しらせ (JMSDF AGB SHIRASE (Second) class) は、文部科学省・国立極地研究所のために海上自衛隊が保有する南極観測船です。
艦番号AGB-5003。初代「しらせ」の老朽化に伴い、代替艦として整備された。平成17年(2005年)度予算で調達されたことから17AGBと略称され、文部科学省によって建造計画が進められました。
艦名は先代「しらせ」同様に一般公募され、南極ゆかりの地名(観測基地名もしくは日本語による地名)が有力視されていた(公募での第1位は大和雪原に因む「ゆきはら」だった)が、南極に足を踏み入れた最初の日本人・白瀬矗の出身地、秋田県にかほ市から「しらせ」の艦名を望む投書が多数届いたことから、政府の南極地域観測統合推進本部は、公募時に「防衛省海上自衛隊所属の砕氷艦になることから、防衛省で現在使われている艦艇名は付けられません。 」とされていた基準を、「応募と手紙を合わせれば1位となるので、国民の熱意を受け止めました。
「しらせ」の名前は世界に知られていることで、後継船の名前に最適と判断した。基準は艦名の混同を避けるためで、就航時に初代「しらせ」は退役しており、混同する恐れはない。」などとして、公募時には基準外であった名称「しらせ」を基準内とした。
2007年11月13日、先代と同じく「しらせ」に決定したことが公表され、2008年4月16日正午よりユニバーサル造船舞鶴事業所にて、当時の石破茂防衛大臣により、正式に「しらせ」と命名することが宣言され、進水式が執り行われました。なお海上自衛隊初代「しらせ」は1983年11月に、就航記念切手が発行されたが、「しらせ 」は未発行。海上自衛隊に籍を置く艦艇であるため、「しらせ」艦内には先代と同様に10丁を超える銃器および実弾を保管する武器庫があり、海賊やテロ行為に備えている。
日本の南極観測は、文部科学省・国立極地研究所が中心となって1956年(昭和31年)よりおこなわれている。1982年(昭和57年)からは三代目となる南極観測船「しらせ」を用いて南極地域観測隊の人員および物資の輸送や観測を行ってきた。
初代「しらせ」の後継艦については当初20,000tの排水量を予定していたが、予算問題の関係から初代「しらせ」の11,500tより一回り大きな12,500tとなった。排水量の増加により物資輸送量が約100t増加し1,000tから1,100tになった。
先代と同様に複数名の医師と歯科医が同乗しており、居住性を改善しながら搭乗可能人数を増やすことも可能となった。
砕氷能力を向上させた独特の曲面形状の艦首や、砕氷補助設備としてラミング砕氷効果を高める船首散水装置(ハル・ウォッシュ・システム)など改良された砕氷設備を備えている。
また艦首傾斜角は19度で、先代「しらせ」の21度よりも若干小さくなっています。連続砕氷能力は先代「しらせ」と変わらず1.5メートルです。
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