浜松市西区神ヶ谷町に鎮座される「賀久留神社(かくるじんじゃ)」。御祭神は『闇御津羽神(くらみつはのかみ) 、闇淤加美神(くらおかみのかみ)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)、誉田別命、玉依比賣命』。
由緒「延喜式神名帳(九二七年)所載「遠江国敷 知郡賀久留神社である。祭神「闇御津羽神」 「闇淤加美神」の二神は、五穀豊穣、水分、生寿、 福賀、厄除の神である。のち「気長帯比賣神」 「誉田別命」「玉依比売命」を合祭し武運長久、交通 安全、護身の神である。~中略~もと、八幡宮と称していたが改称の儀、明治拾六年 一月許可され、昭和四年七月四日、県社に列格せられる。昭和五年五月、昭和天皇行幸の御時に当社所有宝物の天覧の光栄を賜う。」参道案内より
一の鳥居から若干急な石段参道を進むと前方に、随身門が見えてきました。
こちらの随身門には「唐傘」の彫刻が施されています。何故この場所に「唐傘」の彫刻があるのか・・?特に謂れとかの説明は有りません。
神社名の「賀久留」は、神が隠れ籠もる地という意味ともいわれています。また、本来は雨乞いの神を祀っていたと言う事ですので、唐傘も何かの呪いなのかもと思ってみたり・・・
玉垣の内、御本殿前より神域を守護される狛犬さん一対。離れた位置からのズームなので、あまり綺麗には撮れませんでしたが、良いお顔をされています。阿形さんの頭にあるお団子のような宝珠が個人的にはツボ。
石段の上、拝殿前左右より神域を守護されるのは、いわゆる岡崎型と呼ばれる狛犬さん一対。
岡崎の地名が冠せられていることからも分かるように、岡崎在の6代目:酒井孫兵衛という石工さんが最初に生み出した狛犬。個人的に好みは有るのですが、石工の間では評判が良かったのでしょう。瞬く間に全国の石工さんがこれを手本に狛犬を彫り上げてゆきました。結果・・・狛犬ファンからため息をつかれる存在になったことは何とも皮肉ですが・・(特に中国による岡崎型を模倣した狛犬は、価格の安さもあいまって日本中の神社を席巻し始めた為、その傾向は顕著になりました。)
境内左手には、樹齢800年といわれる御神木の「夫婦木楠」。
「夫婦木楠」の前に『須山長次氏』歌碑。【罪あらば 吾を罰せよ天津神 ひとの悪きは 我が悪きなり】
ちなみにこの歌碑と非常に良く似た文言・・京都伏見稲荷で頂いたお御籤にもありました。(罪あらば我を咎めよ天つ神 民はわが身の生みし子なれば)一説には明治天皇の御製とも云われています。
参拝日:2010年4月17日