田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『黒澤明vs.ハリウッド 『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』(田草川弘)を再読

2017-05-18 08:00:40 | ブックレビュー

(2006.5.12.)

 黒澤明監督が参加した日米共同製作映画『トラ・トラ・トラ!』。1968年12月、撮影開始直後、なぜクロサワは解任されたのか…。その謎に迫った500ページ近い労作である本書は、かつて黒澤と親交のあった田草川弘なる人物が著したもの。一体この後はどうなる? というミステリーを読むような感覚で一気に読まされる。

 そして、これまであまり語られてこなかった二十世紀フォックス側のダリルとリチャードのザナック親子や、プロデューサーのエルモ・ウィリアムズに関する掘り下げや、貴重な証言などに読み応えがある。

 とは言え、結局“全ての謎の答え”はまたしても出ていない。その点ではいささか肩透かしを食らった感もあるが、元々さまざまな要素が絡み合って起きたこの複雑な事件を、すっきりと解明すること自体が無理というものだろう。

 例えば、ビートルズの解散劇にしても、4人や周りの人間たちにはそれぞれの言い分があったように、こうした事件は、誰の側に立って考えるかで全く違う捉え方ができるからだ。

 ただ、この事件の場合は、双方の誤解の積み重ねが、実際の日米開戦とクロスするかのように、関係者たちの努力とは裏腹に、どんどんと修復不可能の方向へと向っていってしまうさまが悲しい。

 だから、読後は、確かに黒澤監督作としての『トラ・トラ・トラ!』も見てみたかったが、フォックスは、このゴタゴタの後でよくそれなりの映画を完成させたなあという思いも強くするのだ。



 今回、約10年ぶりに読み返してみたのだが、興味は尽きず、またも一気に読んでしまった。そして、ダリル、黒澤に続て、この10年の間に、リチャード、エルモ、日本側のプロデューサーだった青柳哲郎が相次いで亡くなり、この事件に関する重要な証人は、そのほとんどが世を去った。

 こうなると、まさに黒澤の『羅生門』ではないが、もはや真相は藪の中である。その意味では、存命だったエルモらの生の声を収録した本書は、貴重な記録と言えなくもない。

 また、当時58歳だった黒澤の年に近づいてしまった自分自身の心境の変化も大きい。もちろん、稀代の大監督と一介のライターでは、立場も、考えも、背負っているものにも雲泥の差があるのだが、初老への戸惑いやあせりという部分では、以前よりも黒澤の行動に同感できるところもあって、読みながら複雑な思いがした。

本書の後日談として
「黒澤明、今だから話そう『トラ・トラ・トラ!』監督解任前後のこと 田草川弘×野上照代」
http://hon.bunshun.jp/articles/-/3374

黒澤と海外との幸福な出会いという意味で、
イギリス国立映画/テレビ学校制作のドキュメンタリー「『七人の侍』研究」を。「Movie Masterclass: The Seven Samurai. from Mamoun Hassan.」
https://vimeo.com/15567579

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【コラム】「米アカデミー賞、政権に物申す! オピニオンリーダーとしての自覚」転載

2017-05-17 13:45:02 | 映画の森
「米アカデミー賞、政権に物申す! オピニオンリーダーとしての自覚」

コラム転載↓

https://www.kyodo.co.jp/intl-news/2017-05-16_1603917/
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『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

2017-05-17 11:52:12 | 新作映画を見てみた

緩急自在の語り口

 兄ジョー(カイル・チャンドラー)の死をきっかけに、ボストンから故郷に戻ったリー(ケーシー・アフレック)。兄の遺言で16歳のおいパトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人となるが、それはリーが過去の悲劇と向き合うことを意味していた。

 マット・デイモンのプロデュース作。そのためか、デイモン自身が脚本、主演し、心に傷を持った師弟の再生を描いた『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)にも通じるところがあった。

