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交流

ソーランと「ハリー・ポッター」と

2006-01-05 23:23:00 | 徒然なるままに
1月5日

今日は年休を取って、ソーランの新年会に参加し、夕方からは子どもたちを連れて「ハリー・ポッター」を見に行った。

ソーランは、去年から取り掛かってきた新曲を5月1日の佐倉時代祭りに向けてがんばろう!という意思を確かめ合うような会だった。
お母さんたちの決意を込めたユニークな書初めや、男の子たちのマジックや女の子たちのクイズ、手作りのお汁粉をいただきながら楽しく過ごした。
踊り初めは今度の木曜日。
今年はできるだけ時間を作って練習に参加できるようにしたい!

「ハリー・ポッター」はなかなか面白かった。
ハリーもロンもハーマイオニーもみんな大きくなってお年頃~って感じで。
今回も見所いっぱいで、映像の面白さは満喫できたが、原作を読んでいない私は???がいっぱい。
DVDが出るまで原作をよく読んで、もう一回見てみようっと。


ごほうびはんこ

2006-01-05 00:43:00 | 徒然なるままに
1月4日

仕事始め。
今日は年末に遣り残した、子ども県展の出品作品の掲示と評価カードのチェックをした。

生徒たちの作品が、階段の踊り場や、廊下の掲示板に掲示されたり、ガラスケースに展示されるようになって、学校が明るく活気付いて見えると先生方からも好評だが、生徒たちも楽しみにしてくれている。
掲示されたり、展示される生徒にも、いい励みになっているようだ。

3学期もいい作品が生まれたらどんどん発表してあげたい。

評価カードに、早速先日買ってきた「トトロはんこ」を押した。
本当は自分で彫ったオリジナルはんこを・・と思っていたのだが、あまりの可愛さに思わず買ってしまった。
花丸も、コメントも確認印もいいが、一目で分かる合格はんこもいい!
なんといっても、押している自分が楽しい!
がんばった子には「やったね!」はんこ。
ちゃんと感想が書けている子には「ばっちり」はんこ。
眼の付け所がよかったり、なかなかのコメントがかけていたら「すごいぞ!」はんこ。
反省ばかりで落ち込んでいる子には「ふぁいと!」はんこ。
どれも可愛いトトロが彫ってある。

603人もの生徒を一人ひとり覚えて平等に指導するなんて、神業みたいなことは不可能だ。
でも、何とか取りこぼしのないよう、授業中は無理でもメッセージを伝え合うことはできるだろう。
そう思ってはじめたカード提出だったが、実際、見るだけで精一杯で、一人ひとりにコメントを書いていると帰りは毎日9時過ぎになってしまう。
家に持ち帰ると毎日が徹夜だ。
そこで、簡単なメッセージつきのはんこを作ろうと以前から思っていたのだった。
ただのABC評価だけでは味気ないもの。

子どもはいくつになってもいつの時代でも、ご褒美シールやはんこが大好き。
私もこれで作業の簡略化と生徒の意欲向上に効果が出てくれればうれしいし。

「誰も知らない」を見て・・・

2006-01-05 00:13:00 | 徒然なるままに
1月3日

なんとも年の初めから、重く、切ない映画(DVD)を見たもんだ。

「誰も知らない」
カンヌ国際映画祭をはじめ、フランダース(ゲント)国際映画祭、シカゴ国際映画祭などで、各賞を受賞し、各国の映画祭に招待され、もちろん、国内でもブルーリボン賞など各賞を総なめにした映画。

ストーリーがあるというよりは、ドキュメンタリータッチの映画だった。

自分の幸せを求める母親は、アパートに父親の違う兄弟4人を残し、姿を消してしまった。
最初のうちこそ、送金もしてくれて、6年生の長男は家賃や光熱費を払い、兄弟の食事も用意していたが、クリスマスに帰るはずの母は、正月になっても、春になっても帰ってこない。
学校にも行かせてもらえない子どもたち。
長男の友達は皆中学校に進学。
校門の前にたたずむ長男が切ない。

やがて夏を迎えるが、電気もガスも止められた部屋は荒れ放題。
公園の水を汲み、公園で用を足し、公園で洗濯をし、頭を洗う。
食事はコンビニの売れ残ったものを分けてもらう。
扇風機もクーラーもない熱帯夜を、子どもたちは母の帰りをひたすら信じて待ち続ける・・・。

長男が始めて野球チームに混ぜてもらって、思い切り楽しんでいたとき、妹は怪我をした。
その妹を医者に診せる金もなく、誰かに助けてもらうこともかなわず、翌朝、妹は冷たくなってしまっていた。

子どもたちだけでお葬式をし、大好きだった「アポロチョコ」をたくさん持たせてスーツケースに妹を納め、飛行機の離発着が見える羽田の地に葬る。

これが、豊かな国日本で起きていることなのだろうか。

子どもたちは無邪気にしかし真剣に戦っていた。
生きるために。
兄弟、寄り添いながら、誰にも知られずに・・・。
いや、わずかな人たちは知っていた。
施設に行くことや行政の保護を受けることを勧めてくれる人もいたが、それは断った。
以前にも同じようなことがあって、大変な目にあい、またそうなれば、4人の兄弟は離れ離れになるから・・・。

子どもたちは、ひたすら母を信じて待ち続けていた。
家賃も滞納していたが、大家さんは追い出さなかったことがせめてもの救いだった。

母親からの送金があったのは、妹を羽田に葬って来た日だった。
長男に対して、
「頼りにしてるからね。兄弟たちを頼むね」
というメッセージが添えてあった。

この映画のキャッチコピーは
「生きているのは、おとなだけですか」

溢れんばかりの物の豊かな世界で、栄養失調になり、教育も受けさせられず、生きる戦いを余儀なくさせられている子どもたち。
この子達にも幸せになる「権利」はあるはず。

この子達に本当に必要なのは、「お金」ではない。
何も心配せず、ぐっすりと眠りにつくことが出来る「安心」だ。
自分は愛されているという「安らぎ」だ。

長女が母親のたんすの中に閉じこもって、母親の服に身を包んでいるシーンに胸が詰まった。
お金がなくなって、どうせ帰って来ない母親の服なんか売ってしまおうという兄を懸命に止める長女。
いつかピアノを買うとためておいたお年玉を生活費に差し出す長女。
痛々しくてたまらなかった。

お母さんはきっと帰ってくるから駅に迎えにいくといって聞かない妹の手を引き、何時間も駅で待つ長男。
「いつかモノレールに乗って飛行機を見に行こう」
その約束が悲しいかたちで果たされることになる。

とりとめのない文章になってしまったが、私も正直、何もかも投げ出したくなってしまうことだってあるが、どんな事があっても子どもを置いていくことはできない・・・。

昔、「時には母のない子のように」という歌が流行った。
私は子供心に、なんて怖くて悲しい歌だろうと思って、泣きながら聴いていた。

映画は「現在進行形」で唐突に終わった。
でも、あの子どもたちの屈託のなさ、無邪気さになんだか救われるような思いがした。
あの子達はけして一人ではない。
兄弟よりそって、助け合って、たくましく成長していってほしいと願わずにはいられなかった。

子どもたちと実際に1年半一緒に生活しながら撮り続けたというだけあって、演技とはいえないような自然な表情やしぐさが光る映画だった。

この映画が、どんな映画だったのか、出演したこの子達が大人になってどう受け止めるのだろうか。
カンヌの赤いじゅうたんをフラッシュを浴びながら歩き、上映後、鳴り止まない盛大な拍手を贈られた興奮は、生涯忘れられない宝物になることだろう。