3月25日、都庁では自粛規制発令を出すかどうかを、
眉に縦皺を深くしていた時、
のほほ~んと、岐阜県美濃市で、写真を撮っていた河童。
ドジ猫トムと、さといネズミのジェリーが結託して、
ファイルを隠し、ブログの主役になったここ4~5日。
スパゲティー10本ばかりと鰹節の餌で、
まんまと、陽の目を見ることに・・・。
まんまと、陽の目を見ることに・・・。
👇この道、馬が行き交う旧郡上街道を、
登ってきた飛騨の匠が、地蔵坂峠で、
登ってきた飛騨の匠が、地蔵坂峠で、
うたたねをして夢を見た。
👇夢の中の六角堂の話を、
高山山麓、長良川を見下ろす、
👇寺、鹿苑寺の和尚に話をしたら、
「たしか昔は、六角堂があった」と、
「たしか昔は、六角堂があった」と、
「そしたら、おいらが明日の昼まで、作ってやる」と、
嘘のような話で作ったのが、立花六角堂。
平面は六角形で周囲に縁をめぐらし、
柱は円柱、斗組(ますぐみ)は三斗(みつと)、
屋根は桧皮葺のお堂。
平面は六角形で周囲に縁をめぐらし、
柱は円柱、斗組(ますぐみ)は三斗(みつと)、
屋根は桧皮葺のお堂。
度々の補修で柱の多くは根継ぎされ、
柱や斗組の部分に室町時代初期のの
ものがそのまま残っていて、
素朴で美しく、
村の繁昌と旅人の安全を守る堂は、
柱や斗組の部分に室町時代初期のの
ものがそのまま残っていて、
素朴で美しく、
村の繁昌と旅人の安全を守る堂は、
半島のような美濃市立花に沿う長良川の淵で、
信仰により700余年の歳月を、
今日まで護りぬいてきた。
国が放っとかなかった、重要文化財。
今日まで護りぬいてきた。
国が放っとかなかった、重要文化財。
~「立花六角堂」不思議な話 日本昔話 ~
播磨に生まれた左甚五郎さん、父が亡くなって、
飛騨の武士、叔父に寄寓し、大工の修業をした。
物語、カラスを彫ったときは、
生前300年ほど前のこと、
あらら、まぁ~!
ものが~たり~♬
あらら、まぁ~!
ものが~たり~♬
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