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歌い初めと意外なカラオケ効果

2006-01-02 22:43:00 | 徒然なるままに
1月2日PART2

今年も新春家族カラオケ歌合戦をやってきた。

賞金図書券500円をかけて自慢ののどを競い合った。
前回は不覚にも1点差で、長女と長男が同点で私を抜き、図書券1000円分を奪われてしまった。
今回も、更にグレードアップした得意なナンバーで熾烈な戦いを繰り広げる長男・長女。
私も負けじと「十八番」で挑戦するが、採点は伸び悩み。
途中から賞取りレースは半ばあきらめて、今回はユーミンシリーズで懐かしい歌を楽しむことにした。

フリータイムとはいえ、3時間歌いまくり、その結果は・・・!
なんと、最後の最後で私がダントツトップに躍り出て優勝してしまった。
曲名はユーミンの『翳り行く部屋』
自分でも意外だったが、気負わずに素直に歌ったのがよかったのだろうか・・・。
他の歌のほうがが自信はあったのに結果がいまいちだったのは、きっと気持ちが入りすぎていたからかもしれない。

冬休みに入って10日間も授業をやっていないから、喉も休まって声が戻ってきたものの、音域は戻りきれていない。
コーラスの声はしばらくは無理かなあ・・・。

帰り、図書券の代わりにラーメンをご馳走して帰ってきた。

カラオケといえば、年末に学校の忘年会の2次会でも歌った。
そのときはやたら昔のアニメの歌や、懐かしい歌謡曲を歌った。
何年も歌ってなくても結構覚えているもので、みんなで大盛り上がりだった。
そのとき、つくづく思った。
若い子の歌や今流行の歌を歌っても若返らないけれど、若い頃の歌を歌った瞬間若返るということを。

そういえば、中学の同級会で自分たちが中学時代に流行った歌のメドレーをみんなで歌いまくったときは、みんな10代に戻っていたもんね~。

昔『歌のアルバム』という歌番組があったが、私の歌のアルバムはバラエティーに富んでいるほうだと思う。

去年、2年生のCDジャケットデザインをやるときに、カラオケに連れて行って、長男長女に今流行の歌をたくさん教えてもらった。
そのおかげで生徒たちの歌に対するイメージがつかめて、アドバイスも採点もしやすかった。
私も新しい今時の歌をずい分覚えたし。

カラオケ効果をもうひとつ。
年頃になって、趣味も行動もそれぞれになってしまった子どもたちは、食事と共通の見たいTVをやっている時間以外は、自室にこもりがちで、家族の会話はぐっと減ってしまったように思う。
でも、カラオケでは話が弾み、順番を守ったり、お互いの歌に拍手したり、興味を持ったり、一緒に歌ったりと、結構いい感じのコミュニケーションが取れている。
ストレスも解消できて一石二鳥だ。
これなら、1ヶ月に1度はみんなでカラオケに行くって言うのも、家族のコミュニケーションになるなあ・・・。
これって、グッド・アイディアだと思いません?!

初夢と漢字?

2006-01-02 12:57:00 | 徒然なるままに
1月1日から2日にかけてみる夢のことを初夢という。

「一富士・二鷹・三茄子」
とは、かの徳川家康が夢に見たいほど好きなものだったとか。

さて、私の今年の初夢は・・・
起きる前までは鮮明に覚えていたはずが・・・・。
今、思い出せるのはやたら「漢字」がたくさん出てきた印象が強い。

これは、今、3年生に「篆刻」を教えているせいだろうか?
昨日も早速「篆刻」で捺印した年賀状を送ってくれた生徒がいて、すごくうれしかった。

年末の「3年B組 金八先生」の最終回で、卒業記念に教え子「一文字の贈る言葉」を送るシーンが印象的だった。
前回のシリーズでも、生徒一人ひとりの名前の文字の由来から、その子に合った贈る言葉をかけていた。

金八先生は国語の先生だけに、漢字の持つ意味からのメッセージは、とても説得力があった。

今回、授業で「篆刻」をやるに当たり、驚いたことがある。
子どもたちは、ひらがなやカタカナが元は漢字から生まれたということを知らないのだ。
200人中、知っているのは10人に満たなかった。
ひらがなは草書体から。カタカナは「つくり」から。
漢字自体、象形文字や亀甲文字などから生まれたり、へんやつくりにもそれぞれ意味があり、その組み合わせにも物語があることも知らない。
日本の慣用句や、当て字に至っては・・・。

漢字検定を一生懸命受けて級を取るのも大事だが、文字のルーツを知るというのは無駄な知識にはならないと思うのだが・・・。

美術と漢字をリンクさせるには縁遠いようだが、そんなことはない。
この学年は、1学期に「言葉をデザインする」という課題に取り組んだ。
それまでに学習したデザインの手法(マーブリング(絵の具流し)・スパッタリング(霧吹き)・デカルコマニー(はがし絵)・ドリッピング(吹き絵)・スクラッチ(削り絵)・スタンピング・ぼかし・にじみ・ローラーテクニックなどの中から三種類を使って構成するというものだった。

