11月6日(金)
昨日は、さすがに疲れた。病み上がりとはこういうことを言うのだと思い知った。
夏休みやG.W明けの仕事とは違うと思った。
取り合えず、授業と作品展への搬入の準備作業はこなしたが、もう、咳き込みはひどく、咳をするたびに先週打った頭や首や腰に響いて、よほど顔色が悪かったのか同僚や生徒達にずいぶん心配をかけてしまった。
家にたどり着くなり、立てなくなって横になった。末娘が暖めてくれたシチューを少し頂いて咳止めを飲み、そのまま床についてしまった。
今朝は、多少咳は残るものの、たっぷり寝たせいか大分回復し、何とか仕事はこなせたと思う。
今日は、市民文化祭の作品搬入の日。
本当はたくさん展示してあげたいし、少しでも良い作品に仕上げさせたくて、夏休み明けから頑張ってきたのに、最後の詰めで私がインフルエンザで1週間も授業を休んでしまい、生徒達には迷惑をかけてしまった。全体で3分の1ぐらいの生徒しか仕上げて提出することが出来なかった。
3年生は成績や内申点もかかっているので必死だ。
昨日は2年生も残って仕上げていたが、今朝は登校時間から家で頑張って仕上げてきた生徒に、追いかけられ続きだった。
搬入に出かける30分前は、美術室は『ブザー・ビート』を決めようと、皆で必死に仕上げに来ていた生徒でごった返していた。
今日の提出に間に合わなかった生徒は、土日に持ち帰り9日の放課後提出。翌10日の市内図工美術作品展への出品を目指して頑張って仕上げてくるように言った。
今まで『締め切り』や『全員提出』と言う意識があまり無かったのか、なかなかエンジンがかからなかった生徒達が、次々に出来上がってきたクラスメイト達の作品を見て、ようやくお尻に火がついたという感じだ。
私は、どうしても、期日で切って、
「後は自分で仕上げなさい。今の時点での仕上がりで成績は付けておくから」
と言うふうには出来ないのだ。
たとえ、成績を付ける期日は過ぎてしまったとしても、必ず全員完成させ、提出させる。
そして、全員で全員の作品を鑑賞する。
と言うスタンスを崩さずにきた。
先生方の中には、
「苦手な生徒には苦痛を与えるだけだから、ある程度で切って、課題から開放させてあげるべきだ。」
「5教科ならまだしも、美術でそこまでやらせる必要はあるのか」
「早くできた上手な生徒の作品だけ展示したほうが見栄えが良い」
挙句の果てに
「あまり、美術にはまらせないで。美術に逃げて勉強しない生徒もいるから」
「美術なんていらない教科だよね。大体、他人に絵が上手いだのと評価されること自体、大きなお世話だし」
と言う人たちもいる。
これらは、かつての上司や同僚達から直接言われた言葉だ。
そのたびに凹み、潰されて、自身を失いかけ、自分は教師に適していないのではないかと追い詰められて来たが、捨てる神あれば拾う神もいて、励まし、私のやり方を理解し、協力してくださる上司や同僚もたくさんいた。
何より、生徒達自身や、保護者、生徒達の作品を見た多くの方達からもたくさん励まされてきた。
ただ、賛成意見ばかりに耳を貸すのではなく、反対意見の中にも私に足りない配慮や課題があることは確かなのだ。
耳障りの良い言葉だけを聴くのではなく、辛口のアドバイスにも耳を傾けるようにしたいと思っている。
今回、自分がインフルエンザにかかって作品提出に影響が出てしまったことは、大いに反省しなければならない。
カッターやはさみを使う作業を自習に出来ない以上、普段からの刃物の取り扱いについての指導と、私自身の体調管理をもっと徹底しないといけないと言うことを反省した。
特に3年生は次回から『篆刻』に入る。
印刀を使わせるからには、こちらも、首をかけ、体を張るぐらいの覚悟で臨まねばならない。
去年の生徒達からは
「篆刻での刃物の扱い方のご指導は、これから生きていく上でもとても大切なことを学ばせていただき、ありがとうございました。ぜひ、来年の3年生にも、篆刻の授業をさせてあげてください」
と言うメッセージをもらった。
本当にありがたいことである。
さあ、今年の3年生は、どんな『一生物のはんこ』を作ってくれるか、楽しみだ。
今日は、遅れた息子の誕生祝と、私の快気祝い、市民文化祭作品搬入完了を祝しに、回転寿司に食べに行った*(ウニ)**(トロ)*。
長女は今日から仕事で沖縄。いいなあぁ~*(椰子)*
昨日は、さすがに疲れた。病み上がりとはこういうことを言うのだと思い知った。
