叡山電鉄700系電車
叡山電鉄700系電車(えいざんでんてつ700けいでんしゃ)は、経営合理化のためのワンマン運転と、近代化のためのATS導入、冷房サービスの提供のため、1987年(昭和62年)と1988年(昭和63年)に在来車の機器を流用して武庫川車両工業で合計8両が製造された叡山電鉄の電車である。全車が両運転台構造の制御電動車で、改造元となった車両によって3形式に細分される。本稿では叡山本線上で南側を出町柳寄り、北側を八瀬寄りと表現する。
概要
モータリゼーションの進展で減少傾向にあった京福電気鉄道の叡山本線と鞍馬線(叡山線、後の叡山電鉄)の乗客は1978年(昭和53年)9月に京都市電が全廃されて他の鉄道路線との連絡がなくなったことで一気に減少、この再建が京福電鉄、京福電鉄を傘下に持つ京阪電気鉄道の経営課題となった。対策を検討する中で叡山線を京福電鉄から分離して小回りの利く経営を実現するとともに人件費を含む経費の節減、設備の近代化を図ることが決定し、1986年(昭和61年)4月から京福電鉄100 %出資の叡山電鉄株式会社に叡山本線と鞍馬線の運営が移管された。
新発足の叡山電鉄がワンマン運転運転による合理化と、経年50年以上のものも含まれていた在来車両をATS、冷房を装備した車両で置き換えることで近代化するため、導入したのが両運転台構造の制御電動車700系である。700系は叡山電鉄初の冷房車で、屋根上に補助電源用の静止形インバータ1台と冷房装置2台が搭載されているが、台車などは在来車の機器が流用されている[14]。ワンマン運転の列車識別を容易にするため、従来の標準であった車体上半分ブラウンベージュ、下半分深緑の塗装をやめ、アイボリーを主体に側面窓周りと雨樋、車体下端、正面窓下をマルーンとする塗装が採用された。
改造元となった車両により3形式にわかれ、デオ710形はデナ21形、デオ720形はデオ200形の台車、主電動機を流用して、デオ730形はデオ300形の改造名義で製造された。デオ710形、デオ720形は吊り掛け駆動で登場したが、後に全車台車、主電動機、駆動装置が交換されカルダン駆動となった。2005年(平成17年)から2011年(平成23年)にかけて順次クリームを基調とし、車両ごとに異なる山(緑)、川(青)、もみじ(赤)、新緑(黄緑)をイメージした帯を窓下に巻く塗装に変更されている。
2018年(平成30年)には1両が観光電車「ひえい」に改造されたほか、2019年(平成31年)からリニューアル工事が施工されている。観光電車「ひえい」は2019年(令和元年)鉄道友の会「ローレル賞」を受賞した。
登場の背景
叡山本線、鞍馬線(1986年3月以前は京福電気鉄道叡山線、同年4月から叡山電鉄)の乗客はモータリゼーションの進展により1964年(昭和39年)をピークに減少を続けていたが、1978年(昭和53年)9月に京都市電が全廃されたことで他の鉄道路線と叡山線との連絡が絶たれ、京都市内中心に直行するバス路線の充実もあって乗客が一気に減少、叡山線は年間6億円弱の売り上げに対し5億円以上の赤字を出す状態となった。叡山線の再建が京福電鉄、京福電鉄を傘下に持つ京阪電気鉄道の大きな経営課題となり、1982年(昭和57年)に京阪社内に京福電鉄再建対策委員会が設置され、京福電鉄グループの再建策が協議される中、叡山線については京福電鉄から切り離して小回りのきく経営体制をとること、人件費を含む経費の節減、設備の近代化を図ることが決定した[12]。1985年(昭和60年)7月に京福100 %出資の叡山電鉄株式会社が設立され、翌1986年(昭和61年)4月から叡山電鉄に叡山本線と鞍馬線の運営が移管された。新会社発足後の施策として、導入から50年以上経過したものも含まれていた在来車両をワンマン運転に対応した車両に置き換えて合理化をはかることと、ATS導入、冷房サービスの提供による近代化を行うこととし、700系電車が1987年(昭和62年)、1988年(昭和63年)に導入された。
形式
700系電車は改造元となった車両により、デオ710形、デオ720形、デオ730形の3形式にわかれる。全車が両運転台構造の制御電動車である。「デ」は電動車を「オ」は大型車を指す略号であり、形式名の前のカタカナ2文字はこれらを組み合わせたものである。
デオ710形
711号車が1987年(昭和62年)7月、712号車が1987年(昭和62年)8月に、デナ21形23・24の台車、主電動機、駆動装置、集電装置を流用し、吊り掛け式駆動で登場した。711号車のみ登場時は正面窓内側下部に銀色の線が入っていたが、すぐに消されている。1992年(平成4年)に阪神電鉄から譲渡された主電動機および新製した台車に交換され、カルダン駆動となった。2017年(平成29年)10月から台車、主電動機を京阪5000系廃車発生品と交換する工事が行われている。
デオ720形
1987年10月(昭和62年)に721号車、11月に722号車が、デオ200形203 ・204の台車、主電動機、駆動装置、集電装置を流用し、吊り掛け式駆動で登場した。翌1988年(昭和63年)6月に723号車、7月に724号車が同様にデオ202・201の機器を流用して製造された。1988年(昭和63年)製造車にはデオ730形も含め乗務員室扉上に水切りがある。2003年(平成15年)から2005年6月(平成17年)にかけて、京阪1900系の台車・主電動機・駆動装置を譲り受けて722(2003年)、724(2003年)、723(2004年1月)、721(2005年6月)[35]の順に交換し、カルダン駆動となった。
