
淳は雪の方を見ながら、ずっとニコニコと笑っていた。
彼女の気持ちが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
ずっと一緒に、同じ場所で、二人きりで‥。
彼の願いはそれだけだった。

駐車場に着いた時、淳は口を開いた。
心をなぞるように、自分の気持ちを彼女に伝える。
「俺、雪ちゃんがうちの会社に来てくれたらいいなって思う。
俺と、ずっと同じところを見ていて欲しいなって思う」


これから先、同じ目線で同じ物を見て、そして時に思いもつかない行動で驚かせて欲しい。
淳の言葉には、そんな願いが込められていた。
ずっと一緒に、同じ場所で、二人きりで‥。

雪は彼を見上げた。
しかし彼の言葉の意味を深く考えることはせず、額面通り受け取り返答する。
「もちろん行けたら嬉しいです!良い会社ですから!」

雪の返事に、淳が「マジで?」とおどけて言った。雪も「マジで!」とおどけて返す。
「とか言って後々私がZ企業を受けることになったとしても、コネで引き抜くとかはナシですよ。
まぁ実際引き抜かれたら入るかもですが‥」 「はは、そうなんだ」

舌を出しつつそう言う雪に、淳は笑い返した。
二人の間には、優しい空気が漂っている。

先ほどからずっと、二人は手を繋いでいた。
いつの間にか、隣を歩く時はいつも手を繋いでいる。どちらからともなく、自然な流れで。

繋いだ手から、体温が溶け出していく。
雪は心の中がほっこりするのを感じ、自然と笑みがこぼれた。
あ、手あったかい‥。好‥

しかし雪がその続きをなぞるより先に、彼のポケットから携帯電話の呼び出し音が鳴った。
しんとした駐車場にコール音が鳴り響き、やがて彼は電話に出る。
「もしもし? はい‥はい。まだ大学です」

どうやらインターン先の会社からのようだった。会長である父親からかもしれない。
通話中の彼の横顔は険しかった。その表情から、雪は彼の多忙を推し量る‥。

電話を切った淳は、「もう本当に行かなくちゃ」と申し訳なさそうに言った。
雪は”自分のことは気にしないで”という意味で、何度も首を横に振る。

淳は幾分俯き、呟くようにこう言った。
「ただのインターンだったら、辞めればそれで終わりだけど‥」

そう言って言葉を濁す横顔に、とてつもなく大きな物を背負っている彼を知る。
彼が今取り組んでいるのは、単なる就職のお試しインターンではない。
やがてその大企業をまとめて経営していく為の、重要な足掛かりなのだ‥。

それを感じ取った雪が何も言えないでいると、淳はもう一度雪の手を握って微笑んだ。
「それじゃ、もう行くね。送って行けなくてゴメン。気をつけて帰ってな?」

淳はそう言ってギュッと雪の手を握った後、そっと手を離した。
雪はじっと、その手の動きを見ていた。だんだんと離れて行く、彼の温かな手を。

溶け合っていた体温が、徐々に自分一人のものへと戻っていく。
彼の手が、離れて行く。

ふと雪は、言い様のない寂しさに襲われた。
いやそれは寂しさというよりも、恐怖に近い感情だった。

背筋がヒヤッとして、雪は何かに衝かれたように無意識に手を伸ばした。
「!」

突然強く手を掴まれて、驚いた淳は雪の方に振り返った。
彼女は両手で彼の手を握っていた。まるで何かに縋るかのように、必死な様子で。

淳は暫しそのまま雪の様子を見ていたが、
彼女と目が合うと再びニッコリと微笑みを浮かべた。

離れて行く手を掴まれたのは、これで三度目だった。
淳はその行動の裏に彼女の孤独を感じ取り、優しい口調で言葉を掛ける。
「何だよ~ 俺が行っちゃったら嫌?」 「‥当たり前でしょ」

「本当に?」 「本当に‥」

含みある表情で微笑む淳を、雪は幾分気恥ずかしい思いで見つめていた。
こんな風に微笑まれると、そこにある思いを露わにされるようでどうにも体裁が悪い。
雪は少し怒ったような口調で口を開いた。
「電話下さいね!」 「うん。いつも夜してるじゃない」
「そんでもって、話して下さい」 「ん?何を?」

そう問うた淳に、雪はこう言った。
「大変なのは、会社や仕事だけじゃないと思うから‥」

そう雪が口にした台詞に、淳はキョトンとした表情を浮かべた。
目を丸くして、彼女をじっと見つめる。

雪は言葉足らずだったと思い、少し気まずそうに言葉を続けた。
「あ‥会社のことでも、人間関係でも、何でもいいんです。
私も清水香織や健太先輩のこととか、小さなことまで全部話したから‥。恥ずかしくなるほど幼稚でも、全部話したから‥」

雪は俯いたまま、小さい声で彼に伝えた。
ずっと思っていて、でも図々しいかと思って言えなくて、飲み込んでいたその気持ちを。
「先輩も全て話して下さいよ‥。そういうの、全部‥」

電話で弱音を吐く度に、忙しい彼を煩わせているかと思って気が咎めた。
けれど愚痴った後はすっきりしている自分もいて、それがまた申し訳なかった。

まだ一度も耳にしたことのない彼の愚痴や小言を受け止めることで、少しでも彼に報いたい。
大きなものを背負って立つ彼が抱える孤独を、少しでも共有出来ればいい‥。
そんな健気な気持ちが、雪にその言葉を言わせたのだった。

雪の言葉を聞いて、淳は微笑みながら頷いた。
その言葉の真意を理解したわけではなかったが、彼女が自分を思いやってくれるのが嬉しかったのだ。
そして二人はその場で別れた。
二十分間の、慌ただしいデートを終えて。
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<ずっと一緒に>でした。
一見プロポーズのような先輩の台詞‥!本当に雪ちゃんのこと好きですなぁ。
全然伝わらなかったですが‥(汗)
あと変な柄のベスト、一瞬柄を失くしちゃってます‥。

次回は<彼女との繋がり>です。
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