遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉267 小説 埋(うず)もれて 他 短詩集 

2019-11-03 12:57:18 | つぶやき
          短詩集(既に掲載済みも何篇か含まれています)

   祭りは終わった 道が暮れて行く

   命 美(うるわ)し 人それぞれの人生

   冬里は 小さな谷に 家五軒

   散り敷いて 金木犀の 金の庭

   金木犀 香り豊かに 終(つい)の家

   亡き父の 面影浮かぶ 金木犀

   面影の 人は遠くに 金木犀

   木犀の 香りさびしく 人の逝く

   逝く友の 年毎多く 彼岸花

   亡き人へ 思いは深し 彼岸花

   母のいる 風景遠く 彼岸花

   紫陽花の 雨に濡れいて 母の逝く

   大便を 捨てるに馴れて 母看護

   冬落ち葉 今年も友の また逝きて

   ではまたと 誓いし友の 今日逝きて

   望郷の 思い果て無し 友は逝き

   初恋の 思い出遠く 人の逝き

   かえり花 春にはぐれて ただ一つ

   新聞を 開けば眼に入(い)る 愚者の群れ

   オリンピック IOCも 金=かね= 目標

   愚者達の 金が目当ての 慌てぶり
   (酷暑の八月開催を主張したIOCの愚かさ 強欲さ)

   お偉方 権威を誇って 金儲け

   お偉方 威を張る割の 無能ぶり
   (日本大会組織委員会)

   歳を経て 御上のやる事 稚戯に見え


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          小説 埋もれて(1)

 昭和五十年一月十一日。
 宇津木陽子にとっては、生涯、忘れられない日になった。そして、陽子の人生を一変させた日でもあった。
 当時、陽子は国立某大学を目指して、入試試験のための最後の追い込み勉強にかかっていた。                            
 C高校に電話が掛かって来たのは午後三時過ぎだった。
「おい、宇津木、自宅から電話だ」
 教室にいて電話の知らせを取り次いだ、四十二歳の男性教師の顔が引きつっていた。
 一瞬、陽子の頭の中を暗い影が過(よぎ)った。
 それでも陽子はあえてそれを振り払い、教員室へ向かった。
 電話は店長からだった。
「おかみさんが交通事故に遭って入院しちゃったんだ。社長は今、病院へ行ったから、陽ちゃんもすぐに行ってみてよ。救急車で病院へ運ばれたみたいなんだけど、意識不明で重体らしいんだ」
 陽子の家は千葉市内で店員七人を雇って精肉店を営んでいた。
 陽子が病院へ駆け付けた時には、母は個室に入っていた。眼と鼻と口だけを出して、頭部から顔面にかけての総てが白い包帯で巻かれていた。口には人工呼吸のための器具が取り付けられ、点滴の針が腕に刺してあった。
 医師と看護婦がベッドに横たわる母の枕元に立っていた。
 父はベッドの中程にいた。
 陽子が病室へ入ってゆくと三人が同時に視線を向けたが、誰もが無言だった。緊張感に満ちた表情でまた、母の上に視線を戻した。
 母が駅近くのデパートで買い物をした帰り、横断歩道を渡ろうとして、暴走車に跳ねられての事故だった。
 母はその日を境に植物人間としての生活を余儀なくされるようになっていた。
 その十年にも及んだ病床生活の最後は、だが、呆気ないものだった。ある朝、陽子が眼を醒ました時には息絶えていた。
 陽子はその十年間、母のそばに付きっ切りの生活だった。
 退院してからも母は、人工呼吸と点滴を外す事が出来なかった。週に一度、近くに住む医師が往診してくれ、看護婦は一日置きに訪ねてくれた。
 父は母の治療費を稼ぐために、今まで以上に働かなければならなかった。C高校創立以来、十指に入る秀才と言われた陽子は、現役での某大入学への夢を諦めていた。
 その十年間、母は一度として陽子に声を掛けた事はなかった。陽子を見た事もなかった。機械に繋がれて、ただ、ベッドに横たわっているだけであった。それでも母の肉体は、なお生きていて、確実に心臓の鼓動を伝えて来た。毎日、計測される血圧も体温も、管を通して排泄される尿も、総てが母の肉体の健全さを証明していた。
 陽子には、そんな母が話し掛けて来ない事が不思議に思えた。朝、眼を醒ますとベッドの中から、「おはよう」と言って、今にも微笑みかけて来そうな気がして、何度も母の顔を覗き込んだりした。
 母はだが、そんな陽子の期待には何一つ応える事がなかった。母に向ける陽子の期待の総てが虚しい願いのうちに終わっていた。
 それらの日々、陽子は家事のための買い物に出掛ける以外の外出をした事がなかった。旅行、観劇、音楽会、陽子が好きだったそれら総てとまったく無縁の生活だった。
 それでも、陽子の心は不思議に静かだった。何に不満を抱く事もなかった。物言わぬ母と過ごす時間の総てが、限りなく貴重なものに思えて、母をそばに感じているだけで安らかな気持ちに包まれた。一瞬にして失われてしまった某大学入学への夢を追う事も、もうなかった。時折り、高校生弁論県大会で優勝した華やかな舞台や、活き活きと若さのままに活動していた、学友達との生活を懐かしく思い出す事はあっても、それらの時間に未練を残す事もなかった。母と共に生きている、今の時間だけが陽子に取っては、何よりも貴重な時間に思えた。

 母が亡くなった時、誰もが母の看護を全うした陽子の労をねぎらい、その死を肯定した。
「本当によく看病したよ。これからは、陽ちゃん自身の幸せを考えて生きるんだよ。十年間、何一つ自分の事が出来なかったんだから」
 誰もが口々に言った。
 人々の間で母は、その死以前に、既に亡き人であった。母の死を惜しむ言葉は、ついぞ、人々の口から聞く事は出来なかった。陽子のために、むしろ、その死を祝福しているかのようでさえあった。                      
 陽子はそれらの言葉を聞きながら、それを、みんなの善意と受け取りながらも、なぜか心は痛んだ。どのような慰めも、労りも、母がいなくなった喪失感の中では虚しいものに思えた。そして、ただ一人、忘れ去られた人として逝った母の孤独と哀れさを思い、その喪に服したいと思うだけであった。

 陽子に取っては、それからの日々は抜け殻にしか過ぎない日々であった。
 母は、もう何処にもいない。
 食べ物を受け付けない体で骨と皮だけになりながらも、十年という歳月を、その時の中に刻み付けていた存在が、もう、何処にもない。
 陽子の意識の中では、日常の総てが影を失ったように不安定に揺れていた。日々の過ぎて行く時間をしっかりと手の中に掴み取り、手繰り寄せているという実感が失われてしまっていた。そこに、しっかりと根を下ろし、いつでも帰って行く事の出来る存在が、もうなかった。
「旅行にでも行って、少し気分転換でもして来たら ? お姉ちゃんのいない間ぐらい、わたしが家の事ぐらいしてあげるわよ」
 大学を卒業して商社勤めをしている妹の信子は言った。
 
 
 
 

           KYUKOTOKKYU9190様

        いつも有難う御座います
        御礼 申し上げます