省道121号を県城から淮河を渡り、右に(北東方向に)曲がる地点です。明祖陵の案内看板があります。
朱元璋はこのクイ県の農民で、明を建てて南京に首都を置きました。朱元璋の墓は南京の紫金山にある孝陵です。朱元璋の代に曾祖父達祖先の墓を改葬して祖陵としました。因みに、朱元璋は父の為に安徽省の鳳陽県に陵墓を造りました。明皇陵です。朱元璋の時代に鳳陽県に都の一部を移転して中都としました。父親が亡くなった時は朱元璋はここに首都を移転するつもりで、父親は鳳陽県に葬ったようです。結局朱元璋は移転を断念し、自身も南京に葬られましたが、明朝は次代から北京に移り、陵墓は明の十三陵として発展することになります。
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朱元璋はこのクイ県の農民で、明を建てて南京に首都を置きました。朱元璋の墓は南京の紫金山にある孝陵です。朱元璋の代に曾祖父達祖先の墓を改葬して祖陵としました。因みに、朱元璋は父の為に安徽省の鳳陽県に陵墓を造りました。明皇陵です。朱元璋の時代に鳳陽県に都の一部を移転して中都としました。父親が亡くなった時は朱元璋はここに首都を移転するつもりで、父親は鳳陽県に葬ったようです。結局朱元璋は移転を断念し、自身も南京に葬られましたが、明朝は次代から北京に移り、陵墓は明の十三陵として発展することになります。
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クイ県の拡大図です。地図中央やや右下(東南)方向にクイ県の表記があるところが県城(県政府所在地)です。県城を北西に進むと大きな河に出会いますが淮河(わいが)です。
淮河は長江(揚子江)と黄河の間にある大河ですが、海には直接注がず、洪澤湖(こうたくこ)に注ぎます。洪澤湖は高郵湖に繋が
り、高郵湖は長江に繋がっています。従って、淮河の水は洪澤湖、高郵湖を通じて長江に合流すると言えると思います。
地図上部にある水域は洪澤湖です。洪澤湖に注ぐ前の淮河の西岸に明祖陵の表示があります。
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淮河は長江(揚子江)と黄河の間にある大河ですが、海には直接注がず、洪澤湖(こうたくこ)に注ぎます。洪澤湖は高郵湖に繋が
り、高郵湖は長江に繋がっています。従って、淮河の水は洪澤湖、高郵湖を通じて長江に合流すると言えると思います。
地図上部にある水域は洪澤湖です。洪澤湖に注ぐ前の淮河の西岸に明祖陵の表示があります。
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今朝の上海は晴れです。上空には鱗雲が見えます。予報は日中は雲が多い晴れですが、夜は小雨になっています。最高気温は20度、最低気温は12度です。
馬祖島は昨日で終りです。今日から江蘇省クイ県を始めます。クイのクは漢字では目偏+宇のウ冠を取ったものを旁とした字です。イは目偏+台の旁の字です。以前チと表記したことがありますが、今後はイを使います。この字は文字化けを起こすかもしれないので、片仮名表記にします。
まずはクイ県の位置を示します。地図中央に南京があります。南京からG205(国道205号)を北に進むと二手に道が分かれますが、左側の道を進むとクイ県に行けます。
クイ県には明の創始者である朱元璋の曽祖父、祖父等を葬った明祖陵があります。これを目指してクイ県に行きました。この地域は江蘇省と安徽省が入り組んだところですが、クイ県は江蘇省淮安市(こうそしょうわいあんし)に属します。上海から鉄道で南京に行き、南京からバスでクイ県に行きました。
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馬祖島は昨日で終りです。今日から江蘇省クイ県を始めます。クイのクは漢字では目偏+宇のウ冠を取ったものを旁とした字です。イは目偏+台の旁の字です。以前チと表記したことがありますが、今後はイを使います。この字は文字化けを起こすかもしれないので、片仮名表記にします。
まずはクイ県の位置を示します。地図中央に南京があります。南京からG205(国道205号)を北に進むと二手に道が分かれますが、左側の道を進むとクイ県に行けます。
クイ県には明の創始者である朱元璋の曽祖父、祖父等を葬った明祖陵があります。これを目指してクイ県に行きました。この地域は江蘇省と安徽省が入り組んだところですが、クイ県は江蘇省淮安市(こうそしょうわいあんし)に属します。上海から鉄道で南京に行き、南京からバスでクイ県に行きました。
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