そのとき、漢字一文字から受けるイメージや、その文字にこめたメッセージをデザインしてもいいかというリクエストにOKを出したところ、すばらしい作品がたくさん生まれた。

今回の篆刻のテーマは、「自分自身を表現する自分らしい文字」。
篆書体にこだわらず、絵文字でもローマ字でもOK.
35mm画に込められた自分らしい文字のデザイン。
朱文で行くか白文で行くか・・・。
捺印したときの紅白の色のバランスも、センスが必要になる。
下書きの時点でも結構いいデザインが生まれそうだった。

ところが、私もそうなのだが、ひらがなやカタカナの生徒は篆書体でデザインするときにはどうしたらいいか。
そこで最初の話に戻るのだが、カタカナひらがなの元の文字にに戻ってデザインするのだ。
でも、もともとひらがなもカタカナも音読みから来る「当て字」だから、文字自体に意味はない。
そのまま参考にするもよし。自分なら違う文字を当てたかったらそこからデザインするもよし。
「自分らしい文字」として。

篆書体の中に「金文」という象形文字に近い書体がある。
子どもたちは文字のルーツに非常に関心を持ったようだ。

今回は、柱の部分にも彫刻を施したり、最後は水墨画を描き、自分の印を捺印するところまでやる予定だ。

12月いっぱいだった任期が3月まで延期になることを発表したのは終業式だった。
放課後、子どもたちが美術室に挨拶に来てくれた。うれしかった。
卒業までの2ヶ月弱。
みんなが自分で納得がいく作品を作り上げられるよう、最後まで授業が出来るチャンスに深く感謝してがんばろうと思う。

ちなみに、1年生はデザインの手法を生かしたブックカバーデザイン。
2年生は土器作り。
皆、3学期の授業を楽しみにしていてくれる。


中学校の場合は少ない時数と学校行事とのせめぎあいの中で、達成感を持たせる作品作りと指導はすごく難しい。
全員が企画どおり、見本どおりの作品を仕上げる「技能」ではなく「創造性・発想力」での評価のほうが重要な教科だ。
忘れ物・未提出者も多く、もともと美術が苦手な子も多い。

1年間、週に1コマ(50分か45分)あるかないかの授業時数で何を教えればいいのか。教えなければならないこと、出来るようにさせたいことは山ほどあるのに・・・。
赴任当初はいろいろ悩んだが、大切なのは、美術好きな子を増やすこと。
「好きさえ物の上手なれ」

疲れたとき、落ち込んだとき、自信をなくしたとき、私を励ましてくれたのは、自己評価カードに生徒たちが書いてくれる
「最初は難しかったけど達成感が持てる作品です」
「この作品、大事にします」
「またやってみたい」
「今度はどんな作品をやるのですか」
というメッセージだった。
また、鑑賞カードに書き込まれたほかの生徒たちの作品への暖かいメッセージだ。

来た当初のアンケートでは、「美術が嫌い」「苦手」「面倒くさい」「面白くない」という回答が半数以上だった。
3月に同じアンケートをとったらどんな回答が帰ってくるだろうか。
怖いような、楽しみなような・・・。

私が教えられるのは美術の世界のほんの入り口部分。
そこから自分の可能性を伸ばしていくのは生徒自身。

いつか、校長先生に言われた。
「期間は短くても、生徒たちの記憶に残る授業をしてくださいね。クラーク先生のように。」
私など、クラーク先生の足元にも及ばないが、先生の教育理念には敬意を抱いている。

私は教育現場に立って、教えるというよりは、私自身教えられることのほうがはるかに多い。
子どもたちからもたくさん教えてもらったり、励まされたり、刺激を受けることが多い。
教育とは「エヂュケーション」可能性を引き出すこと。
私は、今までやってきた、引き出しの奥にしまいこんでいた経験を総動員して教えている。
子どもたちによって、私自身の教師としての可能性が引き出されているのだと思う。

かつて背景の上司に
「腕に貯金しろ」
といわれた事がある。
貯金は知らないうちに「利息」がたくさんついていた。
それを子どもたちに「配当」すると、もっともっと「貯金」は増えているような気がする。
昔の他人はよく言ったなあ。
「若い頃の苦労は買ってでもしろ」

今の大変さもきっと何年か後の自分に大きく帰ってくる。
今、いい教師を演じるのではなく、何年か後にでも思い出してもらえる、記憶に残る人生に役立ててもらえる授業をしよう。

これが私の今年の初夢だ。

長文になってしまった。ここまで読んでくださった方に感謝!