マチンガのノート

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あまのじゃくと精神療法: 「甘え」理論と関係の病理  小林隆児

2018-01-11 20:32:16 | 日記
著者によると、欧米の言語には「甘え」に相当する語彙体系がないため、
自閉症や発達障害の子供が人との関係の中で示している行動を表現する言葉がないが、
日本語の「甘え」に関する言葉には、「あまのじゃく」「へそまがり」「ないものねだり」等の、
ちょうど当てはまる言葉があるとのことだ。
もしこれに付け加えるならば、「面従腹背」などもあるのではないだろうか。
子供にとっては親といる以外には、外で生きていく為の知識も想像力もないので、
そのようなことも多いのではないだろうか。
人が如何に思っても感じてもいないことを言ったり表現したりできるかは、
最近の北朝鮮の人々に関する報道を見れば明らかである。
 SSTや表現を介した関わりも、注意深くやらなければ、さらに面従腹背からくる、
渡辺あさよ氏のいう「言葉とイメージの解離」(<魂と暴力 (ユング心理学研究)>)を促進しかねないのではないだろうか。
日本のように均質性が高く、学校へ行かないだけで周囲が大騒ぎしたりするところでは、
そのようなことになる傾向が強いのではないだろうか。

日本語に翻訳されたマイケル・バリントの「治療論からみた退行」では、
「甘え」という言葉や概念が向こうにはないということもあるからなのか、
「甘え」という言葉を使わず、「受身的対象愛」などの表現になっていた。
欧米の言語で表記しようとすると、かなり複雑で難解なものになるのではないだろうか。
自分の言語に無い概念というものは、それだけ捉え難いものなのだろう。