春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

迷子の救世主、天狗。檜原。

2018-02-12 20:50:07 | 魅せられた!

                           ☝ 天狗滝のてっぺん。

檜原城落城して、平山氏重の奥さんが、
天狗滝の上の綾滝で庵をむすんで、聖観音を安置して、
拝んだ場所で、僭越ながら昼をとった後、           
                           ☟ 綾滝

 

 

 

下山道をそれて、天狗滝のてっぺんに・・・。

日光、華厳の滝から、
一高生、失恋か、厭世になった藤村操が、
ハムレットの心境、巌頭之感をミズナラの木に刻んで、
身を投じたのは、
明治36年

巌頭之感

悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、
五尺の小躯を以て此大をはからむとす。
ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。
萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。
始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

   幸い、私は失恋もなく、滝に身を投じるほど、
   厭世的にはなっていなくて・・。
   華厳の滝より落差はないとしても、
   てっぺんに立つと、滑って落ちるのでは、と。
   および腰になって、自称「野武士」があきれ、
   さらに、羽うちわ持つ天狗のように、修験者に喝を入れ、
   宙を舞う技など、サラサラ持ち合わせていないわけで・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☟ 大岳山、標高1267メートルの中腹、ここが「天狗滝」



 

 

 

 

 

 



 天狗は、迷子を送り届けるという、
村民に不思議な力を与え、山の神としての隠れた特技も持つ。
藤村操、日光「華厳の滝」が「天狗の滝」の名前だったら・・・。

そんな檜原村「天狗滝」で・し・た。

 

 

この滝の下に、小ぶりの滝があって、
そこには、修験者に喝を入れている、天狗の化身?が・・・。

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綾滝、檜原村

2018-02-10 22:15:43 | 魅せられた!

 

車道からの距離:1.7キロ
40分の標記、でもちっと違う・・・。
登れど登れど、沢は岩石、
登山道は急勾配で凍結の土曜日、

標高800メートルほどの
東京最西の檜原村「綾滝」まで。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   日差しが強いと思った。春はそこ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 落差:21メートル
一筋の水流が岩肌を音もなく流れ落ちる様は、

綾の織物を垂れ下げたような滝で。
檜原城落城後、城主・平山氏重の奥方がここに庵をむすび住み、
聖観音の像を安置して拝みながら余生をおくったと。

標高800メートルくらい、畑もなく、電気もなく、
う~ン。

 

 

 

 

 

 

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紅柄の橋梁も、織る錦。碓氷峠

2018-02-08 22:23:39 | 榛名湖・上州

 

 


☝ ☟ 廃線・信越本線・熊ノ平駅





日暮れ、黒光の氷道を登れば、
錆びた紅柄色の、役目を終えた越本線の橋梁を、
包むようにように、黄雀茶色の木立と落ち葉が・・・。

国文学者、高野辰之35歳の時、
故郷信州豊田村に帰る途中の碓氷峠、熊ノ平駅で、


秋の夕日に照る山もみじ
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
山のふもとの裾模樣(すそもよう)

溪(たに)の流に散り浮くもみじ
波にゆられて はなれて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦(にしき)

の詩を創りました。
山に川に、
汽車の窓の空には紅葉が、汽車の窓の谷間にも、もみじ。
水の上にも、織る錦のように美しい、もみじ、が・・。
1911年。
100年も愛され続けている唱歌。

碓氷峠、群馬横川から、長野軽井沢に架かる、
紅柄の橋梁は、春告草、新緑を、紅葉を、
朽ちることなく、125年見続けてきたわけです。
まさか、「もみじ」や「僕の帽子」の名作が、
生まれていたなんて知らずに。

