「大政治家」
以下は文芸評論家だった小林秀雄が戦後すぐに行なった講演を文
章にした「私の人生観」らの引用ですが、彼が私淑していたフラン
スの哲学者ベルグソンは政治についてこのように言ってます。
「ベルグソンが、晩年のある著作のなかで、これからの世にも大芸
術家、大科学者が生まれるかも知れないが、大政治家というものは、
もう生まれまい、と言っております。つまり政治は、現在すでに大
政治家などいよいよ必要としない傾向をたどっているというのです」
そして「政治の仕事が国際化して、いよいよ複雑なものになると、
その取り扱う厖大な材料に関する正確な知識などは、どんな政治専
門家の手にも余る。」「そこで、どうしても政治の仕事には、組織
化というものが必要になってくる、組織化とは機械化を意味します。
イデオロギイの上で相反目する党派も、組織化された集団という一
種のメカニズムの力で、仕事の能率を上げようとする傾向では歩調
を合わせております」そして「政治家は、社会の物質的生活の調整
をもっぱら目的とする技術家である、精神生活の深いところなどに
干渉する技能も権限もないことを悟るべきだ。」と言うのです。
これは、国民から選ばれたトランプ大統領であっても、二階の上
から指名された総理大臣であっても、自らの政治判断で組織化され
た政治メカニズムを変えることなどできない、と言うのです。これ
まで、この政治メカニズムを無視して独自の政治理念によって社会
を変えようとした人物は、わが国では鳩山由紀夫元総理を措いてひ
とりも居なかった。彼はそれまでの日米合意を無視して沖縄の米軍
基地の移設を最低でも県外にすると言いました。おそらく彼はトラ
ンプ大統領を超える大政治家になれたかもしれないのですが、ベル
グソンンが言うように、現代では一人の政治家が前例化した政治メ
カニズムを変えることなど到底できないのです。たとえば、安倍総
理は自らの政治信条である憲法改正をどれほど強固に訴えても、戦
後何十年もの間築き上げられた政治メカニズムを変えることなどで
きなかった。それを改めさせるのはおそらく他国からの一発の銃弾
かもしれませんが。それ以外にも安倍元総理はさまざまな政治改革
を取り上げましたが、一丁目一番地であるアベノミクスの2%のイ
ンフレターゲットでさえ達成されませんでした。
ところで、この度、新しく総理大臣になった菅義偉氏ですが、一
方では安倍政治の継承を表明し、また一方では前例主義の見直しを
掲げています。そもそも安倍政治の継承は前例主義には当らないの
でしょうか。前例主義には既得権益が巣食い、既得権益を守るため
に縦割り行政が蔓延っていたのではなかったのか。彼は安倍政治を
継承するのか、それとも前例主義を踏襲しないのか、いったいどち
らなのか。しかし、ベルグソンが言うように、すでに一人の政治家
が政治を改めることなどできなのです。