(2006.5.12.)
黒澤明監督が参加した日米共同製作映画『トラ・トラ・トラ!』。1968年12月、撮影開始直後、なぜクロサワは解任されたのか…。その謎に迫った500ページ近い労作である本書は、かつて黒澤と親交のあった田草川弘なる人物が著したもの。一体この後はどうなる? というミステリーを読むような感覚で一気に読まされる。
そして、これまであまり語られてこなかった二十世紀フォックス側のダリルとリチャードのザナック親子や、プロデューサーのエルモ・ウィリアムズに関する掘り下げや、貴重な証言などに読み応えがある。
とは言え、結局“全ての謎の答え”はまたしても出ていない。その点ではいささか肩透かしを食らった感もあるが、元々さまざまな要素が絡み合って起きたこの複雑な事件を、すっきりと解明すること自体が無理というものだろう。
例えば、ビートルズの解散劇にしても、4人や周りの人間たちにはそれぞれの言い分があったように、こうした事件は、誰の側に立って考えるかで全く違う捉え方ができるからだ。
ただ、この事件の場合は、双方の誤解の積み重ねが、実際の日米開戦とクロスするかのように、関係者たちの努力とは裏腹に、どんどんと修復不可能の方向へと向っていってしまうさまが悲しい。
だから、読後は、確かに黒澤監督作としての『トラ・トラ・トラ!』も見てみたかったが、フォックスは、このゴタゴタの後でよくそれなりの映画を完成させたなあという思いも強くするのだ。
今回、約10年ぶりに読み返してみたのだが、興味は尽きず、またも一気に読んでしまった。そして、ダリル、黒澤に続て、この10年の間に、リチャード、エルモ、日本側のプロデューサーだった青柳哲郎が相次いで亡くなり、この事件に関する重要な証人は、そのほとんどが世を去った。
こうなると、まさに黒澤の『羅生門』ではないが、もはや真相は藪の中である。その意味では、存命だったエルモらの生の声を収録した本書は、貴重な記録と言えなくもない。
また、当時58歳だった黒澤の年に近づいてしまった自分自身の心境の変化も大きい。もちろん、稀代の大監督と一介のライターでは、立場も、考えも、背負っているものにも雲泥の差があるのだが、初老への戸惑いやあせりという部分では、以前よりも黒澤の行動に同感できるところもあって、読みながら複雑な思いがした。
本書の後日談として
「黒澤明、今だから話そう『トラ・トラ・トラ!』監督解任前後のこと 田草川弘×野上照代」
http://hon.bunshun.jp/articles/-/3374
黒澤と海外との幸福な出会いという意味で、
イギリス国立映画/テレビ学校制作のドキュメンタリー「『七人の侍』研究」を。「Movie Masterclass: The Seven Samurai. from Mamoun Hassan.」
https://vimeo.com/15567579