その大きな門の前の道を隔てた小さな庭のようなところに、谷口藹山の生誕地碑があり、横には「南宗画巨匠」と刻まれています。近くで仕事をしていたおばあさんに聞いてみると、「あいざん」と読み、百年以上前のたいへん有名な絵描きさんで、最近没後100年というのでこの石碑が建てられたとのことです。
調べてみると、谷口藹山(1816-1899)はここで生まれて18歳で江戸に出、大坂・九州と学んで長崎では清国の画家にも学び、最後は京都に住みました。その間、江戸末から明治にかけて南宗画の山水画・花鳥画を得意とし京都御所の障壁画を描いたりしています。また、西郷隆盛や大久保利通と交流があり、京都市立芸術大学(現在の)の南画担当教授となり、富岡鉄斎らと日本南画協会を設立したりなど京都画壇の長老として敬われました。今から100年余り前に、84歳で亡くなっています。
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調べてみると、谷口藹山(1816-1899)はここで生まれて18歳で江戸に出、大坂・九州と学んで長崎では清国の画家にも学び、最後は京都に住みました。その間、江戸末から明治にかけて南宗画の山水画・花鳥画を得意とし京都御所の障壁画を描いたりしています。また、西郷隆盛や大久保利通と交流があり、京都市立芸術大学(現在の)の南画担当教授となり、富岡鉄斎らと日本南画協会を設立したりなど京都画壇の長老として敬われました。今から100年余り前に、84歳で亡くなっています。
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