「神の愛だけで満たされていた」 申命記 6章4~15節
モーセは、「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の神である。あなたは心尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」と教えました。その教えを、子どもに教え、自分の体に記し、家の柱に書いて、四六時中忘れないようにしなさいと命じています。また、先祖であるアブラハム、ヤコブ、イサクとの間で誓われた約束、子孫に土地を与える約束、大きな民族にするという約束、収穫物を与えて豊かに祝福するという約束を、主なる神さまがずっと守られてきたことを伝えています。
歴史の始めより、主なる神さまは愛の神さまであり、民を見捨てたりしたことはありませんでした。むしろ、愛の神さまを忘れ、神ならぬ神に心を奪われてしまったのは、民の方でした。イエスさまは、主なる神さまが愛のお方であることをご自身の十字架によって現されました。私たちは、イエスさまこそ真の神であるとの信仰によって、初めて「神は愛です。」と確信をもって告白することができるようになりました。
主なる神さまは、「熱情の神」とか「嫉む神」と言われるほどに、民を愛されているお方です。過去から現在、そして未来にかけて、主なる神さまがずっと私たちを愛しておられることを思い起こし、主なる神さまを信頼する者でありたいと思います。神の愛だけで満たされている事実を前提にするなら、「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の神である。あなたは心尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」との教えに正面から向き合うことができるようになるのではないでしょうか。