【 鏡池に映る「槍ヶ岳から大喰岳・中岳」の稜線 】
【 2023年7月30日~8月1日 】
〔第2日目 わさび平小屋(泊)-4:30起床-5:30朝食-6:25小屋出発
-8:15岩場で転倒-9:00秩父沢出会-11:40シシウドヶ原(弁当)
-12:15同所出発-13:40鏡平小屋着ー同日 宿泊〕
今朝は4時半に起床する。外を見れば今日も青天のようだ。そんなに早く出発する必要もないと思い、朝食は2巡目の5時半を選択する。、早立ちの人はもう小屋を出発している。
今日の予定は鏡平までいって、そこからもう一踏ん張りして「双六岳」を目指し、その手前の「双六小屋」で2泊目をとるつもりである。地図上のコースタイムは鏡平までが4時間強で、そこから双六小屋までは2時間半はかからないことになっているので、1.5倍の時間がかかったとしても夕方5時には着けるという算段で、6時前に前に「わさび平小屋」を出発した。
【 わさび平小屋を出発 】
奥丸山登山道と小池新道登山口の分岐点までは林道の歩きやすい道で、青空に映える景色を見ながら進む。
【 7:00 大ノマ岳、弓折岳方面を見る 】
やがて道は、傾斜も増してきて多きい石が道ゴロゴロと散在する歩きづらい登山道に変わ。あえぎながら一歩一歩進む。不思議なことに下から追い抜いて行く人は余りいないが、上から降りてくる人と度々すれ違う。やはり、こちらの出発時間が遅かったのかと思う。
と、上で道を譲ってくれた人の脇をすり抜けようとしたところ、前に出した足の置き場が悪く、一瞬よろける様な格好になりザックの重みに堪えられず、バランスを失い、スローモーション映像を見るように後方のブッシュの上にに倒れてしまった。たいしたことは無いと思ったが背後に背負ったザック重くて中々起き上がれず、もがいているところを脇にいた人に引っ張り上げてもらった。
「怪我はないですか?」の声で、腕を見ると血が少しにじんでいた。どうも右肘を岩にぶつけたようだった。
「頭はを打たなくて良かったです。」といわれ、こけた時の姿勢を考えると、ザックがクッションになって間に入り後頭部を直撃しないで済んだようだった。起き上がり、手から離れたポールを見ると、左手にあったポールが2つに折れて破損していた。全体重がポールの上に乗ったようだった。肌むき出しの右肘からは血がひたたり落ちでいた。
【 奥穂から西穂の稜線 8:30頃 雲多し 】
血は出ていたが、そんなに痛まず関節もどうもないので歩き始める。しかし左手のポールがないとどうもバランスがとりにくい。暫く行ってからひじを見るとやはり違費たたり落ちている。腰掛けるのに適当な石があったので腰掛けてザックの中から応急セットを出してガーゼを当てテープで止める。
奥丸山への稜線の向こうに、かつて通ったことのある奥穂からジャンダルム、間ノ岳、西穂に至る稜線の影がはっきり見える。
「もうあそこに行くことはないだろうな。」と感慨に沈みながら稜線の描く曲線を追う。
20分も休んだろうか、歩き始める。
9:00、秩父沢の出会いに着く。双六まで行くかどうか考える。行かないとしたら「双六小屋」をキャンセルして「鏡平小屋」の宿泊を確保しなけれればならない。鏡平に昼までに着いたら行こうと目星を立てて、弁当の半分を食べ、9時半前に出発する。
【 秩父沢にて 】 【 お弁当の半分を食べる 】
秩父沢から先は更に勾配はきつくなり石が散在した道は歩きにくい。片手に折れたポールをもって悪戦苦闘する。それは晴れてきて、先程より西穂の稜線がくっきり見える。しかし足取りははかどらない。すれ違う人が血の付いた腕を見て声をかけてくれる。
「血が・・・。包帯有りますか?」「ハイ、大丈夫です。」
【 奥穂から西穂の稜線 10:10頃 青空 】
