奈良井宿の宿場歩きは行ったり来たりの繰り返し、だから後で写真を見返しても建物の位置関係はまるで滅茶苦茶。まぁ、自分たちが納得できているので良いのですが、間違っても宿場歩きの参考にはなりません😅
ご亭主殿が気に入って何枚も画像に残した「徳利屋さん」。昭和初期まで旅籠として使われていた建物で、市の有形文化財に指定されています。宿場情緒たっぷりの建物は資料館を併設した食事処となっており、多くの人が出入りしていました。
二階の出粱(だしばり)づくり、鎧庇(よろいびさし)などに、典型的な民家の様式を残す建物は、塗櫛の問屋を営んでいた「中村家住宅」。天保年間の建物で、同じく市の有形文化財。
文政元年(1818年)創業の老舗の旅籠「御宿 伊勢屋」。江戸時代には脇本陣、下問屋を務めた家柄で、現在の建物は江戸時代末期の建築です。
「国重要文化財:手塚家住宅・上問屋史料館」は天保11年(1840)の建物で、近世を通じて宿の問屋役、庄屋役を断続的につとめた家柄です。明治時代に入ると奈良井駅郵便御用取扱所となり、昭和48年まで郵便業務を取り扱っていました。
明治13年の明治天皇御巡幸の際には行在所をつとめ、またその際にお昼を召し上がられたというお部屋も保存されているそうです。
馬籠・妻籠でも紹介した郵便局。片手落ちにならないように、奈良井宿の郵便局はこんな感じで、旧本陣跡の奥にあります。
ご亭主殿が立っているあたりが「本陣」の場所ですが、今は駐車場になっているようで、一応「本陣跡」と書かれた標柱が立てられています。
奈良井宿のちょうど真ん中辺りに、日本一標高の高い蔵元「杉の森酒造」があります。車泊で見知らぬ土地に行くたびに、その地方でしか味わえない地酒を買い求めるのを楽しみにしているご亭主殿。いそいそと店内に😄
寛政5年創業の看板と見事な造形美を見せる杉玉。2014年の再訪でこちらに寄るのを楽しみしていた御亭主殿でしたが、すでに休業されており、その願いは叶いませんでした。
とても!とても良い雰囲気の「珈琲処 つちや」さん!
開店時間にはまだ少し早いみたい、じゃぁこのまま先まで行って、帰りにちょっと優雅にお茶しましょうね😊
ご亭主殿が試案深げに立っているのは、上町と中町の間に設けられた「鍵の手」。宿場内に道の屈曲を作り、敵の直進を防ぐ為に設けられたもので、妻籠・馬籠で見た枡形と同じ性質を持たせています。
鳥居の奥に祀られる「荒沢不動尊」
馬籠宿以来の「双体同祖神」。同祖神は「道の向こう」より侵入する疫病や災いなどを防ぐ神として、主に道の境や村の辻などに祀られますが、こうした双体神の場合は夫婦和合の意味合いもあると言われています。
鍵の手の水場
注連縄が巻かれた松の巨木は、津島神社の御神木の赤松。その前に万延元年(1860)建立の庚申塔・祠・金比羅大権現の石碑が並びます。
観光客の姿が無い上町の佇まい。この静かな一画も、あと少ししたら賑やかなさざめきに包まれる筈。
さぁ、観光客の少ないうちに、何よりも歩き過ぎてへたばってしまう前に😓 予定に組み込んだ奈良井宿の神社参拝しなくちゃね。
と言うことで明日は「木曽路を行く・奈良井宿~其の三鎮神社」に続きます。
訪問日:2010年10月3日
街並みも宿も良かったです。
ただ、翌日の鳥居峠越えが不安でしたが、実際にはそれ程苦労無く峠越え出来ました。
旧中山道歩き・・・きっと沢山の「ステキ」を発見された事と思います。
鳥居峠は少しだけでも足を踏み入れたかったのですが、諸事情に鑑みて断念しました(^^;)
峠越えの様子などまた是非聞かせてください