それは、初めて質問した時のように、全く淀みの無い返事だった。
「リノ」は、きっと相談を切り出す前から、どうしたいのかはわかっていて、誰かに気持ちを肯定してほしいだけだったのだ。
しかし、仕事の進度は三年経っても、さほど変わらず、「リノ」との夜勤はいつも大変であった。
30床の内の20床の離床ケアを僕が受け持つことが常であり、徘徊者がいる日は、「リノ」に見守りを託して、黙々と他の利用者さんのケアをする事もあった。
これは、僕なりに考えた、とにかく手の遅い「リノ」の気持ちを追い込まない為の禁じ手であったが、他のスタッフに言うべきことでもなかったので、何事もなく仕事を熟していたが、それに気づいたのか、シフトを作成する古株さんと彼は、僕と彼女のペアで夜勤を当たらせる機会を多くしていた。
こちらもそれに気付かない訳がなく、勤務表をもらうたびに心の底で「やりやがったな」と思ってはいたが、すぐに気持ちを切り替え、肯定的に捉え、それならば、少しずつ僕なりの仕事をやり方、考え方について教えていこうと思った。
しかし、「リノ」は彼との夜勤で、僕のやり方で仕事を進めると、「そんなやり方はダメだ」と言われたと言い、とてもがっかりしたが、仕事以外の話となると、とても嬉しそうに、彼と一線を越えた事、これまでの経験の中で一番の快楽を得られたことなどを話す様子を見ていてると、何も言えなくなって、「まぁ、仕事は後からついてくるか・・・。」と、自身をなだめた。
「リノ」は、きっと相談を切り出す前から、どうしたいのかはわかっていて、誰かに気持ちを肯定してほしいだけだったのだ。
しかし、仕事の進度は三年経っても、さほど変わらず、「リノ」との夜勤はいつも大変であった。
30床の内の20床の離床ケアを僕が受け持つことが常であり、徘徊者がいる日は、「リノ」に見守りを託して、黙々と他の利用者さんのケアをする事もあった。
これは、僕なりに考えた、とにかく手の遅い「リノ」の気持ちを追い込まない為の禁じ手であったが、他のスタッフに言うべきことでもなかったので、何事もなく仕事を熟していたが、それに気づいたのか、シフトを作成する古株さんと彼は、僕と彼女のペアで夜勤を当たらせる機会を多くしていた。
こちらもそれに気付かない訳がなく、勤務表をもらうたびに心の底で「やりやがったな」と思ってはいたが、すぐに気持ちを切り替え、肯定的に捉え、それならば、少しずつ僕なりの仕事をやり方、考え方について教えていこうと思った。
しかし、「リノ」は彼との夜勤で、僕のやり方で仕事を進めると、「そんなやり方はダメだ」と言われたと言い、とてもがっかりしたが、仕事以外の話となると、とても嬉しそうに、彼と一線を越えた事、これまでの経験の中で一番の快楽を得られたことなどを話す様子を見ていてると、何も言えなくなって、「まぁ、仕事は後からついてくるか・・・。」と、自身をなだめた。