深川不動堂を参詣後、永代寺をお詣りする。江戸六地蔵の一つである。深川不動堂から永代通りに向う通りある。
江戸六地蔵とは、江戸に入る各街道の入口に造立された青銅製の地蔵座像である。品川寺(東海道)、山谷東禅寺(奥州・日光街道)、四ッ谷太宗寺(甲州街道)、巣鴨真性寺(中山道)、深川霊巌寺(水戸街道)、深川永代寺(千葉街道)をいう。
しかし、永代寺については問題がある。明治の神仏分離期に消滅したからである。永代寺はもともとは富岡八幡宮の別当寺だった。六地蔵の地蔵座像は、今の富岡八幡宮の鳥居の前にあったという。
神仏分離で、永代寺の住職は、僧侶を辞め、富岡八幡宮の宮司になり、永代寺は廃寺となった。
永代寺の境内は広く、今の深川公園はもとは永代寺の敷地だった。そこに深川不動堂が建てられたのだ。
永代寺はなくなったが、その名を惜しむ声が多く、もともとは吉祥寺という名の寺院を永代寺とした。これが現在の永代寺である。名を受け継いだことになる。
これで江戸六地蔵と云えるのかどうか、疑問があるが、巣鴨の真性寺で江戸六地蔵のご朱印を見たことがあり、そこに、この永代寺のご朱印があったから、江戸六地蔵を受け継いでいると認められているのだろう。