発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

『ひねもすのたり日記』 ちばてつや 

2018年10月12日 | 漫画など

◆ある家族の博多港引揚

  戦後博多港に引揚げて来た人々が139万人いた。漫画家のちばてつや氏もそのひとりだ。

 ちばてつや氏が満州から引揚げて来た話は「屋根裏の絵本かき」という短編漫画でずっと昔に読んだ。昭和20年、敗戦の冬、引揚げ途中の一家は一時、父親の友人の家の納屋に匿ってもらっていた。父親は滞在中の一家の食糧を確保するため中国人を装い、友人と行商に出掛ける。母親と幼い子どもたちは、納屋の屋根裏部屋でじっとしていなければならない。日本人を匿っていることを周囲に知られると、友人が酷い目に遭うのだ。退屈する弟たちのために、てつや少年は絵本を描き、母はそれを読んできかせた。その冬が漫画家のちばてつや氏をつくったのかもしれないという話だった。

 ビッグコミックに連載中の、ちばてつや氏の『ひねもすのたり日記』には、引揚げの思い出話がたくさん出て来る。「屋根裏の絵本かき」で読んだ話も、前後からもっと詳細に読める。満洲は奉天(現在の瀋陽)の印刷会社構内にある社宅での平穏な生活が終戦とともに一転、流浪の難民となる。大陸の寒さ。移動の厳しさ。乏しい食糧。伝染病。そして恐怖と不安。そのうえ暴力、略奪、食糧と引き換えに子どもを売り渡す誘惑すらやってくる。引揚げ船にやっと乗ったところで命尽きる人もいた。あの戦争が「終わる」ということはかくも過酷なことだった。こんなことがあった、ということは、誰もが知っておいて良いと思う。四人の幼い兄弟を連れて引揚げる若い両親。一家の強い意思と僥倖とが生きて日本の土を踏ませたのだと。第一巻はこの二月に出て、すぐ買ったけど、紹介が今になった。絵の力はすごいなあ。引揚げの様子がすごく伝わってくる。

『ひねもすのたり日記』の終戦から引揚げの記述には、たくさんの人々の姿が描き込んである。一人ひとりがそれぞれの過酷な体験をした。ほかの人びとがどのように引揚げて博多にやってきたのか、ということが知りたくなったら、こちらの本もどうぞ。平和と繁栄は何の上にあったのか、ちゃんと知っておくべきなのだ。

 

 

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