旧宍粟郡波賀町(はがちょう)は兵庫県中西部に位置した町です。養父市、山崎町、一宮町、千種町、また県を跨いで鳥取県若桜町に隣接。「波賀」の地名は、西谷村に位置する波賀城およびこの地域一帯の旧里名に由来。豊かな自然に囲まれた町域には日本の滝百選の「原不動滝」や、カエデ・ブナなどの原生林、樹齢200年以上の天然杉などが残された「音水渓谷」があり、ハイカーや自然愛好家に人気のスポットとなっています。「町の木:楓」「町の花:菊」を制定。
明治22年(1889)、町村制の施行により、宍粟郡西谷村・奥谷村が発足。
1956年、宍粟郡西谷村・奥谷村が合併、宍粟郡波賀町が発足。
2005年、宍粟郡一宮町・千種町・山崎町と合併。宍粟市波賀町となりました。
マンホールには周囲に「町の木:カエデ」。内側上下に「町の花:菊」と「引原川の鮎」がデザインされています。(画像提供:義姉)
昭和34年9月1日制定の町章は「「波賀」を図案化したもの」
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宍粟郡千種町(ちくさちょう)は兵庫県中西部に位置した町です。山崎町、波賀町、佐用町、南光町、また県を跨いで岡山県美作市、西粟倉村、鳥取県若桜町に隣接。「播磨国風土記」に、古くは神々が腰を下ろす場を意味する「敷草村」と呼ばれ、また古来より千種鉄の生産地として発展し、古くから千種鉄(宍粟鉄)の産地として発展してきました。千種鉄は上質なことで名をはせており、今も町域にはたたら製鉄所跡が残されています。「町の木:杉」「町の花:ドウダンツツジ」を制定。
明治22年(1889)、町村制の施行により、宍粟郡千種村が発足。
1960年、千種村が町制を施行、宍粟郡千種町となる。
昭和39年1月1日制定の 町章は「全体で千種の「千」を表わし、下部の円形は町民の融和と協調性を表現し、上部の翼で町の飛躍発展を象徴しています。」旧公式HPより
(画像提供:義姉)
千葉にも生方、草深、富津などがあります。
久しぶりに図書館へ自転車で行き、往復の道で各種マンホールを観察し ( 楽しみ ) ました。意外と色々な種類がありました。制水弁、排水弁、消火栓、排水栓、汚水、汚など、大小様々、暗記したつもりでしたが、家に帰ると忘れてしまいました。
一番大きなものが汚水マンホールで、汚水と書かれていたり、汚だけ書かれていたりしました。MD、MD-5の二種類があり、真ん中に市の花である桜の花びらが4片描かれていましたが、それ以外は目につく模様がなく、私の住む市の職員の方たちは、マンホールに力を入れていないことがわかりました。
千葉県では、木更津の「しょしょ寺の狸囃子」が可愛くて大好き。
大網白里なんて旭日のデザイン
某国の旅行客が、酷い悪戯をしたとかしなかったとか(笑)
それを踏まえて、超お気に入りの部類!
onecat様のご当地マンホール
桜の花びらが4片と言うと、私が想像していた地域とは違っていますね
きっとあの地域にお住まいだろうと勝手に想像して楽しんでいたのですが、残念(^^;)
年度末を控えて本業が忙しくなる中、この週末に2件のダム見学会を企画しその準備。加えて実家の母がコケて骨折して入院ということで身体が四つくらいほしい今日この頃。
写真整理は北海道の入口で止まったままでブログの更新も大幅遅延。
フォローしているブログもいいねを押すだけでコメントする余裕もございません。
ということで明日から今月いっぱいは外出となりますが、こちらのブログは欠かさず拝読させていただきます。
次の更新は12月に入ってから…ああ、忙し!笑
それに加えて週末二件のダム見学会の企画
あれもこれも、しなければいけない事が沢山。
こんな時、私には
お体に気を付けて下さい・・くらいしか言えません。
来月に紹介して頂く新しいダム
楽しみに待っていますね。