11:40シシウヶ原、着。大分時間を取ってしまった。ベンチに腰掛け、改めてどうするか考える。そうこうしているうちに時間は過ぎる。残りの弁当を食べて、出発。
《怪我の事を考えると、やはり早く山を下りた方がいい。双六はやはりあきらめようか。》そんなことを考えると、足の運びが遅くなる。今までの山行では花に目をやることはほとんどなかったが、北海道の旅行の経験もあってか、「これは何の花どだろうか?」と目を向ける。
【 いつもなら目もくれない花にも目をやる 】
前回ここを通ったのは1999年の夏で、その時は笠ヶ岳まで登っている。更にその前は1988年の夏に、小学生の息子を連れて「ワサビ平」で1泊目を取り、2泊目を「双六小屋」、3泊目を「西岳小屋」にとって、槍の西鎌尾根から表銀座を逆コースで行き、合戦尾根を下っていた。その当時は、今回の感じるようなような厳しいコースとは当然思っていない。「ワサビ平」からそれぞれ「笠ヶ岳」、「双六岳」へと1日で到達している。歳を取るとはこういう事かと思う。
【 鏡池はまだ? 】
鏡平はまだかと、あたりの景色を思い出しながら進む。低木隊の中に背の高いカラマツの木が散立する様子を見て「鏡池」の近いことを感じる。
【 鏡池に到着ーあいにく槍ヶ岳の上半分には雲がかかって槍の穂先は見えない 】
桟道を進むと、ほどなく鏡池の脇に出る。時間は午後1時半になっていた。あいにく槍方面には雲がかかりその姿は見ることができなかったが、どうにかとどりつけた。もう、手前で双六に行くことは諦めていた。槍・穂高の姿を見ながら、ここでらゆっくり過ごしことを決めていた。
【 鏡平山荘 - 午後2時前に到着 】
明日にはまたすっきりした姿を見せてくれるに違いないと、池を離れる。2時前に「鏡平小屋」に到着。早速、泊れるか確認すると「1人なら空いてます。」とやたら威勢のいい受付の若い兄さんの声。「双六小屋」のキャンセルも取り次いでもらった。「わさび平小屋」も「鏡平山荘」「双六小屋」も同じ双六小屋グループだから当然と言えないこともないが、キャンセル料なしで取り次いでもらったことはありがたかった。
【 鏡平小屋の前で 】
これで気分がすっきりした。ザックを置いて、指定の場所に収まる前に、小屋前の広場で山の空気を楽しむ。持ってきつまみあてに缶ビールでのどを潤し、山の空気があたりに漂うのを五感で感じ、ゆったりとした至福の時間を過ごす。
【 鏡平の夕食 - 生ビール1000円也 】 【 2巡目の食事 】
夕食は、昨日と同じ1巡目の5時から席。はぼ満席で、圧倒的に高齢者が多い。やはりビールを注文する。缶ビール800円、生ビール1000円なり。45分の決められた時間は少しせわしいが、後が詰まっているので仕方ない。
食事がすむと、また外に出る。ダルマ池やらあたりを散策する。備え付けのツッカケを履いてだから遠くには行けない。
【 だるま池 】
部屋に戻ると、昨日と同じような作りで1区画がカーテンで1畳分ごとに3つに区切られている。わさび平と同様、ここも昨年、新館が増設されたようだ。だからトイレも洗面所もピカピカで気持ちいい。(さすが、ここでは自動の水洗トイレではなくウォシュレットも無かったが。)
【 談話室 】
コロナ対策のため、山小屋によっては「インナーシーツ」の持参を呼び掛けている所もあったが、結局今回は使う必要がなかった。また、以前なら携帯やスマホの電源の心配をしなければならなかったものが、いずれも小屋でも充電用のコンセントが随所に設置されていてその心配は不要だった。それを知らずにモバイルバッテリーを準備して持参したのだが、ただ重い荷物を持ってきただけで無駄になってしまった。やはり山でスマホは必需品で、その辺の認識がそうさせたのかなと思った。山小屋も知らないうちに大分進化しているのを感じた。
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【 2023年7月30日~8月1日 】