 本作は、冒頭でリーの情緒不安定な様子を映し、彼が何か問題を抱えていることを観客に知らせる。そして、現在と過去(回想)を交錯させながら、次第にリーの心根やそこに至った原因を明らかにしていくという、一種の謎解きドラマを展開させるのだが、時折ユーモアを挿入して重苦しさを緩和させる。

 ラストもリーとパトリックの再出発の“予感”にとどめ、安易なハッピーエンドにはしない。こうした緩急自在の語り口のうまさでケネス・ロナーガン監督はアカデミー賞の脚本賞を受賞した。本国では「ある家族の姿を淡々と描いたロナーガンは小津安二郎に最も近いアメリカ人だ」とする評もあるという。また、同じく主演男優賞に輝いたアフレックに加えて、チャンドラー、ヘッジズ、元妻役のミシェル・ウィリアムズの好演も心に残る。

 悲劇(火事)のバックに流れる「アルビニーノのアダージョ」が印象的。これは向田邦子原作のNHKドラマ「あ・うん」にも使われていたことを思い出した。劇的効果の高い曲だ。
https://www.youtube.com/watch?v=yNyXLSyrGi4

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『騎兵隊』

2017-05-15 16:10:34 | 映画いろいろ

『騎兵隊』(59)(1975.1.1.)

“フォードの魔法”がない




 南北戦争下、敵陣に侵入して破壊工作を行う北軍騎兵隊特務部隊の動静を描いた『騎兵隊』を再見。

 オープニングの地平線を行く馬群に象徴される美しい映像、勇壮な音楽、時折挿入されるユーモア、部隊の指揮官(ジョン・ウェイン)と軍医(ウィリアム・ホールデン)の対立と和解、捕らえられた南部の女(コンスタンス・タワーズ)が、指揮官に反発を抱きながら、やがて心引かれるようになり、南部への忠誠心と指揮官を思う気持ちの間で葛藤する姿…と、好みの道具立てを揃えたジョン・フォードお得意の題材のはずなのに、主題の欠落、部隊の行動の現実味の薄さ、半ば無理矢理繰り返される対立劇、ユーモアの空回りなどが感じられ、映画全体の印象もすっきりしない。

 この映画の不出来について、フォードの老いを指摘する声も多いが、ピーター・ボグダノビッチの『インタビュー ジョン・フォード』で、この映画について聞かれたフォードは「私はこの映画を見ていないが、幼年学校の生徒たちが北軍に向って進撃するシーンなど、あの中の多くの出来事は、当時の戦時下で実際に起こったことだ」と、いささかとんちんかんな答え方をしている。

 つまり、あまりやる気がなかったということなのだろう。フォードの映画の中には、たとえ全体の出来は悪くとも、ある部分で「さすがはジョン・フォード」と感じさせ、見る者をとり込んでしまうものが少なくない。オレはこれを“フォードの魔法”と呼んでいるのだが、この映画にはそれがないのだ。

 59年当時、フォード65歳、ウェイン52歳、ホールデン41歳、遥か年上の男たちに囲まれながら大健闘を見せた26歳のタワーズの存在がこの映画の救いか…。フォードに気に入られたのか、彼女はこの後『バファロー大隊』(60)でもヒロインを務めたが、どちらかと言えば、サミュエル・フラーの『ショック集団』(63)『裸のキッス』(64)での怪演の方が印象に残る。

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【ほぼ週刊映画コラム】『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』

2017-05-14 09:31:34 | ほぼ週刊映画コラム
エンタメOVOに連載中の
『ほぼ週刊映画コラム』

今週は

映画館でこそ真価を発揮する
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』



詳細はこちら↓

https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1108038
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『スプリット』

2017-05-13 17:18:16 | 新作映画を見てみた

策士策に溺れる



 ケーシー(アニヤ・テイラー・ジョイ)ら、3人の女子高生が突然見知らぬ男に拉致される。謎の場所に監禁された3人は、やがて男が多重人格者だと知り、恐怖のあまり脱出を試みる。果たして彼女たちの運命は…。