デオ730形
1988年(昭和63年)12月にデオ300形301・302の改造名義で731号車、732号車が製造された。デオ300形の台車は軸距が長く、これを採用すると床下機器のレイアウトが成立しないため、台車は京阪1800系(2代)から流用されたものが装備された。主電動機、駆動装置も京阪1800系のものが流用されたため、新製時からカルダン駆動となった。デオ300形から流用されたのはパンタグラフだけと言われている。2018年(平成30年)には732号車が観光電車「ひえい」に改造されている。
外観
前面は車体上下端が正面窓下部に対して「く」の字型に120 mm後退するよう傾斜した非貫通式で、柱のない大型ガラスを採用、正面窓には電動式ワイパー2個が設けられた。正面窓上には叡山電鉄初の電動式方向幕が左右2個の前照灯と同じ横長のガラスにワンマン運転表示器と共に納められた。側面は客用扉が客室両端に寄った片開き2扉となり、客用扉のさらに車端側に引戸の乗務員扉が設置された。2箇所の客用扉の間には7枚の窓が設けられ、中央の1枚のみ眺望を重視した熱線反射合わせガラスの固定窓となったが、その他の6枚は下段固定、上段下降の2段式開閉窓である。戸袋部には窓が設けられなかった。客用ドアの脇には車外スピーカーとワンマン運転時に出入口を示す表示灯が設けられた。正面の車両番号は板に取り付けたものが窓内に設置され、側面の車両番号は叡山電鉄伝統の楕円形のものが窓下に取り付けられた。1988年(昭和63年)製の723、724、731、732の各号車は乗務員扉の上に水切りがある。車体は従来の叡山電鉄車両と異なり、ワンマンで運転されている車両の識別を容易にするため、上半分ブラウンベージュ、下半分深緑の塗装から京福グループのバスなどと同様の色彩が採用され、アイボリーを主体に側面窓周りと雨樋、車体下端、正面窓下をマルーンとする塗り分けとなった。
内装
客室
座席はすべてロングシートで、座席の色は紺、天井が白、壁と床は薄いグリーンとなった。天井には冷風ダクト、ファン、冷房装置のリターングリルが設けられた。登場時はワンマン運転時の車内の見通しを確保するため、中吊り広告の枠が設けらなかった。乗務員室との仕切りはワンマン運転に備えて運転席後部の窓が下方に拡げられ、その部分に運賃箱が設置されたほか、運転士がミラーにより客室の確認が容易にできるよう中央上部の壁がない。運賃箱上部には運賃表示器が、運賃箱と反対側のドア横には整理券発行機が取り付けられた。
運転席
正面は大型窓の正面非貫通式となったが、ワンマン運転時の客扱いを容易にするため、運転席は在来車同様左側に寄せられている。デッドマン装置付きの主幹制御器、制動弁は5度傾斜して取り付けられた[1]。運転士前のパネルは木目の化粧板となり、ワンマン運転用の放送装置のスイッチなどが主幹制御器と制動弁の間にある。運転席内にも冷風ダクトがひかれるとともに、扇風機が設置され、作業環境の向上が図られた。
主要機器
台車・主制御器・主電動機
全車主制御器は京阪大津線260形から流用された電動カム軸式EC-260が搭載された。デオ710形にはデナ21形から流用された日本車輛製D-15台車、東洋電機製TDK557主電動機(出力60 kW)、歯車比3.41の吊り掛け式駆動装置が、デオ720形にはデオ200形から流用された近畿車輛製K63台車、三菱電機製MB115AF主電動機(出力75 kW)、歯車比3.05の吊り掛け式駆動装置が、デオ730形には京阪1800系から流用された住友金属工業製FS-310台車、三菱電機製MB-3005-D主電動機(出力92 kW)、歯車比4.71のWN駆動装置が装備された。通常は連結運転は行わないが、連結しての運用も可能な装備がほどこされている。
制動装置
改造元となった車両には異なる制動装置を採用していたものもあったが、700系への改造にあたっては取扱共通化のため全車SME(非常弁付き直通空気ブレーキ)が採用された。
冷房装置・補助電源装置
冷房用などの補助電源装置は八瀬寄りの屋根上に容量30 kVAの静止形インバータが搭載された。1987年(昭和62年)製造車用はフィルタ部分が箱から張り出している。冷房装置は車両中央部屋根上に容量15.1 kW(13,000 kcal/h)のRPU3044 2基が搭載された。
パンタグラフ・空気圧縮機
改造元の車両から流用されたTDK-C3菱型パンタグラフ1基が出町柳寄り台車直上に設置された。パンタグラフは順次PT-4202に交換されている。電動空気圧縮機は電動機出力4.2 kWのDH-25が搭載された。
叡山電鉄700系電車
基本情報
運用者 叡山電鉄
製造所 武庫川車両工業
製造初年 1987年
製造数 8両
主要諸元
軌間 1,435 mm
電気方式 直流600 V
(架空電車線方式)
車両定員 86人
座席定員42人
全長 15,700mm
車体長 15,200 mm
全幅 2,680mm
車体幅 2,600 mm
全高 4,230 mm
車体高 3,620 mm
床面高さ 1,130 mm
車体 普通鋼
台車中心間距離 10,200 mm
主電動機 直流直巻電動機
搭載数 4基 / 両
制御装置 抵抗制御
制動装置 非常弁付き直通空気ブレーキ(SME)
保安装置 ATS
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