〔第2日目 わさび平小屋(泊)-4:30起床-5:30朝食-6:25小屋出発
-8:15岩場で転倒-9:00秩父沢出会-11:40シシウドヶ原(弁当)
-12:15同所出発-13:40鏡平小屋着ー同日 宿泊〕
今朝は4時半に起床する。外を見れば今日も青天のようだ。そんなに早く出発する必要もないと思い、朝食は2巡目の5時半を選択する。、早立ちの人はもう小屋を出発している。
今日の予定は鏡平までいって、そこからもう一踏ん張りして「双六岳」を目指し、その手前の「双六小屋」で2泊目をとるつもりである。地図上のコースタイムは鏡平までが4時間強で、そこから双六小屋までは2時間半はかからないことになっているので、1.5倍の時間がかかったとしても夕方5時には着けるという算段で、6時前に前に「わさび平小屋」を出発した。
【 わさび平小屋を出発 】
奥丸山登山道と小池新道登山口の分岐点までは林道の歩きやすい道で、青空に映える景色を見ながら進む。
【 7:00 大ノマ岳、弓折岳方面を見る 】
やがて道は、傾斜も増してきて多きい石が道ゴロゴロと散在する歩きづらい登山道に変わ。あえぎながら一歩一歩進む。不思議なことに下から追い抜いて行く人は余りいないが、上から降りてくる人と度々すれ違う。やはり、こちらの出発時間が遅かったのかと思う。
と、上で道を譲ってくれた人の脇をすり抜けようとしたところ、前に出した足の置き場が悪く、一瞬よろける様な格好になりザックの重みに堪えられず、バランスを失い、スローモーション映像を見るように後方のブッシュの上にに倒れてしまった。たいしたことは無いと思ったが背後に背負ったザック重くて中々起き上がれず、もがいているところを脇にいた人に引っ張り上げてもらった。
「怪我はないですか?」の声で、腕を見ると血が少しにじんでいた。どうも右肘を岩にぶつけたようだった。
「頭はを打たなくて良かったです。」といわれ、こけた時の姿勢を考えると、ザックがクッションになって間に入り後頭部を直撃しないで済んだようだった。起き上がり、手から離れたポールを見ると、左手にあったポールが2つに折れて破損していた。全体重がポールの上に乗ったようだった。肌むき出しの右肘からは血がひたたり落ちでいた。
【 奥穂から西穂の稜線 8:30頃 雲多し 】
血は出ていたが、そんなに痛まず関節もどうもないので歩き始める。しかし左手のポールがないとどうもバランスがとりにくい。暫く行ってからひじを見るとやはり違費たたり落ちている。腰掛けるのに適当な石があったので腰掛けてザックの中から応急セットを出してガーゼを当てテープで止める。
奥丸山への稜線の向こうに、かつて通ったことのある奥穂からジャンダルム、間ノ岳、西穂に至る稜線の影がはっきり見える。
「もうあそこに行くことはないだろうな。」と感慨に沈みながら稜線の描く曲線を追う。
20分も休んだろうか、歩き始める。
9:00、秩父沢の出会いに着く。双六まで行くかどうか考える。行かないとしたら「双六小屋」をキャンセルして「鏡平小屋」の宿泊を確保しなけれればならない。鏡平に昼までに着いたら行こうと目星を立てて、弁当の半分を食べ、9時半前に出発する。
【 秩父沢にて 】 【 お弁当の半分を食べる 】
秩父沢から先は更に勾配はきつくなり石が散在した道は歩きにくい。片手に折れたポールをもって悪戦苦闘する。それは晴れてきて、先程より西穂の稜線がくっきり見える。しかし足取りははかどらない。すれ違う人が血の付いた腕を見て声をかけてくれる。
「血が・・・。包帯有りますか?」「ハイ、大丈夫です。」
【 奥穂から西穂の稜線 10:10頃 青空 】
11:40シシウヶ原、着。大分時間を取ってしまった。ベンチに腰掛け、改めてどうするか考える。そうこうしているうちに時間は過ぎる。残りの弁当を食べて、出発。