☟ 碓氷第6橋梁



☟ 碓氷第五橋梁



☟ 碓氷第四橋梁




☟ 碓氷第三橋梁

高野 辰之1876年4月13日 - 1947年1月25日)号は斑山(はんざん)
碑は、碓氷湖のほとりに・・・。

コメント (2)
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谷間 ❝僕のあの帽子❞ 霧積・金湯館

2018-02-07 20:29:18 | 榛名湖・上州

 
明治43年の大雨で山津波が発生する前、
軽井沢が発展する前、
40数件ホテルや別荘地は、東京からの避暑地として、
栄えた霧積温泉でした。


☟ 霧積館は昭和46年の開業から半世紀、
  平成24年、水車を残し解体。

 
☟ 霧積館の近くに、土砂崩れで悲惨な状況を見て、
  幸田露伴は小山内薫ととも訪れ、荒廃した姿を,
  詩に書いていた。

 

☟ ここから、旅館「金湯館」をめざし、

 

 

 

 

 

☟ 駐車場に6台の車は、埼玉、東京などのナンバー。
  霧積川の向こうで、
  アイスクライミングする人たちの車だった。
 

 

 

 

 

 

☟ あれが「金湯館」
  伊藤博文、尾崎行雄、森村誠一、長谷川如是閑、
  与謝野鉄幹・晶子夫妻、幸田露伴、
  山口誓子、小山内薫、山口薫も泊っている。
  西條八十、直接「霧積」を題材にした詩。
  同じ道だと思う・・・私も歩いている!
  鹿の爪痕のある雪道。

 

 

 
☟ 明治17年創業。
  改築しながらの営業は、風呂に将棋盤を浮かべて、
  勝負を競えるほどの、ぬるま湯。40度ほど。
  
風呂にはいれと言われたけど、丁重に断り、
  山菜そばを、量があって、しかもうまかった!

 

 

 

 

 

☟ 今年は水が少なく、氷塊が小ぶり。
  上毛新聞社のカメラマンの写真を見せていただいたが、
  水車から川底まで、てんこ盛り状態。

 

 

 

 

 


☝ ☟勝海舟が皮膚病の湯治に。
   同じく滞在していた、徳富蘇峰。蘆花の、
   叔母(キリスト教婦人叫矯風会創立者・禁酒運動の親分)
   矢島楫子(かじこ)の依頼で
海舟が筆をとった石碑の拓本。
   明治20年ごろだ、と。

 
☟ 秘境、霧積温泉一軒の宿、若女将が、
  冬場、土日には20人ほどの宿泊者をもてなしていました。

 

☟ 「人間の証明」 森村誠一氏が執筆していた離れ。

5492

 ☟ 電気は昭和30年から。

 

 

 

 



            ふぅ~ぅ! 長かった。 

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前略 西條さま、森村様。霧積!

2018-02-06 22:28:08 | 榛名湖・上州



前略、西條八十さま。
あなたが谷底に落としたY.Sと書いた頭文字の、
つやつや光った、伊太利麦の帽子。
谷間に静かに雪がつもっているでしょう、と
回顧した、霧積。
あなたの帽子を探した日は、
陽がさすのに、手がかじかみ、
氷柱が心に残った景色でした。
そして、紺の脚絆と手甲を付けた薬売りが、
拾えなかった、あなたの帽子。
ありました。
1972年、無残な事件のあった、
霧積湖に!
凍てつく景色にぽっかりと。





 





 

 



 

 




前略、森村誠一さま。
あなたが学生時代、夢中になった山歩き
ここに泊まらなければ「人間の証明」は、
後年、生まれなかったかもしれない。
霧積温泉、
金湯館の弁当の包装紙、
西條八十氏の「僕の帽子」
金洞滝から少し登った、広場に車を止めて、
あなたが歩いた道を、
私はあなたを追うように、
歩いてみました。

でも今日は、いったん休憩を取ります。
碓氷峠を越えた軽井沢より栄えた別荘地、
土砂崩れで埋もれた「霧積」
対向車が来ないよう、願いながらの道を昇ってきました。
車を止めて歩けば・・・・。
霧積の100年、その魅力、少し判ってきたような・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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