夏休みやG.W明けの仕事とは違うと思った。
取り合えず、授業と作品展への搬入の準備作業はこなしたが、もう、咳き込みはひどく、咳をするたびに先週打った頭や首や腰に響いて、よほど顔色が悪かったのか同僚や生徒達にずいぶん心配をかけてしまった。
家にたどり着くなり、立てなくなって横になった。末娘が暖めてくれたシチューを少し頂いて咳止めを飲み、そのまま床についてしまった。
今朝は、多少咳は残るものの、たっぷり寝たせいか大分回復し、何とか仕事はこなせたと思う。
今日は、市民文化祭の作品搬入の日。
本当はたくさん展示してあげたいし、少しでも良い作品に仕上げさせたくて、夏休み明けから頑張ってきたのに、最後の詰めで私がインフルエンザで1週間も授業を休んでしまい、生徒達には迷惑をかけてしまった。全体で3分の1ぐらいの生徒しか仕上げて提出することが出来なかった。
3年生は成績や内申点もかかっているので必死だ。
昨日は2年生も残って仕上げていたが、今朝は登校時間から家で頑張って仕上げてきた生徒に、追いかけられ続きだった。
搬入に出かける30分前は、美術室は『ブザー・ビート』を決めようと、皆で必死に仕上げに来ていた生徒でごった返していた。
今日の提出に間に合わなかった生徒は、土日に持ち帰り9日の放課後提出。翌10日の市内図工美術作品展への出品を目指して頑張って仕上げてくるように言った。
今まで『締め切り』や『全員提出』と言う意識があまり無かったのか、なかなかエンジンがかからなかった生徒達が、次々に出来上がってきたクラスメイト達の作品を見て、ようやくお尻に火がついたという感じだ。
私は、どうしても、期日で切って、
「後は自分で仕上げなさい。今の時点での仕上がりで成績は付けておくから」
と言うふうには出来ないのだ。
たとえ、成績を付ける期日は過ぎてしまったとしても、必ず全員完成させ、提出させる。
そして、全員で全員の作品を鑑賞する。
と言うスタンスを崩さずにきた。
先生方の中には、
「苦手な生徒には苦痛を与えるだけだから、ある程度で切って、課題から開放させてあげるべきだ。」
「5教科ならまだしも、美術でそこまでやらせる必要はあるのか」
「早くできた上手な生徒の作品だけ展示したほうが見栄えが良い」
挙句の果てに
「あまり、美術にはまらせないで。美術に逃げて勉強しない生徒もいるから」
「美術なんていらない教科だよね。大体、他人に絵が上手いだのと評価されること自体、大きなお世話だし」
と言う人たちもいる。
これらは、かつての上司や同僚達から直接言われた言葉だ。
そのたびに凹み、潰されて、自身を失いかけ、自分は教師に適していないのではないかと追い詰められて来たが、捨てる神あれば拾う神もいて、励まし、私のやり方を理解し、協力してくださる上司や同僚もたくさんいた。
何より、生徒達自身や、保護者、生徒達の作品を見た多くの方達からもたくさん励まされてきた。
ただ、賛成意見ばかりに耳を貸すのではなく、反対意見の中にも私に足りない配慮や課題があることは確かなのだ。
耳障りの良い言葉だけを聴くのではなく、辛口のアドバイスにも耳を傾けるようにしたいと思っている。
今回、自分がインフルエンザにかかって作品提出に影響が出てしまったことは、大いに反省しなければならない。
カッターやはさみを使う作業を自習に出来ない以上、普段からの刃物の取り扱いについての指導と、私自身の体調管理をもっと徹底しないといけないと言うことを反省した。
特に3年生は次回から『篆刻』に入る。
印刀を使わせるからには、こちらも、首をかけ、体を張るぐらいの覚悟で臨まねばならない。
去年の生徒達からは
「篆刻での刃物の扱い方のご指導は、これから生きていく上でもとても大切なことを学ばせていただき、ありがとうございました。ぜひ、来年の3年生にも、篆刻の授業をさせてあげてください」
と言うメッセージをもらった。
本当にありがたいことである。
さあ、今年の3年生は、どんな『一生物のはんこ』を作ってくれるか、楽しみだ。
今日は、遅れた息子の誕生祝と、私の快気祝い、市民文化祭作品搬入完了を祝しに、回転寿司に食べに行った*(ウニ)**(トロ)*。
長女は今日から仕事で沖縄。いいなあぁ~*(椰子)*
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