 『スプリット』というタイトルの意味は、一人の人間の人格が「分裂」すること。その名の通り、ジェームズ・マカヴォイが女性や子供を含む、23もの人格を持つ男を怪演している。

 監督のM・ナイト・シャマランは、異常な主人公と精神科医との対話を挿入しながら、ストーリーを展開させていく。これは、同じく異常者のレクターと捜査官のクラリスの対話を主として謎解きをした『羊たちの沈黙』(91)の路線を狙ったと思われる。

 ところがこの映画は、続編の製作を意識したためか、「男はなぜ3人を拉致、監禁したのか?」「男の過去に何があったのか?」「変態後の男の運命は?」「生き残ったケーシーのその後は?」などの謎を解かないままに終わるので、見る側の気持ちは解放されずに消化不良を起こす。

 また、監禁ものに見られる一種演劇的な密室劇としての面白さという点でも、最近の『ルーム』(15)『10クローバー・フィールド・レーン』(16)に比べると少々弱い。終始、シャマランという策士が策に溺れたような印象を受け、見ながら戸惑いを覚えた。

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『ギヴァー 記憶を注ぐ者』

2017-05-11 09:44:02 | 映画いろいろ

ギヴァーからレシーバーへ、伝承の物語



 近未来、人類は理想郷の「コミュニティー」で平和に暮らしていたが、そこは徹底した管理社会であり、人々は薬によって感情を抑制されていた。主席長老(メリル・ストリープ)から「レシーバー(記憶を受け継ぐ者)」に任命されたジョナス(ブレントン・スウェイツ)は、全ての記憶を蓄えた「ギヴァー(記憶を注ぐ者)」(ジェフ・ブリッジス)のもとへ向かう。

 やがてジョナスはキヴァーの導きで地球や人間の本来の姿を知り、社会のあり方に疑問を抱くようになる、というお話。つまり、ロイス・ローリーの児童文学を映画化した本作は、ギヴァーからレシーバーへという伝承の物語なのだ。

 ところで、聖書、哲学、記憶といったテーマを盛り込みながら、若者が理想郷の真実を知り、そこから脱出する中で成長していく姿を描くという話は、古くは『2300年未来の旅』(76)、最近では『ダイバージェント』シリーズなどがあり、あまり新味はない。 そして序盤はモノクロで始まり、ジョナスが真実を知るとカラーになるという映像処理も類型的なのだが、昔からこういう映画は割と好きなので点数が甘くなる。

 監督はオーストラリア出身のフィリップ・ノイス。90年代にハリソン・フォード主演のジャック・ライアンシリーズ『パトリオット・ゲーム』(92)『今そこにある危機』(94)などで名をはせたが、以後はテレビに活躍の場を移しており、久々の再会となった。

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【インタビュー】『破裏拳ポリマー』溝端淳平

2017-05-10 08:27:48 | インタビュー

ガッチャマン、キャシャーン、ヤッターマンなどを生んだ
タツノコプロの創立55周年記念作品『破裏拳ポリマー』に主演した溝端淳平にインタビュー。



詳細は
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/interview/1106074

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【インタビュー】『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』クリス・プラット

2017-05-08 11:59:05 | インタビュー

 お尋ね者たちが成り行きで結成したチームが、銀河の危機を救う姿を描いたアクションアドベンチャーのシリーズ第2作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(5月12日公開)に主演したクリス・プラットにインタビュー。



詳細は
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/interview/1105893

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【ほぼ週刊映画コラム】『カフェ・ソサエティ』

2017-05-07 08:37:26 | ほぼ週刊映画コラム
エンタメOVOに連載中の
『ほぼ週刊映画コラム』

今週は

ウディ・アレン流『ラ・ラ・ランド』の趣がある
『カフェ・ソサエティ』



詳細はこちら↓

https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1106756
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