ヘアサロンうつのみや・オーナーのスポーツやヒーローもの、雑談ネタを徒然なるままに
こーじ苑
北尾光司に思う事
元横綱・双羽黒こと北尾光司が、2月10日に慢性腎不全のため
55歳で亡くなっていたとの事。
個人的に私は北尾は八角現理事長こと北勝海や小錦らと同い年で
幕内に上がった頃から注目していたし、84年のNumber大相撲特集
でも当時の北尾と保志の対談という形で世代のトップとして扱われ
ていたのだから いかに期待されていたか分かるだろう。
相撲に関しては大鵬を知っている世代だが、それまで見てきた力
士達は当然ながら年上ばかりだったので北尾達は初めて我々の世代
から横綱が出るのかという思いだった。
そういった同世代の力士の中で北尾は身長が199㎝もある超大型
力士で順調に成長していた事から歴史に名を残す存在になるのでは
と期待していたのだが、ここ一番で勝てなかったものの将来性を見
込まれて横綱に昇進し‘地位が人を作る’という期待も大いに持たれた
のだった。
ところが双羽黒と名乗るものの、ここ一番で勝てない勝負弱さは
相変わらずの中あろうことか師匠と対立すると共に止めに入った部
屋の女将さんを突き飛ばして殴って廃業という最悪の形で角界を去
る事に。
もし双羽黒がそれなりに伸びていたら千代の富士も31回の優勝
はなかったのではないかと思うし、同級生の北勝海の後塵を拝す事
もなかっただろう。
引退後は一時スポーツ冒険家のような事をやっていたのが、90年
2月にプロレスデビューし‘格闘家として大成するか’と思われたら、
これまたトラブル続きで高田延彦にKOされたのを最後にマスコミに
登場しなくなりフェードアウトしていた。
こうしてみると才能があるゆえに失敗した典型的なタイプといえる
だろうし逆に言えば才能の塊のような存在を上手く育てられなかった
のは昭和の時代のコーチングの限界かもしれないわけで、あと20年
遅れて生まれていればもう少し進んだコーチングを受けて相撲では
ダメかもしれないが格闘技の世界ではこんな寂しい結果に終わらな
かったのではないかと思ったりする。
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