本日、お読みいただきましたイザヤ書52:13以下は、
いわゆる「苦難の僕」と言われる救い主の姿を描いた箇所で、
この「苦難の僕」は、イエスであるというのが一般的な解釈です。
しかし、木田献一という聖書学者は、この「苦難の僕」を
あの「ゼルバベル」であると主張しております。
ゼルバベルは、バビロン捕囚から帰還した民、大祭司ヨシュアと共に指導して、
神殿再建事業を行いました。
また、預言者ハガイとゼカリヤが彼らを支持して人々を激励し、
その神殿再建事業を助けました。
その結果、サマリアのサイドの妨害はありましたが、516年ついに第二神殿が完成しました。
これは、ソロモンの神殿に比べると貧弱なものでしたが、
その落成の時には、ゼルバベルは民族的英雄となり、
ユダヤのメシア(王)に即位されかけましたが、
ペルシア当局によって失敗したとされます。
その時、ただ一人その責めを負わされ処刑されたのが「ゼルバベル」であり、
この受難と処刑を記したのが「苦難の僕」なのだという説です。
私たちにとって、ある意味では身近だけれども、
どのような人だったのかよくわからない「ゼルバベル」という人物について、
今日の旧約箇所を通して思いを至らせたいと思います。
執事 マタイ金山 昭夫 《2006.4.9週報より》
いわゆる「苦難の僕」と言われる救い主の姿を描いた箇所で、
この「苦難の僕」は、イエスであるというのが一般的な解釈です。
しかし、木田献一という聖書学者は、この「苦難の僕」を
あの「ゼルバベル」であると主張しております。
ゼルバベルは、バビロン捕囚から帰還した民、大祭司ヨシュアと共に指導して、
神殿再建事業を行いました。
また、預言者ハガイとゼカリヤが彼らを支持して人々を激励し、
その神殿再建事業を助けました。
その結果、サマリアのサイドの妨害はありましたが、516年ついに第二神殿が完成しました。
これは、ソロモンの神殿に比べると貧弱なものでしたが、
その落成の時には、ゼルバベルは民族的英雄となり、
ユダヤのメシア(王)に即位されかけましたが、
ペルシア当局によって失敗したとされます。
その時、ただ一人その責めを負わされ処刑されたのが「ゼルバベル」であり、
この受難と処刑を記したのが「苦難の僕」なのだという説です。
私たちにとって、ある意味では身近だけれども、
どのような人だったのかよくわからない「ゼルバベル」という人物について、
今日の旧約箇所を通して思いを至らせたいと思います。
執事 マタイ金山 昭夫 《2006.4.9週報より》