オリンピックと金メダルー時の運(2014.3.10日作)
浅田真央選手と古橋広之進選手
かつて この国日本には
伝説的スイマー 水泳選手がいた
"フジヤマのトビウオ"
この国日本が 第二次世界大戦で
惨敗し 国民全体 国土全体が
打ちひしがれ 荒廃の極みにあった時
出現した 今では 伝説的とも言える 存在
古橋広之進選手
あの無謀な 太平洋戦争で
国力を使い果たし 敗戦を迎えた この国日本
国民全体が 食べるものにも事欠く状況下
夢の如くに出現した 存在
泳ぐ度に 世界の記録を塗り替えた
" フジヤマのトビウオ" その彼
古橋広之進選手の全盛時
1948年 英国 ロンドンで
オリンピックが開催された おそらく
この時 誰もが
"フジヤマのトビウオ" の 金メダルを
予想し おそらくは
確信していたに 違いない
-勝負は 水もの 確実絶対的なものは
何一つないー
しかし この時 日本は戦争責任
敗戦による結果 大会への出場は
認められなかった
国民の無念 日本水泳連盟は その思い
無念を晴らすように オリンピック水泳
1500メートル決勝の日に合わせ
日本水泳選手権を 開催した 結果
"フジヤマのトビウオ" 古橋広之進選手は
18分37秒
日本選手権を 制した
オリンピック大会 金メダリストの記録を上まわる
世界新記録
メダルは だが
"フジヤマのトビウオ"
古橋広之進選手の手には届かなかった
幻の金メダル
陽の目をみない金メダル に
終わった
四年に一度の開催 オリンピック
次の大会はフィンランド ヘルシンキ
しかし この時
"フジヤマのトビウオ"
古橋選手の全盛期は 既に
過ぎていた 加えて
海外遠征時 罹患した
赤痢が "フジヤマのトビウオ" の
肉体を 蝕んでいた
体調不良 体力不足の中
1500メートルへの出場は 見送り
-同僚の橋爪四郎選手が銀メダルー
400メートルのみの出場となり 決勝は
最下位 8位に終わった 実況を伝える放送
NHKアナウンサーは 悲痛な声で
「古橋選手を責めないで下さい」 と
絶叫した
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あの日から60数年
平成26年 2014年 2月
ロシア ソチの地
冬季オリンピック大会が 開催された
出場選手の中に
浅田真央選手 の名前があった
女子スケート フィギュアー界に於ける
日本の代表的選手
国際大会でも 幾度もの
優勝経験を持つ 選手
その浅田選手は 大会前
これを最後の舞台としての 引退 を
口にしていた
観客 観衆の立場では
なぜ? の思いが強かった 引退を
惜しむ気持ち しかし
浅田選手自身の 胸の中 心の中には
駆け巡る 様々な思い 幾多の
葛藤が あったに違いない
12歳 フィギュアースケート界に登場し 注目され
14歳 初出場で ジュニアの世界を制した
希代のスケーター その
浅田選手にも 積み重なる 歳月
年齢の増加 加齢は 避け難く
加齢は確実に
人の体を変えてゆく
変わりゆく身体的状況
昨日まで出来ていた事が 今日は
出来ない 一年前は可能だった事が
今年は不可能 身体的状況が 制約する
どの世界に於いても 起こり得る 現実
複雑 難度の高い 氷上競技
研ぎ澄まされた刃ーーエッジの上での競技は 殊更
過酷に 長年 積み上げ 築いて来た
微妙な 感覚の世界を 崩してゆくに 違いない
移りゆく時 時間
変わりゆく人 体型 身体的状況
過去の世界は葬られ
新たな世界の構築 展開が
新たな状況下 要求されるに 違いない
希代のスケーター 浅田真央選手にも
訪れただろう この現実
浅田選手の懸命な努力 練習状況が
しばしば報道され その中 更に優勝の
実績を積み重ね 成長しながらも なお
浅田選手は 自身の内に生じる 齟齬
微妙な 感覚のずれ 違和感を
感じ取っていたに 違いない
15歳 16歳では 軽快に出来ていた事が 今では
多大の努力 困難を伴って来るーー 故にこそ
ソチ オリンピック大会を前にして
前大会 銀メダルの悔しさを胸にしながらも 幾多の
経験 試練を経て来た人のみが知る
オリンピック 金メダルへの距離 その はるかな事 至難の業の
自覚の上に ソチの檜舞台 オリンピックでは
金メダル 勝敗への こだわり 拘泥を捨て
長年 積み上げ 積み重ねて来た 技術の粋 自身の
経験 技術の すべてを注(つ)ぎ込んだ 最高の演技だけを目指し
演じ切る事で 競技生活 最後の舞台としたい と
考えたに 違いない
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オリンピック 金メダル
世界のスポーツ選手の憧れ
世界に名を馳せ 幾度も
世界を制しながらも なお
この賞に 無縁だった 数々の名選手たち
この国日本に於いても 思い浮かぶ
二人の名選手
古橋広之進選手
浅田真央選手
共に 世界に名を馳せ 世界を制しながら
オリンピック 金メダルには無縁の二人
時の運 が 二人を 金メダルから遠ざけた
古橋広之進選手 国家の事情
--戦争責任 敗戦国ゆえの 不出場
浅田真央選手 15歳の年齢事情
--2006年2月 イタリア トリノ オリンピック大会
僅か 二ヶ月前 世界を制し その技術
力量の伸び盛りの真っ只中
年齢制限により 不出場
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オリンピック 金メダル この国に於ける
この賞に無縁の二人の名選手
それでもこの 二人の名前は これからも続くであろう
オリンピック大会 その史上に於いて
燦然とした輝きを放ち続けるに 違いない
--オリンピック当日の 世界新記録
--オリンピック最後の演技の トリプルアクセル
大会随一とも言える 美しさを伴った 浅田選手の
回転演技の連続技 多くの観客 観衆 の
眼を引き付けたに違いない その演技は
審判員の主観による 採点 判定 を超えて
人々を魅了し 心を捉え 遠い将来
これからも生まれて来るであろう 数々の
金メダリストたちの 名前が たとえ
忘れられる事があっても 忘れられる事はなく
人々の口の端に上り
語り継がれてゆくに
違いない