硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

短編 「ストレイ・シープ」

2023-02-13 21:56:44 | 日記
「 これ以上、私の力ではどうすることも出来ません 」

「リノ」の未来の為に力を尽くしてきた、「ナミ」からのLINEは、自身の不甲斐なさと悔しさが滲み出ていた。
僕は、その文面を何度も読み返し、現実を理解しようとしたが、言葉では言い表せない感情を払拭できないまま、色褪せかけていた「リノ」との時間を思い出していた。

事の始まりは、15年位前である。

街路樹の桜が新緑に変わり始めた頃、新入職員として入社してきた「リノ」は、ぎこちない挨拶の後、ちょこんと頭を下げた。
その容姿と立ち振る舞いは、中学生かと思うほど幼く、終始うかない顔をしていた。
それは緊張していると言うよりも、希望を持ち合わせていないように感じた。

当時の介護職員と言う職業は、国主導で立ち上げられた事もあって、「準公務員」であると口にする人がいるほどのステイタスがあり、メディアの後押しもあって、広く認知され、高校や専門学校の卒業と共に就職する若者や、彼らの選択を応援する親もいたが、今思い返してみると、彼女たちの登場位から移ろい始め出したように思う。

ぎごちない挨拶の後、主任から簡単な説明を受け、指導係の職員の下で仕事に入ったが、指導係に任命されたふわふわした少年少女達は、自分達よりも年下で、自分達よりも、やる気なさげな彼女たちに、どう接していいのか分からない様子だった。
僕は、転職してきてまだ日が浅かったので、指導係に任命されなかったが、次第にもどかしさを抑えきれなくなり、作業を手伝いながら、少し手の空いた時を見計らい、さりげなく、「なぜこの仕事と施設を選んだの? 」と、尋ねてみた。
すると、「リノ」は、ためらう事なく、

「介護の仕事は嫌だったけど、先生に勧められたから・・・・・・。」

と、素直に答えた。