日常

あおーの、でーもん

2010-10-26 21:50:56 | 生活
「株」(2010-09-14)と同じ人の話し。)

いつもたわいもない話をしている。
行くたびに、同じ話を何度も聞く。

戦争のときにマラリアにかかった話。
そして、それ以降心臓が悪くなったという話。(その話しと同時に、同居しているおばあちゃんが「あんたは心臓悪くないの!いつも同じところで間違った話ばっかりして!」と同じタイミングで突っ込む)

そういうメビウスの輪の話を延々としている。
すると、突然呪文のような言葉が聞こえてきた。


「あおーの、でーもん、あおーの、でーもん、」
「??」

「あおーの、でーもん、あおーの、でーもん、」
「?? どういう意味ですか?」

「あおーの、でーもん。行きたい!!
 死ぬまでに、<アオーノ、デーモン>に行きたい!!」




その94歳のおじいちゃんは耳が極限に近く遠いので、こちらの鼓膜が破れそうな声で叫ぶ。


「あおーの、でーもん」とは、なんなのだろう。
考えてもわからない。
本人に聞いても、耳が遠いからなのか、こっちの話を聞いてないのか、何も答えは帰ってこない。


考えていると、僕より前に担当していた医者の文句を突然叫び始める。
「あんなやつに診てもらいたくないね。 あっちも俺を嫌いなはずだ。こっちから願い下げだ!」
話しそのものは一まとまりになってるけれど、お互いの話は関連性が無く続く。
テレビのチャンネルをかえるように、つねに話は不連続に流れていく。



・・・・・・・・・・
自分は、なぜかこのおじいさんにえらく気に入られている。
おそらく、はたから見るとほとんど謎とも思える会話に、いつも積極的に同調しているからだと思う。



音量のつまみが壊れたような部屋で、20分くらい、耳がキンキンなりそうな会話を続けた。
そろそろ、帰ろうとしたとき、頭にふと言葉が浮かんだ。

『<あおーの、でーもん>・・・・<あおの どーもん>・・・<あおのどうもん>
 もしかして、<青の洞門>のことではないだろうか。』



「<あおーの、でーもん>って、もしかして、青の洞門のことですか?耶馬渓ですか?」
「そうだよ!<あおのどーもん>って何度も言ってるだろう!<やばけい>って何度も言ってるだろう!」
目の玉がこぼれ落ちそうなほど、目の玉をひんむきながら答えが返ってきた。
もちろん、<あおのどーもん>とも、<やばけい>とも、ひと言も言っていない。
<あおーの、でーもん>としか聞こえない。


ちなみに、その会話の間中、僕の顔には何度も巨大な唾のかたまりが顔面に降り注ぐ。
近接した距離で話しているので、顔面はいつも浴びた唾だらけだ。
自分は眼鏡をしているから、最低限、自分の目の玉は防御される。
そんな眼鏡の星の下に生まれた人間でよかった。
ちなみに、唾が口に入ると間接キス状態になるので、話を聞くときは唇をキュッと締めている。




・・・・・・・・・・・・・・・

「耶馬渓(やばけい)」は、大分にある渓谷のこと。
ここは本当に不思議なところで、奇妙な岩がたくさんある、隠れた観光名所。


耶馬渓にある「青の洞門」という場所は、禅海和尚と言う人が、参拝客が難所を渡れるようにノミ一本!の執念で掘り抜いたトンネル。
菊池寛『恩讐の彼方に』に出てくる事で有名になったらしい。

ちなみに、そのノミ一本で開通させたトンネルは、利用者から通行料をとって自分の生活費にしたらしく(坊さんのはずなのにセコイ!)、<国内初の有料道路>というトリビア知識もある。



この耶馬渓はほんとに不思議なところで、3770体もの石仏がある羅漢寺(らかんじ)というお寺がある。(三大「五百羅漢」の一つらしい)


羅漢寺は、645年(大化の改新!)にインドから来た法道仙人が開いたとされる古いお寺で、なんでそんな時代に、こんな山奥に、インドの僧侶が来たんだろうと不思議な気持ちになる。
そして、曼荼羅が岩の上に刻まれていたりする。
九州の大分にいながらインドにいる錯覚へと陥る。
そこは地味で不思議なワンダーランド。



・・・・・・・・・



なぜ、この「耶馬渓」を自分が思い出したというと、
実は自分の亡くなった祖母が、最後まで「ヤバケーに行きたい、ヤバケーに行きたい。」って何度も言っていたのをふと思い出したのです。



当時、「ヤバケー」なんて聞いたこともなかっただけに、「ヤバケーって何なのだろう?そこに何があるのだろう?」と思っていた。

熊本の実家に帰ったとき、黒川温泉に入るついでに車でドライブがてら「ヤバケー」に行ってみた。
まさしく、そこは小さいインド気分のワンダーランドだったのです。

自分の脳の中で、「ヤバケー」が「耶馬渓」へと自動変換。




その後、親戚に「耶馬渓に行ったよー」と言うと、みんな大笑いして「いやー、死んだおばあちゃんがヤバケー、ヤバケーって言ってたのを思い出しちゃうわー」と言われたものです。(ちなみに、祖母以外に、僕くらいしか耶馬渓に実際に行ってみた人はいない。)



「ヤバケー」、それは「耶馬渓(やばけい)」。
そこには、彼らの世代を引き付ける何が、間違いなくあるのです。




「自分」→東京在住94歳→<あおーの、でーもん>→<青の洞門>→耶馬渓←<ヤバケー>←熊本の祖母の遺言←「自分」

まさか、こんなところでつながるとは夢にも思わず。
こんな感じで、クルリと輪を描いてつながった。
不思議なもんだ。


謎は謎のまま終ってたかもしれない。
それにしても、暗号(=「あおーの、でーもん」)を解読できて、清々しい気持ちで家路についた。


・・・・・・・・・
今度会った時に聞いてみようかな。
「もしかして、耶馬渓を開いたインド僧の生まれ変わりなんじゃないですか?
 はたまた、実は1400年くらい生き続けていて、そのインド僧そのものだったりするんじゃないですか?」

「先生!バカなことを言いなさんな!
     もちろん、そうに決まってるでしょうが!」
(って返事が返ってくるかもしれない)