えてみせるというような場所ではない。それにしても、自分の心の入れ込み方は、いつも手緩かった気がしてしまう。自分の気持ちより、他にどう映るか。劇的であるか。印象的であるか、などが最重要事になっている。そして、自分にとっては、それがとても大切なことだった。なによりも動機の先頭に来るものだった。拍手と微笑みを待ち焦がれての生活。美しい女性の軽い微笑み以上に重要なことがあるだろうか。しかし、それを手に入れてみたいと思うのは、ほんの時々だったが。彼女らは、そうすることが当然のようにも見受けられるし、また、天然の演技者でもあるし、また最高度にそれを出来る女性を見つけられないのかもしれない。ハンカチと笑顔。なびく髪と伏せた眼。今日は、母親の帰りを車で迎えに行った。同じ方面の女性も一緒に乗る。静かに抑えた声だった。その人が降りてから、家まで母が話していたが、あまり聞こえてこなかった。車の中に、軽い香水の匂いが残る。家に着き、母が降りた後も、しばらく残り、音楽が終わるまで、座席の背もたれに寄りかかっていた。

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