本来の作風に戻ったイーストウッド
クリント・イーストウッド監督の最新作。イラク戦争に四度従軍し、米軍史上最多の160人の敵を射殺した伝説の狙撃兵クリス・カイルの生涯を実話を基に描く。リアルな戦闘シーンの迫力に、これは本当に84歳の男が監督した映画なのかと舌を巻く。
ただ、本作の主眼は、アメリカ軍の正義や、戦争の善悪を描くことではなく、戦争の狂気に取りつかれる一方で、家族をこよなく愛する男の光と影や二面性、あるいはPTSD(戦争体験による後遺症)を描くことにある。
過去にイーストウッドが監督した戦争映画と比較すると、第二次大戦を描いた『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』(06)よりも、グレナダ侵攻を描いた『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(86)の方に近いか。
そして、肉体改造をしてカイル役に挑んだブラッドリー・クーパーが「この映画は暴力と正義が否応なく絡み合った時に影響を受ける人間性の問題を掘り下げるというイーストウッドの基準に合ったドラマだ」と語っているように、
本作には、イーストウッドが銃を媒介として善悪のはざまや曖昧さ、暴力の連鎖をドライに描いた『アウトロー』(76)『ペイルライダー』(85)『許されざる者』(92)といった西部劇(カイルが執着するイラク側の狙撃兵との関係の描き方などはまるで西部劇のようだ)、引いては『グラン・トリノ』(08)にも通じる一貫性が感じられる。
前作『ジャージー・ボーイズ』で“変化”を感じさせたイーストウッドだが、本作では本来の作風に戻ったとも言える。本作を見ると、イーストウッドにとっては『ジャージー・ボーイズ』こそが異色作だったことがよく分かる。