「イスラムテロ」の記事、遅くなって申し訳ありません。深夜にいろいろ考えていたのですが寝落ちしてしまいました。
8月12日佐藤正久氏のツイッターで
ムスリム世界連盟 - IIHOJPが紹介されています。日本ではそれほど目立ってはいませんが、それなりにムスリムの方はいるようですね。ひとつだけ指摘できるのは、今のところ日本ではイスラムテロは起こっていないということです。イスラムとイスラムテロを結びつけるのも適切ではないんでしょうが、まぁ実際に欧州でテロが結構起きて報道されますからね。日本で露骨な排外主義を掲げる政党が育ってないのも深刻なテロが起きていないからなのでしょう(結果的に器物損壊に被害は止まります)。それはともかくイスラムがテロを起こすのではないか?イスラムはちゃんと対策しているのだろうか?そういう潜在的な不安に答えていく必要もあるのでしょう(ツイートでサウジ国防省のイスラム過激思想の更生を目指す対イデオロギーセンターが紹介されています)。黙っていてもテロは起きて報道されてしまいますからね。言葉狩りを幾らしたところで、イスラムとテロを結びつける発想は無くなりません。バルセロナの被害者の冥福をお祈りします。
イスラム過激思想に関して「世界はなぜ過激化するのか?」(ファラッド・コスカロカヴァール著※フランス・イラン両国籍の社会学者でフランス社会科学高等研究所教授、イスラム過激派の社会学的分析の第一人者と評価され、仏米英アラブ諸国のマスメディアにしばし登場する方のようです/藤原書店)を本屋で見つけて買ってきた(未だ時間がなくパラッと見ただけ)のですが、ひとまず気になった箇所は「シハードの新現象、フェミニザシオン」(26p~29p)という一節です。何でも少女や成人の女たちが内戦地シリアに渡航しているようです。またそうした女性たちは多くが中産階級の出身で最近イスラムへ改宗したものが多いのだそうです。欧州からISに加わった約5000のうち約700人が女たちと推定されるそうです。この背景には男らしさを復権させた理想の夫となれる勇敢な青年たちがIS支配地にいるという思い込み、男らしさを失ってフランス社会で生きている弱々しい男たちとは違う戦士を見出せるはずだという妄想に近いものを確認できるのだそうです(こうしたフランス社会に対する指摘は日本でも「女になりたがる男たち」エリック・ゼムール/新潮新書/2008でも確認できます)。日本でも下火にはなったかもしれませんが、女性に韓流が受けるところがあるのも、韓国が徴兵をやっておりある種の男らしさのイメージがあるからなのかもしれません。日本で徴兵性を言う方がいるのも軍事的に必要だからではなく、こうした精神面での効果に期待しているんでしょうね。男は男らしくあるべきだという。また「アイデンティティを見失いすべてを超越した存在を求めて迷えるものたちには抑圧的であれ汲めども尽きない聖なる泉を提供してくれる」とも指摘されています。日本でもこうした社会学的な分析がもっと一般的になるといいかもしれませんね(筆者が知らないだけかもしれませんが)(アジアに共通しがちな急激な少子化の社会学的な背景とか気になるでしょう)。