旧阿武郡旭村(あさひそん)は山口県の北中部、萩市中心部と山口市のほぼ中間の山間部に位置した村です。萩市、山口市、阿東町、川上村、美東町に隣接。四方を山地に囲まれており、阿武川支流の佐々並川、明木川の流れに開けた平野に明木と佐々並の集落がありますが、それ以外はほとんど非可住地。また二つの地区の間には山地があり、両地区ともそれぞれの300~ 400m級の山に囲まれています。
江戸期に、萩藩主毛利氏が参勤交代で萩から三田尻(現・防府市)に移動するために建設された萩往還沿いに、明木・佐々並の各宿場町が発展してきました。「旭村史」に村名の由来として「古来から日本の国を表徴するに、最も由緒深い旭に因み、万象を照らし、旭日昇天の如き村の発展を祈念して、本村名を命名した」とあります。「町の木:ヒノキ」「町の花:ツツジ」を制定。
旧キャッチフレーズは「見て 触れて、溢れる自然に出会うむら」
明治22年(1889)、町村制の施行により阿武郡明木村・佐々並村が発足。
1955年、明木村、佐々並村が合併、阿武郡朝日村が発足。
2005年、萩市・須佐町・川上村・田万川町・むつみ村・福栄村と合併、萩市となりました。
明木市(あきらぎいち)地区・集落排水マンホール。萩市の案内に「明木農集の特徴は、太陽光パネルによる発電で施設の電力を賄っている点です。 旧旭村時代に遡れば、旭の語源が「朝日」だったため、太陽ではなく、朝日ともとれますが、 設置当時のパンフレットからも太陽光発電が根拠であるものと思われます。」と記載。 外周に村の花ツツジ。 「明木市」「集排」の文字。
昭和44年(1969)12月制定、翌、昭和45年4月1日に再制定された村章は「「ア」を円形に纏めたもの」。
佐々並地区ゆるキャラ『ささみん』。1800年頃に萩往還の宿場町である佐々並の特産として作り始められた「ささなみ豆腐」から生まれました。
撮影日:2012年11月12日
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萩市と合併した「旧川上村」「旧福栄村」は未訪問の為、マンホール画像はありません。
「旧田万川町」は「道の駅ゆとりパークたまがわ」に立ち寄りましたが、付近にマンホールは発見できず。
また「旧むつみ村」は、「道の駅むつみ うり坊の郷 katamata」に立ち寄りましたが、付近にマンホール類は発見できませんでした。
訪問日:2012年11月10日
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🍀明日は明木に鎮座される「明木(あきらぎ)神社」の紹介です。
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