《怪我の事を考えると、やはり早く山を下りた方がいい。双六はやはりあきらめようか。》そんなことを考えると、足の運びが遅くなる。今までの山行では花に目をやることはほとんどなかったが、北海道の旅行の経験もあってか、「これは何の花どだろうか?」と目を向ける。
【 いつもなら目もくれない花にも目をやる 】
前回ここを通ったのは1999年の夏で、その時は笠ヶ岳まで登っている。更にその前は1988年の夏に、小学生の息子を連れて「ワサビ平」で1泊目を取り、2泊目を「双六小屋」、3泊目を「西岳小屋」にとって、槍の西鎌尾根から表銀座を逆コースで行き、合戦尾根を下っていた。その当時は、今回の感じるようなような厳しいコースとは当然思っていない。「ワサビ平」からそれぞれ「笠ヶ岳」、「双六岳」へと1日で到達している。歳を取るとはこういう事かと思う。
【 鏡池はまだ? 】
鏡平はまだかと、あたりの景色を思い出しながら進む。低木隊の中に背の高いカラマツの木が散立する様子を見て「鏡池」の近いことを感じる。
【 鏡池に到着ーあいにく槍ヶ岳の上半分には雲がかかって槍の穂先は見えない 】
桟道を進むと、ほどなく鏡池の脇に出る。時間は午後1時半になっていた。あいにく槍方面には雲がかかりその姿は見ることができなかったが、どうにかとどりつけた。もう、手前で双六に行くことは諦めていた。槍・穂高の姿を見ながら、ここでらゆっくり過ごしことを決めていた。
【 鏡平山荘 - 午後2時前に到着 】
明日にはまたすっきりした姿を見せてくれるに違いないと、池を離れる。2時前に「鏡平小屋」に到着。早速、泊れるか確認すると「1人なら空いてます。」とやたら威勢のいい受付の若い兄さんの声。「双六小屋」のキャンセルも取り次いでもらった。「わさび平小屋」も「鏡平山荘」「双六小屋」も同じ双六小屋グループだから当然と言えないこともないが、キャンセル料なしで取り次いでもらったことはありがたかった。
【 鏡平小屋の前で 】
これで気分がすっきりした。ザックを置いて、指定の場所に収まる前に、小屋前の広場で山の空気を楽しむ。持ってきつまみあてに缶ビールでのどを潤し、山の空気があたりに漂うのを五感で感じ、ゆったりとした至福の時間を過ごす。
【 鏡平の夕食 - 生ビール1000円也 】 【 2巡目の食事 】
夕食は、昨日と同じ1巡目の5時から席。はぼ満席で、圧倒的に高齢者が多い。やはりビールを注文する。缶ビール800円、生ビール1000円なり。45分の決められた時間は少しせわしいが、後が詰まっているので仕方ない。
食事がすむと、また外に出る。ダルマ池やらあたりを散策する。備え付けのツッカケを履いてだから遠くには行けない。
【 だるま池 】
部屋に戻ると、昨日と同じような作りで1区画がカーテンで1畳分ごとに3つに区切られている。わさび平と同様、ここも昨年、新館が増設されたようだ。だからトイレも洗面所もピカピカで気持ちいい。(さすが、ここでは自動の水洗トイレではなくウォシュレットも無かったが。)
【 談話室 】
コロナ対策のため、山小屋によっては「インナーシーツ」の持参を呼び掛けている所もあったが、結局今回は使う必要がなかった。また、以前なら携帯やスマホの電源の心配をしなければならなかったものが、いずれも小屋でも充電用のコンセントが随所に設置されていてその心配は不要だった。それを知らずにモバイルバッテリーを準備して持参したのだが、ただ重い荷物を持ってきただけで無駄になってしまった。やはり山でスマホは必需品で、その辺の認識がそうさせたのかなと思った。山小屋も知らないうちに大分進化しているのを感じた。
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